第百四十話 緊張してきたな。こんなに緊張したのはいつぶりだろう? 数日前から今日の天気も心配だったし
連続更新中。
楽しんでいただければ幸いです。
結婚式本番当日。現在俺は控室で白スーツに着替えてシスターが呼びに来るのをじっと待っている。
教会の周りにはカロンドロ男爵の兵だけじゃなくて、スティーブンの私兵まで動員して警備に当たっているようだ。グレートアーク商会だけで戦争できるって話も嘘じゃないみたいだった。
披露宴の料理やワインは既に届けてあるし、必要な物は全部かなりの量の予備を含めて渡しておいたので問題ない筈だ。半分くらいひっくり返しても問題の無い量にしてるしな。
「緊張してきたな。こんなに緊張したのはいつぶりだろう? 数日前から今日の天気も心配だったし」
運がいいというか、数日前にあまり雨は降らなくなった。以前言われてた通りに三月末から四月の間は割と雨が多くて、シャルもあまり家からでなくなったから居間に猫用トイレと爪とぎを設置する羽目になったんだよな。
バケツをひっくり返したような土砂降りって事は無いんだけど、長時間しとしとと降るので割と鬱陶しい降り方だった。この辺りだと傘はあまり普及してないのか、外套を合羽代わりにしてる人が多かったみたいだ。そこまで雨量は多くなかったし、あれでもいいのかもしれない。
「クライド様。そろそろお時間になりました」
「はい。もう着替え終わりましたので大丈夫ですよ」
「失礼します……。素敵なお召し物ですね。これだけの物を用意された方は初めてですよ」
「ありがとうございます。ヴィルナのドレスに釣り合う物を用意しましたので。これでも少し不足な気がしますが」
そうはいってもこれ以上のスーツなんて用意できないしな。
最高品質の糸で織られた理解不能な布を超絶技巧で仕上げたスーツやシャツ。
小物のハンカチとかネクタイに至るまで光が当たるとうっすらと光を放っているようにすら思える謎素材だ。何の毛でできているのかは知らないけど、肌触りも滑らかだし若干布の周りに不思議な力場のような物を感じるんだよな。
「いえいえ。それほどのお召し物を見たのも初めてです」
「ありがとうございます。えっと、このまま進めばいいんですか?」
「はい その先の通路でヴィルナさんと合流します」
なんというか不思議な造りの建物だ。
祭壇の奥にも控えとかに繋がる通路があるんだけど、教会の壁際にもぐるっと通路が作られていて、祭壇の裏から一番後ろの壁まで抜けられるようになってるんだよな。
「ソウマ……」
ウエディングドレスに身を包んだヴィルナが目の前にいる。
純白のウエディングドレスのベールから覗く赤い唇は、鮮烈というか見るものを引き付けるというか、少なくとも俺の目はその美しい唇に釘付けだった。なんというか普段とすっごく違う気がするんだよな。
「ヴィルナ。すごく似合ってるよ、何処の世界のお姫様よりも綺麗だ」
「このようなドレスを着て結婚式を挙げるなど、聖魔族であるわらわには考えられぬ事だったのじゃ。聖域の中で夫婦の誓いをたてるだけじゃと思っておった」
聖魔族だとそうなるんだろうな。でも、こうしてウエディングドレスに身を包んで結婚式を挙げるのも最高だろ?
「すいません。そろそろ式場に向かってよろしいですか?」
「はい。お願いします。さ、ヴィルナ」
「ソウマ」
ヴィルナの手を取ってヴィルナの歩幅に合わせてちょっと暗くて狭い廊下を進んでいく。目の前にある扉をくぐれば、そこはもうルッツァ達が待っている式場だ。
「「「「「「おめでとう!!」」」」」」
扉をくぐった俺とヴィルナを歓迎して祝福の言葉をかけてくれてるけど、俺たちの着ている服を見た瞬間に割と会場が静かになった。
溜息があっちこちから漏れてるけど、ヴィルナの着てるウエディングドレスを見たらそりゃそうなるか。ヴィルナ自身に見惚れているのかもしれないけどな。
「さ、行こう」
「わかったのじゃ」
一番後ろの席を横切り、中央にある道を祭壇に向かってまっすぐ進んでいく。ヴィルナの手のぬくもりが伝わってきて緊張が解けるというか安心できる俺も大概だよな。
出会って一年。いろんな事があったけど、これからもこうしてヴィルナと共に歩んでいくんだろう。
「よくおいでくださいました。女神ヴィオーラに変わり、わたくしアレシアがお二人を祝福させていただきます」
女神ヴィオーラが昔誰かを祝福した時の言葉がそのまま祝福の言葉となって今まで伝えられていると聞いた。
ありがたい話なんだろうけど、あまり俺の心には響いてこなかった。なんだろう? この世界では確かに女神がいるんだろうけど、去年起こった様々な事件を思い返すととてもではないが神が見守ってるとは思えないからだ。
「……では、誓いの言葉の後、お互いの双翼の指輪をこの女神ヴィオーラ像の前で重ねてください。クライド・ソウマ、ヴィルナの両名はお互いを気遣い、夫婦であることを誓いますか?」
「誓います」
「誓うのじゃ」
「では、その証として、この女神ヴィオーラ像の前で双翼の指輪を重ねてください」
右手の薬指にはめた指輪を女神ヴィオーラ像の前で重ね、そしてそれをお互いに左手で包み込んだ。
【貴方達の誓い、確かに聞き届けました。女神ヴィオーラに変わって私女神フローラが二人を祝福させていただきます。あの子の信徒の教会なのにお邪魔してごめんなさいね】
女神ヴィオーラ像の上に半透明の女性が浮かび上がり、それが女神フローラだと気が付くまでわずか数秒。
会場が騒然となるかと思ったが、女神フローラの祝福は滞りなく終わり現れた時の様に一瞬で姿を消した。会場が騒然となるかと心配したけど、どうやらそのレベルを超えて呆然としているようだ。よし、このまま強引に式を切り上げて、後は披露宴で話せばいいだろう。
「これで終わりかな? 女神ヴィオーラと女神フローラには感謝を」
「まさか女神フローラ様が祝福されるなんて……。やはりクライド様は神が遣わされた勇者様なのですね」
「それだけは絶対にないですね。祝福していただけたのは最近の活動のご褒美かもしれませんけど」
いろいろ厄介な魔物を討伐してきたからな。
他にも理由は考えられるけど、その辺りはまた今度追及すればいいだろう。
「ソウマ、とりあえず披露宴の会場に向かうのじゃ」
「そうだね。それじゃあ、また披露宴の会場で!!」
わざわざサプライズで祝福してくれたんだろうけど、出来ればこんな形でのサプライズは勘弁してほしかったな。
これが王都とかにどんな形で伝わる事やら。
◇◇◇
披露宴の会場。俺とヴィルナはとっくに席についているが、どうやら教会の方がごたごたしていてまだ全員ここに集まってない状況だ。
原因は女神フローラの降臨だろうけど。あれ、地上に降臨したっていうよりは力の一部を具現化させただけだろ?
「ごめんなヴィルナ。いろいろ面倒な事になった」
「いつもの事じゃな。ソウマと共に歩むのであればコレから先には日常茶飯事じゃろう」
「こんな事はあまりないといいんだけどね。ん? カーテンの向こう側が騒がしくなってきたし、入場してるみたいだな」
十五分くらいで全員席に着き、そして料理が運ばれてきてそれぞれの前に並べられた。俺たちの分はシスターアレシアが運んでくるのはやっぱり何かあったらマズいからなんだろうな。
ワインは各一本。ラウロとかは追加で何本か欲しがりそうだけど。
「それでは、クライド・ソウマ様とヴィルナ様の披露宴を開始させていただきます」
披露宴が始まるとまず料理が食べられ、ついでワインでのどを潤し、その後で新郎新婦に挨拶に来るのが決まりらしい。
全員は挨拶に来れないそうで、テーブルの席に印がついている人だけなのだそうだ。
「結婚おめでとう!! いや、まさか女神フローラにまで祝福されるとはな。この町にも女神フローラの教会を建てねばならんだろう」
「ありがとうございます。そうですね、ここ数年で相当に大きな街に発展するでしょうし教会は多い方がいいでしょう」
いろいろな宗派があるんだろうしね。ヴィオーラの教会で話す事じゃないけど。
「結婚おめでとう。その着てる服が霞むような出来事だったな。ヴィルナの着ているドレスの方は流石に俺でも見た事の無いレベルだ。国が買えるぞ?」
「ありがとう。一生に一度だしな。最高のウエディングドレスを用意したのさ。流石にいくら金を積まれても売れないけどな」
男爵、スティーブンに続いて、ルッツァや商人ギルドのマスターであるミケルなどが挨拶に来て、俺たちはそれぞれ祝福の言葉を貰った。
出された料理を楽しみ、教会に祝福をする為に降臨した女神フローラの事や、ヴィルナの着ているウエディングドレスの事など、それぞれのテーブルでいろんな話題が花開いていた。なんとなくだけどさ、いいよな、こういった時間って。
持ち込んでいた料理は追加で出され、ワインなども次々と運び込まれてきた。あれ余ったら教会で使ってくださいって言ってたのに……。そして二時間ほど披露宴は続き、終わりの時を迎えた。
「名残惜しいと思いますがこの辺りで披露宴を御開きにさせていただきます。クライド夫妻からお土産を預かっておりますので、お持ち帰りください」
皆笑顔で俺たちを祝福し、披露宴の会場を後にした。……ラウロはワインの瓶を三本位抱えてたけどな。ダリアがラウロの後ろでごめんねってしてたから許してやるよ。
「終わったな。さ、家に帰るか。シャルも待ってるだろうし」
「そうじゃな。今日は家で留守番をさせたが、おとなしく待っておいてくれればいいのじゃが」
◇◇◇
普段着に着替えて魔導車を出して家に着いたとたんにシャルが玄関の猫用穴から飛び出して飛びついてきた。
「にゃっ、にゃぁぁっ!! ふにゃぁぁぁぁっ!!」
「よしよし、そんなに寂しかったのか……。最近は雨が多いから家の外に滅多に出てなかったのにな」
「にゃあっ」
いやな予感がしながら家に帰ると、寝室や居間をシャルが散々荒らしまわった跡が残っていた。うん、大体予想通りっちゃ通りだよな。
とくに寝室は布団をすべて床に落としたうえに、いつもは絶対にやらない爪とぎをベッドのマットでやりまくっていたほどだ。どれだけ寂しかったのかが窺える。悪い事をした。
「今後ふたりで冒険に出る時はいろいろ考えないといけないな」
「そのようじゃな。シャル」
「うみゃぁ」
「シャルを怒るなって。ある程度は覚悟してた事さ。この位だったらすぐに直るしさ」
修復機能を使えば一時間もかからないしね。
さ、これでヴィルナと夫婦になった訳だけど、特別なにか変わる訳じゃないんだよな。
とりあえず、今日の晩御飯だよね。何作ろっかな? ヴィルナが喜びそうな物……。何か考えるか。
読んでいただきましてありがとうございます。




