第百三十三話 確かに着てる服ってある程度の目安になるというか、この辺りの人があの中に混ざるには割とハードルが高いよな。もしかしてドレスコードが出来上がりつつある?
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楽しんでいただければ幸いです。
冒険者ギルドからの帰りに隣にある食堂の様子を窺ったんだけど、ちょっと異様というか客層がかなり気になった。というか、どう見ても着てる服とかがおかしいだろ?
今まで冒険者ギルドに来ていた客は安くて美味くて量があるから集まってるような感じだったのに、隣の食堂に入ってる客は貴族とかそんな感じの客ばかりだ。すくなくともあんな服はこの町の住人でこの辺りを拠点としてる人が買える服じゃない。
「確かに着てる服ってある程度の目安になるというか、この辺りの人があの中に混ざるには割とハードルが高いよな。もしかしてドレスコードが出来上がりつつある?」
すでに冒険者ギルドの隣にある食堂ではなく、この町一番のレストランとしての格が出来上がりつつあるという事か?
格が確定すれば金持ちというか、他の町から来た貴族や商会の頭。それに今稼いでる小金持ち辺りしか来ないだろうし、そういった人も隣のレストランに入る為にそれに見合った服を仕立てたりするんだろうしね。そのこと自体はいい流れなんだけど。
「元の客はどこに……。流石にレストラン通りは値段的に厳しいだろうし、此処の食事に慣れると屋台で食べるのはいろいろと物足りない筈」
それとも屋台の料理のレベルも上がったのか?
全体的に料理の質は向上してるし、向上しないところは淘汰されてるみたいだからありえない話じゃないけど。
「白うさぎ亭かレストラン通りの方も見てみるか? 行くとしたら北地区のレストラン通りかな?」
白うさぎ亭はラードとかいろいろ買い付けてるし、元々料理のレベルも高いから今出されてる料理は相当なレベルに達してる筈。正直肉醤とかあればギルド横の食堂よりおいしい物を作るだろう。
流石にビーフシチューは無理だけど、元々レベルの高い煮込み料理出してたし。
「久しぶりにマカロニを出してたあの店に行ってみるか」
マカロニの存在が知られてるのに、あの辺りでしか出されてないのも妙な話なんだよな。
……使い辛いからか? 乳製品があればグラタンとか幾らでも作れる料理があるけど、牛乳やクリームが無いのが痛すぎる。
もしかしたら今は他のレシピがあるかもしれないけどね。
◇◇◇
酷い格差というか、店の状況が目に付いた。
冒険者ギルドの隣に来ていた一部の客もここに来てるっぽいな、何度か見た顔も行列に並んでるみたいだし。
昼飯時から少し外れているとはいえ、この時間まで行列が出来ている店と閑古鳥が鳴いている店の対比が酷過ぎる。
「以前入った店は閑古鳥コースなのか……。もしかして昼時に客が入って今は客が引いてるとか?」
そんな感じでもないか。
店に活気が無いというか、繁盛しているんだったらもう少し店の雰囲気も違う。
「……いらっしゃいませ。こちらのお席へどうぞ」
ウエイトレスは以前と違うけど、服とかは前と同じだ。
メニューも……、ん? なんだか試行錯誤の跡が見えるというか、消えてるメニューがあったりするな。
「相変わらずマカロニ料理はあるけど、その他のメニューが幾つも消えてる?」
「すいません。いろいろありまして今はそのメニューだけです」
「……他の店に客を取られたりしたんですか? マカロニって他の店も扱ってるんですよね?」
「この辺りの店だけですけどね。今はマカロニを扱っている店は殆ど無いと思いますよ。ラードを使った揚げ物や、炒め物なんかが人気ですので」
そりゃ……、ラードが出回るようになってるから揚げ物が人気なのは分かるけど、揚げ物だけだったら胸焼けするだろうに。
この店はヴィルナと来たことのある店だし、このまま潰れて貰っても寝ざめが悪いというか初デートの思い出の場所が無くなるのはちょっとね……。仕方ない、少し手助けするか。
「マカロニ料理もいいですけど、今は揚げ物も流行ってますしいくつか新メニューを増やした方がいいかもしれませんね」
「そうですね。あのご注文は?」
「……良ければ少し力をお貸ししますよ。冒険者ギルドにも少し協力していますので、料理の心得もありますし」
ん? ウエイトレスが首を傾げてる。飯を食いに来てる客にいきなりこんな提案をされたら面食らうのは分かるけど……。ふむ、麵を喰らうか……。
「もしかしてクライド様ですか?」
「あ、そうだけど」
「是非ともお願いします!! クライド様は大商人で勇者で料理人って聞いてますので、まさかうちに来ていただけると思いませんでした!!」
「そこ迄大袈裟なものじゃないけどね、揚げ物料理で対抗してもラードの販売元である冒険者ギルドには勝てないし、ここは別の手段で行きませんか?」
ラードを使った料理を幾つか教えてもいいけど冒険者ギルドより割高になるし、周りの店も揚げ物を出しているんだろうから目新しさはない。
それよりはこの店にあると思われる食材で勝負した方がいい。
「ではとりあえず厨房へ……」
「わかりました。あと今ある食材を見せて貰えますか?」
「では倉庫の方がいいかもしれませんね」
その方が話は早い。
食材は出来るだけ既存の物を使って、目新しい料理にする。この人以外の店員の姿も少ないし、手間は少なく少人数で対応できる物がいいだろうな。
「マカロニを作っている小麦粉は豊富にある。野菜類は日持ちしそうな根野菜が中心、後はジャガイモか。香草類が見当たらないのは日持ちしないからですか?」
「はい。二月くらいから売り上げは落ちてたんですが、その時に廃棄する事が多かったので。メニューから消えていたのもそのせいです」
「葉物は日持ちしませんしね。特にこの季節は葉物が高いですし……。もうすぐ市場には出てくるんでしょうけど」
冒険者ギルドの採集依頼にも色々増えてきてるし、露店に並んでる野草類も増えてきた。
もう半月もすれば値段も落ち着いてくるんだろうな。でもそれまで待っていられない。将来的にはそのあたりの食材に手を出してもいいけど。
「お詳しいですね。あの冒険者ギルドの食堂をあそこ迄繁盛させる筈です」
「あそこのシェフは元々腕がよかったんですよ。それより、今材料を見た限りでは幾つもメニューを増やせそうです。マカロニを作るのと同じような手順になりますが」
「マカロニの作り方もご存じだったんですね」
そりゃね。そこまで難しい物じゃないし……。
「そうですね。で、新しいメニューに使う物はこのマカロニを作る生地を、こうして均等に切りそろえていきます」
「マカロニみたいに筒状にしないんですね」
「マカロニがあったのにスパゲッティが無いのが不思議だったんですけどね」
麵を啜る文化が無いから諦めたのかもしれないけど、元々イタリアとかには麺を啜る文化はないだろう。
この世界にはすでにフォークがあるんだし、普及するまで食べ方を説明させればいい。
「麵を茹でて、その間にこの油とニンニク、唐辛子をフライパンで炒めて茹でた麺を絡めて……」
「こんなに少ない材料で大丈夫なんですか?」
「これは比較的使う材料が少ないメニューです。トマトの瓶詰が必要になりますが、十分に採算の取れそうな料理もありますよ。とりあえず試食をどうぞ」
ペペロンチーノ。基本的に追加の材料を使わなくていい料理のひとつ。
これをメインで売って行けば、割と利益は出る筈。
「美味しい、ほとんど塩だけの味付けなのに……」
「ピリッと辛いパスタ料理のひとつ、ペペロンチーノですね。追加の材料はありませんし、主食として扱えます」
「ラードは使わないんですね?」
「この今まで使っている油の方が相性はいいですね。他の料理もそうですが、あまりラードは使わずにあっさりとした料理で攻めましょう」
揚げ物は美味しい。しかし、貴族であれば年齢もそれなりに高齢の人もいる筈。美味いが脂っこい唐揚げや串カツが続けば、そのうちあっさりとした料理が食べたくなるだろう。
鳥ガラがあったので、比較的短時間でできる鶏ガラスープの作り方も教えてみた。パスタの味付けに使ってもいいし、このままここに鳥団子とかを入れて出してもいい。鶏ガラは養殖されてる大山雉のガラを買ってくればいいしな。今は商品価値が無いからほとんどタダだ。
後は大山雉で代用した中華料理の棒棒鶏をはじめとするあっさりとした料理を何点か作り、最後にアイテムボックスに保管していた瓶詰のトマトを取り出してボロネーゼを作った。
「この辺りの料理をメインにして、売り出してみるのはどうですか?」
「このミンサーという機械。本当に頂いていいんですか?」
「それが無いと、ミンチ肉が作りにくいですからね。さっきのボロネーゼはマカロニに合わせてもおいしいですよ。肉団子を作る大山雉のミンチを作るのに使ってもいいですし」
チーズと牛乳が無いのはホントに厳しいな。仕方が無いから他の食材で攻めるけどね。
「とりあえず明日からこれでやってみます」
「一週間後くらいに様子を見に来ますね」
「本当にありがとうございました」
ペペロンチーノとボロネーゼがあればそこそこ客は入るだろう。
ここをパスタ専門店みたいにするにはいろいろ足りないものが多いけど、今教えたメニューに手を加えたらいろいろ作れるようになる。
一週間後に様子を見て、それでもダメな状況だったら色々考えよう。
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