第百四十一話 えっと、心当たりがありすぎてどれが問題だったのかが分かりませんけど
連続更新中。
楽しんでいただければ幸いです。
俺が結婚してしばらくは家でゆっくりと過ごしヴィルナとの時間を大切にするんだ~、と考えてたのは昨日の話。いや、ヴィルナとの時間は今も大切にしたいし、今後も大切にするよ。
でも、しばらくゆっくりと家で過ごすというその計画は今朝カロンドロ男爵から使いが来た時点で諦めましたとさ。数日前に結婚式に呼んだよね? 新婚ってわかってて使いをよこすかな。
「いや、呼び出してすまなかった。新婚ほやほやのお前を呼び出すのは少々心が痛んだのだが、そうも言っておれぬ事態になったのでな」
「えっと、心当たりがありすぎてどれが問題だったのかが分かりませんけど」
ヴィルナの着ていたウエディングドレス? 俺のスーツ? 女神フローラの祝福とかそれ関係? 暴君鮮血熊の件も正確にはいろいろ片付いてないんだよな。ああ、スティーブンに任せてる事業もそうだし、教会に寄付した白磁の花瓶の可能性もゼロじゃない。
「王都から話が来たのは、暴君鮮血熊討伐の件と先日の女神フローラの件だな。女神フローラの件については早急にこの町に教会を建てなければならなくなったほどだ。建設予定地や他の教会との協議、様々な問題が山ほど詰みあがったのだが」
「その件の苦情は女神フローラにお願いします。どこかの教会の司祭に手紙でも書くのが一番でしょう」
「そんな事をすれば、世界中のフローラ教徒がこの町を取り囲むだろう。いくら信徒の数が少ないとはいえ、それでもあなどれぬ連中であるのは間違いないのだ。それにこの町に教会を建てた後はどこかから司祭を呼ばねばならぬしな」
「司祭たちは女神フローラの加護も持ってるでしょうしね。再生の奇跡が使えるような高位の司祭が来てくれれば今後は安泰じゃないですか?」
この町にいる司祭たちは再生の奇跡を使えない。
アツキサトやその周辺で活動する熟練度の高い冒険者達が慎重に行動する理由の一つだが、再生の奇跡が使える司祭がいればもう少し無茶をする可能性もあるんだよな。なんといっても教会で頼めば再生の秘薬よりは格安だし。
「今後どの規模まで発展するかに依るだろうな。フローラ教の奴らは大都市でしか活動したくないそうだ」
「えっと……、それは何か理由が?」
「人口の多い町の方が奇跡を集めやすいんだそうだ。奇跡が集まれば様々な事が出来る、死者すら蘇らせる事が出来るそうだしな」
「死人を蘇らせる? そんな事が出来るんですか? 国王とかが死んでるのに?」
「条件が相当厳しい上に、成功率は低いそうだ。そのくせ教会に貯めこんだ奇跡はほぼすべて消費するとあって教会でも滅多に引き受けたりはしないそうだ。前王が死んだ時も結局失敗したらしいからな」
死んだって……。やっぱり男爵は前の王の事をよく思ってなかったみたいだね。話を聞いた限り仕方が無いんだろうけど。
普通王様とかの場合は隠れたとかいろいろ言い方があるだろうしさ。
「えっと、教会の奇跡ってどうやって貯めるんですか?」
「信徒の祈りや、教会やその周辺で誰かが神に感謝すると貯まるそうだ。もちろん感謝する対象が信仰する神限定らしい」
俺が感謝した分は誰の所に行くのやら。近くの教会か女神フローラの所? ヴィオーラ教とかシルキー教の縄張りというか、影響がある範囲だとそっちの教会に行くのかもしれないけどね。
俺ひとりの感謝なんて微々たる量かもしれないが。
「そうなると、この町に建てるフローラ教の教会はかなり大きめに建てないといけないって事ですか?」
「そうなるな。その上奴らは装飾を派手にする傾向がある。すまんがその時はお前に力を借りる可能性もある」
「白磁の壺とか花瓶は欲しがりそうですね……。そのうちこの領の産業になると思いますし広告塔として丁度いいんじゃないですか? 他の都市にあるフローラ教会の関係者も欲しがるでしょうし」
大きな街というか領を長期的に運営する場合、どれか一つの産業に頼るのは危険過ぎる。
流行り廃りがあるだろうし、美食の他にも様々な産業で支えていく必要があるんだ。といっても、この領の場合塩とか穀物とかがあるし、最悪この男爵領が独立してもやっていけるだけの資源があるんだけどね。
「お前とスティーブンがいてくれれば、本当に何も怖い物はないな。心配があるとすれば王都の呼び出しに応じてお前が向こうに行っている時なんだが」
「以前も町が成長中に狙ったかのように南から竜が現れてますしね。あれ、誰かの意図があると思いませんか?」
「あるだろうな。ある程度は予想がつくが確証はない。ゆえにそ奴の名を口には出せんのだ」
あるのか!! というか犯人の目途もたってる?
その上で気軽に口に出せない名前……。王族? もしくはそれに近い権力者?
「証拠を見つけてそいつを表舞台に引きずり出すしかないですね。しかし、そうなると王都へ行っている間にこの町にあの竜が再び姿を現す可能性がある訳ですか」
「確率は低いと思うが、十分にあり得るな。あの暴君鮮血熊も最終的にこの町を襲う算段だったのかもしれんし」
「あの熊も操れる相手?」
「いや、餌を蒔いて誘導するだけだろう。街道には食料を満載した馬車が通る。それを辿ればいずれはこの町に辿り付くだろうて」
……あの暴君鮮血熊が再建したオウダウを壊滅させたタイミングで商人ギルドに菓子などを発注。
その馬車が襲われれば討伐隊を出さないといけないだろうし、そうなった場合は最終的にこの町まで来てたって訳だ。
「黒幕は王都もしくはその周辺の都市にいるって事ですね」
「そうだろうな。しかしそいつの考えが分からん。ここを壊滅させるだけならば十一年前でもよかった筈だ。なぜ今なのかがさっぱりわからん」
「敵を欲してる訳でもなさそうですしね。その場合は名乗りを上げた方が手っ取り早いですし」
悪の組織がなぜ名乗りを上げるのか。
それは自らの力と存在を万人に知らしめる為だ。何処かの町が壊滅した。何処かの誰かの仕業で~、では第三者がその事実だけを掠め取る可能性もあるしな。
町を壊滅させる力を持つという事は、相応の力を持たない者にとっては脅威に他ならない。従わせるも滅ぼすもその力を持つ者が権利を持つからだ。
「名乗れん理由もあるのだろう。何を考えておるか分からん相手は理解できぬが」
「戦って相手を倒した時はその理由が最後までわからない場合もあるでしょうしね。気にするだけ無駄でしょう」
「それはそうだがな。これだけのことを仕出かしておるのだ、最後はその首を晒してやりたいのが人情だろう?」
物騒な人情だな、おい。
温厚なように見えて流石にそこは領主って感じだよな。ああ、そういえば例の三人組とかニドメック商会の件では情け容赦がなかった。
「王都からの呼び出し、いつ頃になりそうなんですか?」
「そう時間はかからんだろう。向こうである程度歓迎の準備が整ったらすぐだろうな。何やら高速で移動できる手段を持っておるそうだが、王都まで何日で着く?」
「えっと……。地図があれば予測できますけど。それかオウダウ迄の距離の何倍かとか」
「王都までは特殊な高速馬車で七日程だ。道はオウダウよりも北の方がいい位だな」
そうなると一日で着くよな?
朝出て夕方には着きそうだ。
「おそらく一日。どんなに遅くても二日で着きますね」
「それでもあの竜に襲われた時は、この町にお前が戻る前に壊滅しておるだろうな。やはり奴を呼び寄せるしかないか」
「もしかして雷牙勇慈ですか?」
「ああ。今スティーブンに全力で捜索させておる所だ。できれば奴がこの町に住みついてくれれば安泰なのだが」
そりゃ俺の他にもう一人ブレイブがいれば万全だろう。余程の敵が出ない限り二人もブレイブがいれば何とかなる。劇場版ラスボスの黒龍種アスタロトはギリギリといった所だろうけど、少なくともそれ以外の幹部クラスだったらダブルクラッシュで粉砕できる。
「基本風来坊ですしね。この町に居付いてくれれば心強いんですけど」
「お前も知り合いなのか?」
「いえ、名前とかをよく知ってるだけで実際にあった事は無いですね」
むしろ本人より本人の事をよく知ってるレベルで。
この世界の雷牙勇慈がどのシリーズの存在かは知らないけど。
「奴が見つかるまである程度は王都からの話はすっとぼけるつもりだが、いよいよとなればすまんが王都に向かってもらえるか?」
「それは仕方がないですよね。……一応この町を守る最終防衛ラインとかは用意するつもりです。最悪の事態の場合は……」
町の地図を用意して貰って説明し、何ヶ所か避難所を作るという話にした。
一番外の柵の何ヶ所かに暴君鮮血熊の体毛を埋め込み、更にうちの庭に使用している結界発生装置と同じような物を外壁に埋め込む計画だ。
範囲が広すぎるのでうちと同じレベルではないが、守りに徹すれば避難所に住民が逃げるだけの時間稼ぎは出来るだろう。避難所はうちと同じレベルにするしな。
「そんな物まで持っておったのか?」
「王都とか他の貴族には内緒ですよ」
「当然だ。町の防衛設備を外部に話す馬鹿など居てたまるか」
いるんだよな……。割と。敵の前でペラペラしゃべる馬鹿が。
「今日話し合うのはその位ですか?」
「ああ。呼び出してすまなかったな。王都からの呼び出しは出来るだけ引き延ばす。どうせ今更報酬など増えても喜びもせんのだろう? 喜ぶくらいであればお前の持っているあのドレスを一着どこかに売り出すだけで、十分すぎるほどの釣りがくるだろうからな」
「ありがとうございます。これ以上増えても使い道もあまりないですしね」
「死ぬまでに言ってみたいセリフの一つだな。この領は恵まれておる。十分な資源と広大な領地、それと儂には過ぎる程に有能な者が多い」
「縁というのは不思議なものですよ。これからもよろしくお願いします」
「こちらこそだ。孫娘にもそのうち逢ってもらいたいのだが……。いろいろあってな。折を見て紹介する」
何か問題があるのか?
ああ、そういえば以前身体が弱いとかなんとか聞いた気がするな。
ナイーブな問題だろうしあまりそこには触れないでおくか。
「ではその時に……」
「ああ」
さてと、暴君鮮血熊の討伐報酬は少しの間お預けだな。
別に今すぐ必要じゃないし、問題は無いんだけどね。
あと、例の結界発生装置の件、秘密裏に進めて貰わないとな。
読んでいただきましてありがとうございます。




