第百三十四話 お待たせ。急いで仕立てさせたんだけど、仕上がるのに今日までかかったよ。大きな木箱だけど、これひとつに一着ずつ入ってるから
連続更新中。
楽しんでいただければ幸いです。
三月最後の日曜日。つまり今日は三月二十八日だ。時間が経つのは早いというか、やらなきゃいけない事は山積みなのに全然仕事が減っていかない。半分以上は俺の身から出た錆なのは分かってる。
【十割な気がします。十割といえば、つなぎの無い打ちたての十割蕎麦もご用意できますよ】
その通りだよ!! あと今は蕎麦はいらない。……新そばまであるのか。でも、そばつゆがな……。
【甘めから辛目まで、さまざまな種類のそばつゆをご用意しております。また、蕎麦湯も別容器で用意いたします】
用事があるから今はいい。……今度新そばは食べる。ザル蕎麦の方をな。
それはいいとして現状確認。明日から四月で結婚式まで本気で一か月半となった。いろんな物の準備に追われてるけど、手を出した仕事は片付けなきゃいけないし、その前にもっと大事な用事が残っている。そう、結婚式の為に一番大事な事といっても過言じゃない。
「お待たせ。急いで仕立てさせたんだけど、仕上がるのに今日までかかったよ。大きな木箱だけど、これひとつに一着ずつ入ってるから。それぞれのデザインに合わせたベールも一緒っぽい。あ、こっちの小さい箱はヘッドドレスとかの小物が入ってる。こっちが靴で、こっちはアクセサリー系の小物。全部基本白で統一してる筈なんだけど」
「ドレスを五つも良いのか? まだ中を見ておらぬがこの木箱の装飾を見る限りただごとではないのが分かるのじゃが」
木箱といっても桐の箱に細かい彫刻を施されたもので、それに手で触ってもまるで彫刻などないかの如く引っかかる事が無い。いったいどんな技術でこの装飾をしたのか謎なくらいだ。
箱が大きいのは折ったりしていないからなんだろうけど……。
【当然です。箱から出された時に折り目ひとつ付いていない様に、すべての品がかなり特殊な方法で収められています。ベールはショートとミドルサイズを用意しております】
そうだろな。今回のウエディングドレスに関しては本当に感謝してるよ。一応で頼むのは間違ってるけど、予備の作成もよろしく。
【修復機能を使わないという事ですね。了解しました】
流石に人生に一度しかない結婚式で何かあったウエディングドレスとかないわ。俺はともかく、ヴィルナに悪いしな。
「とりあえず着てみて着心地を確認してもらえるかな? ヴィルナの部屋で試着する? 大き目の姿見は先に渡してるよね?」
姿見の鏡は先に渡してヴィルナの部屋に設置されている。アレを渡した時もすっごく喜んでたよな……。
「そうしてみるのじゃ。ソウマに見せるのは、結婚式当日にしたいのでな」
「それじゃあ当日の楽しみにしよう。シャルはここで待ってる!!」
「うなぁぁあっ!!」
「うなぁ、じゃない。今ヴィルナの後をついていこうとしただろ?」
「にゃん♪」
「かわいい顔してもダメだぞ。普段はあんなにいい子なのに、時たま悪戯心がうずくのかやらかすよな?」
喉を鳴らしながら膝で寝始めた……。
猫ってほんとこういう時はすごいよな。誤魔化しかたとか甘えかたとか誰にも教えられてないのに。
「こうして猫を膝で寝かせて、家でゆっくりできる時間ってのもこの世界にきてからだよな……。早朝に起きて遅い時間に帰る生活だったし」
もうすぐ結婚するヴィルナはいるし、こうして膝で寝るシャルもいる。
商人の仕事も冒険者の仕事も割と順調で、この町の状態も砂糖関係を除いて順調に整ってるしな。先日貰った控えに目を通したけど、早ければ四月半ばには牛乳の出荷が始まりそうだ。最初は試験販売らしいけど。
「牛乳があれば、色々できる。本格的に生産が始まったらチーズやバターの生産もできるし」
豚の飼育も始めるそうだから、チーズ作りでできたホエーは豚に処理させればいいだろう。
ただ、豚の飼育が順調にいきすぎると、剣猪の価値が若干下がるのが難点なんだよな。流石に剣猪需要はあるだろうけど、豚の価格が安定してくると買取価格は確実に下がる。
「牛肉が市場にどの位の早さで出てくるかだよな。早くて数年先だろうけど」
ん? ヴィルナが階段を下りてきたか。例の控えに目を通してたら、着替えを持って上がって数時間経ってた。改善点は今度纏めておくか。
「ソウマ。試着は終わったのじゃ。その……、あのような素晴らしいドレスを用意してくれてありがとうなのじゃ」
「いいって。一生に一度の結婚式なんだし、最高の物を用意したいからね」
【おそらく、全世界を探しても現在お渡ししている物に勝るウエディングドレスは存在しません。この世界では絶対に存在していないでしょう】
素材と縫製技術の問題?
【どちらもですね。素材の品種改良はこの世界の生物次第ですが少なくとも数万年規模ですし、縫製や刺繍も一万年以上生きる生命体が生涯を技術の研鑽に費やせば可能ですが】
うん。ヴィルナ以外に渡さない方がいいのは理解した。
確かに戦争が起きるレべルだよね。
「わらわはソウマのパートナーとしてふさわしいのじゃろうか? 寒くなると冒険の役にも立たぬ。商人として金を稼げる訳でもなく、料理の腕もソウマには及ばぬじゃろう」
「俺が、ヴィルナを選んだんだよ。そして、ヴィルナも俺を選んでくれたんだろ?」
「それはそうじゃが……」
「だったらさ、それ以外の事なんて些細な事なんだ。ヴィルナと俺が一緒に冒険を始めた時、俺は確かに商人ギルドに飴を卸した利益で小金を持ってたけどそれだけだった。あの時は碌な武器も持ってなかったし、料理の腕だって披露していなかったよな?」
「まだお互いの秘密も本当の意味では打ち明けておらんかったからな。わらわもソウマを完全には信用しておらなんだ」
そりゃそうだ。
アイテムボックス持ちとはいえ怪しい入れ物に入った水を渡すし、食べた事の無いホットドッグを渡されたりしたらな。こいつ何者だって思うのに無理はない。
俺だってあの時はヴィルナを竜か何かがひとに化けてると思ってたしな。
「でも、俺たちは今までこうして一緒にいろいろやってきただろ? ヴィルナは自分の出来る事はきっちりするし、商人ギルドとかスティーブンとかの交渉ごとの時は場を壊さないように極力口を挟まない様にしてくれてる。それだけでも十分だよ。それに最近は料理の腕だって上がってるし、料理の腕はこの町でも片手の指で数えられるレベルだと思うよ」
「そこまで褒められると少し恥ずかしいのじゃ……。ソウマの方が料理の腕も凄いのじゃし……」
「う~みゃ……」
シャルが膝から降りて自分の寝床に移動して寝始めた。というか、わざわざ尻をこっちに向けてるあたりこの雰囲気に堪えられなかったのか? 夫婦喧嘩は犬も食わないというが、あまりよすぎると猫も呆れるみたいだな。まだ夫婦じゃないけど。
【流石に口から砂糖を吐きそうな会話は猫にもキツかったのかもしれませんね】
そこまで甘かあねえよ!! ……いや、ちょっと甘かった?
【それはもう、砂糖どころかサッカリンクラスで】
その甘さって砂糖の数百倍じゃん!! そこまで言うかな?
【今度ルッツァさんとかの前で今の会話を披露するといいですよ? 同じ反応をすると思いますので】
こいつ。たまになんか会話の人工知能が人っぽい話し方になるんだよな。
それよりヴィルナの衣装だよ。
「ドレスはもちろんだけど、小物とかもあったけど大丈夫だった?」
「ヘッドドレスも信じられぬような逸品だったのじゃ。靴もぴったりじゃし、履き心地も最高じゃったのじゃ」
「一日履くけど大丈夫? 靴擦れとかできないといいんだけど」
「流石にその心配はないのじゃ。あれほどの靴を履いて靴擦れなど有り得んのじゃ」
【最高の素材で、まるで素足の様な履き心地の靴です。普段はいている靴も同じレベルの筈ですが】
そういえば、アイテムボックスで作ってくれた靴を履いてあれだけ歩き回ってるのに靴擦れとかした事ないな。
安物の革靴とかはいた時は酷かったからな~。底の部分がごっそり剝げたり、古いと靴底はボロボロ壊れるし。もちろん一日目で靴擦れは出来たし踵は酷い事になった。靴下にも血がついていい事なしだ。
「それじゃあ結婚式のドレスに問題はないかな? もし何か必要な物があったら言ってくれ」
「これ以上望んだら罰が当たってしまうのじゃ。あのドレスに身を包んで結婚式を挙げられるわらわは幸せなのじゃ」
「ドレスがいいんだったら、普段着る用のドレスも用意するよ?」
「わらわはどこぞの御姫様ではないんじゃ。家ではこの服で十分じゃし、冒険に行く時もいつもの服でいいのじゃ」
そういえばヴィルナの装備は最近更新してないよな。
聖域を作る時は別だけど、普段の戦闘用に俺と同じレベルの服を作っていた方がいいかも。
【採寸は終わっていますので、すぐに作成を開始できます】
ナイトメアゴートの素材を使ってもいいから、最高品質の装備を頼む。
出来るだけ軽量で動きやすさを優先。再生の秘薬システムも邪魔にならない位置で。
【作成に数日かかります。完成しましたら専用フォルダを作成して保管します】
頼んだ。
「冒険者用の装備を今頼んだから、しばらくしたら完成するぞ」
「……少なくとも結婚式まで冒険になど行かぬぞ?」
「わかってるって。ヴィルナに怪我でもされたら困るし。俺もできるだけ依頼は受けないようにするよ」
もう十分すぎるくらい働いてるからな。
でも、俺にしか討伐できそうにない魔物は、俺の方に回ってくるんだろうね……。
読んでいただきましてありがとうございます。
誤字報告ありがとうございます。助かっています。




