第百三十五話 魔物は近付かないようにタイラントブラッディベアの体毛か何かで柵を作れば、この辺りで一番多いソードボアなどの魔物はまず近付いてこないだろう
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楽しんでいただければ幸いです。
書類仕事というのは元の世界にいた時から苦手な仕事だ。仕入れの伝票や注文票なんかの記載は別に苦じゃないけど、計画書だの報告書だのを書くのはホントに苦手だった。
とはいえ、今回のこれは俺が手を出した仕事だし、問題点を見つけたら直さないといけないよな。
居間のテーブルで膝にシャルを乗せながら書類に目を通すのは割とシュールな光景かもしれないけど、部屋に籠って仕事してるとシャルが部屋の前で鳴くんだから仕方がない。仕事でかまってやれない事もあるだろうから流石に部屋に入れる気はないし。
「荒れ地に柵を張り巡らせてそこで行う予定の放牧はいい。魔物は近付かないように暴君鮮血熊の体毛か何かで柵を作れば、この辺りで一番多い剣猪などの魔物はまず近付いてこないだろう」
問題は乳牛の方だ。
今の計画のままだったら効率よく搾乳できないし、かといって厩舎に詰め込んで餌だけ食わせて搾乳ってのもどうかと思うんだよな。魔物の襲われないって部分だったら厩舎に暴君鮮血熊の体毛を撃ち込めば済む訳だし。……牛が怖がるかな?
「ライブラリー機能で調べれば、いろんな酪農の方法が出てくるけど、流石に俺は酪農経験者じゃないからどれが一番いいのかなんてわからない。この辺りは一度話し合わないといけないかもしれないな」
集乳缶はいくつか作ってみたけど、流石にステンレス製はまずいよね。
となると鉄製を渡すしかないのか……。今この世界にどのタイプの集乳缶があるのかは知らないけど、今後の事も考えて効率がいい形にしたい。この世界にはガソリンも灯油もないし、ジェリカンタイプにしてもいいけど。
「こうしてみると、酪農関係でも結構な改善点があるんだよな。放牧して荒れ地に食べれる草があるうちはいいけど、本格的に肉牛の育成が始まって品質を安定させる場合は栄養価が高くて成長の早い作物の存在は必要不可欠だ」
しかもこの世界のな。
俺がアイテムボックスから種子を出せばいいんだけど、それは目的の種子がこの辺りにひとつも存在しなかった場合にしたい。
スティーブンを通じて探させて、本格稼働するまでに見つければいいわけだし焦る事は無いな。
「今日も書類を眺めておるのか? 毎日よく飽きぬ物じゃな」
「今までスティーブンに丸投げしてしてきたけど、こうしてみると誤用というか不完全な運用をされてる事も多かったみたいだね。スティーブンも万能じゃないだろうし、任せてる部下は更に能力が劣ってるんだろうから仕方がないんだけど」
「ソウマがおかしいだけなのじゃ」
「ひとことで片付けたな……」
【百点満点の返答じゃないですか? この世界の人間の感覚からすれば当然です】
そりゃそうだろうけど……。
同じ始めるんだったら最初から完成形を目指した方がいいだろ? 試行錯誤していろいろ自分たちで考えて欲しいし、出来る限りそうなるように仕向けてはいるけど、あまりにかけ離れてた場合は最初から少し手助けしたほうがいいと思うんだ。
【過ぎた技術は身に付きませんし、最低限の手助けに留める方がいいのでは?】
時間的に余裕があればね。
少なくとも今は酪農技術の普及の為のかなり重要な時期だ。北の方の町がどんなやり方をしていたかは知らないけど、乳製品が普及していない以上効率のいい方法じゃなかったんだろう。
「大体そこまでソウマが面倒を見る事は無いじゃろう? その辺りはスティーブンや男爵の領分じゃ」
「アイデアだけ出して、後はよろしくってのは割と無責任なんだぞ。塩の件も、穀倉地帯の件も、酪農の件もある程度の所まで説明してた筈なのに、うまくいってるのは塩の件だけなんだよね」
あそこは魔道具を使ってるからなんだろうけど、塩の生産能力は設定した最大値に届いている。あれ以上一気に生産力を上げると塩が値崩れするので今は様子見といった所だ。
放牧や酪農に関してはあまり詳しく説明しなかったが、まさかここまで適当に話が進んでいるとは思わなかった。
「はじめてやる事じゃろ? 問題が起こるのは仕方なかろう。そもそも最初から完璧を目指すのは間違いなのじゃ」
「それも正論なんだけどね。牛乳も牛肉もできるだけ早く普及させたいんだ。牛乳があると他の乳製品も作れるしね」
「牛肉があるといろんな料理が出来るという訳か」
「個人的にいえば牛の方が肉としての格は上だと思うんだ。当然料理のレパートリーも相応に増やせるしね。牛の活用法としては荒れ地の植物の駆除以外にも穀倉地帯で農作業ってのはある。でも食べる用の肉は別で育てて欲しいんだよね」
ステーキは流石に豚や剣猪だと焼き加減に限界があるし、その二つは中まで火が通らないとかなり危険だろう。
後は牛丼とかの安めのメニューの普及だ。大量に仕込めばコストは下がるだろうし。
「ビーフシチューは美味しいと思うのじゃが、あのクラスの料理がまだできるのか?」
「ヴィルナはスパイス系も大丈夫だったよね? 今まで出してなかった料理で、カレーってのがあるんだけど」
「それは美味しいのか?」
「元の世界ではかなり人気の高い料理だったな。好みの問題でいろいろ意見も分かれる料理だったけど」
甘いカレー辛いカレー、使う肉に味付けまで入れると本当に千差万別というか、どれが一番好きかで相当に問題がある料理のひとつだ。
今回出すのは俺好みで作ったビーフカレーだけど、贅沢に最高品質のフォン・ド・ヴォーを惜しげもなく使ってある。煮込んだ肉もトロットロに蕩けてるし、スパイスの効いた肉が口の中でほぐれる瞬間はまさに至福といっても過言じゃないだろう。
「ソウマがそこまで言うのじゃ。相当においしい料理なんじゃろうな」
「カレーは流石にシャルには食べさせられないけど、シャルにも食べさせられる煮込み料理を出すよ。猫用には使えない食材も多いんだよね」
「にゃぁぁ」
「わかってるって。シャルが食べておいしいって料理にするよ」
「うにゃぁぁ♪」
嬉しい時はホントに全力でマーキングしてくるよな。たまに肩まで上ってくるし。
さて、書類仕事はいったん切り上げて、昼飯の準備に入るかな。今日は俺が作るって事にしてるんだ。
◇◇◇
今日の献立はメインが当然ビーフカレー。でっかいナンとターメリックバターライスの両方を用意した。白飯もいいけど、ターメリックバターライスにカレーをかけると美味しいんだよね。
しかも今回は贅沢にビーフカツを用意。俺の方はビーフカツカレーにしてるけど、ヴィルナはナンで食べるみたいでそれぞれが別の皿に盛りつけられている。
箸休めの温野菜とカレーの付け合わせに最適なマカロニサラダ。飲み物はラッシーを用意した。カレーといえばラッシーだよな。
「これがカレーか? 確かにこの匂いは独特なんじゃが」
「辛さは抑えたけど、辛かったら言ってね。チーズか何かを入れるから」
「どれ……。んっ!! これは刺激が強いのじゃ……。しかし、手が止まらんな。口の中で蕩ける柔らかい肉も最高なのじゃ!!」
「フォン・ド・ヴォーのコクが最高だよね。俺は自分でビーフカレーを作る時には絶対入れるもんな」
「確かに牛肉は旨味も凄いのじゃ。確かにこの肉と比べると剣猪は若干劣るの」
剣猪の肉が不味い訳じゃないんだけど、比較されるとそりゃ落ちるだろ。脂身の少ない部位を選んでるとはいえ最高品質の牛だぞ。
【徹底した管理で常に最高品質の物をお届けしています。また、病気なども厳しくチェックしています】
品質については信頼してる。
このメチャメチャ美味いフォン・ド・ヴォーもサンキューな。これ作るのホントに時間かかるんで今の状況だと無理なんだ。
【いつでもご用意しております】
デミグラスソースもフォン・ド・ヴォー使うと旨味が増すし、ハヤシライスもおいしいのが作れるんだよな~。ハンバーグにかけるソースにも使えるし、ソースの味でひと味増す感じだよね。
「牛の旨味を説明するんだったらローストビーフとかステーキの方がいいんだろうけど、ビーフカレーも牛の旨味を凝縮したような料理だしね」
「おかわりをしたいのじゃが」
「まだまだたくさんあるぞ。はいどうぞ。シャルもおかわりかな?」
「にゃぁ~♪」
シャル用の牛煮込みはトロトロに蕩けた肉がちょっと深めの皿にいくつか入れてある。肉は小さめに切ってあるし、猫が舌で舐めると簡単に解れるまで煮込んであるんだよね。ちょっと味は薄めにしてるけど、人が食べても十分に美味しい料理だ。
「付け合わせも、このラッシーという飲み物もおいしいの。ちょっと辛さで痺れてきた舌にも優しいのじゃ」
「辛い物には乳製品がいいよね。ホントによく考えられてると思うよ」
「本当に恐ろしい世界におったのじゃな。このような物が溢れておる世界など相応の犠牲を支払っておるのじゃろうからな」
「先人の努力に感謝って感じだね。知識ってのは本来そういった感じで受け継がれていくんだろうけど」
それでも必要な知識があれば、使わないって手はない。
完全にオ-バーテクノロジーで、世界の成り立ちを破壊しかねないもの以外は導入してもいいだろう。あのミンサーとかみたいにね。
人の命を奪う兵器とかは論外だけどな。
読んでいただきましてありがとうございます。
誤字報告ありがとうございます。助かっております。




