第百三十話 お待たせ。あのタイラントブラッディベアの死体も回収したから討伐は完了だ。何とかなってよかった
連続更新中。この話で第五章が終わります。
楽しんでいただければ幸いです。
駅舎に付くと、ルッツァ達が車外で待っててくれた。そこまで寒くないけど、車の中で待ってりゃいいのに。
「お待たせ。あのタイラントブラッディベアの死体も回収したから討伐は完了だ。何とかなってよかった」
「いや。何とかしたのはお前だろうが!! 今回ばかりは絶対に終わったと思ったぞ」
「暴君鮮血熊を倒した技ってなんなのさ!! あれ魔法でも何でもないよね? ねっ!!」
「奥の手その一って感じの技だ。塩食いを倒した技だよ」
あの時よりかなりパワーアップしてるけどね。
「勇者様って本当にいるんですね。わたし、生きてるうちにそんな方にあえるなんて思いませんでした」
「まったくだ。あの暴君鮮血熊がもし北上してみろ、王都やその近辺の地方都市は全部壊滅してたぞ」
「それほどの魔物か? その話は後にして、飯にしようぜ。割と持久戦になったし、腹も減った頃だろ?」
「……流石に大物は違うぜ。あれだけの魔物を討伐しといてその態度はねえわ……。もっとこう、踏ん反り返る奴が多いんだぞ」
「そういう奴もいるだろう。割と暖かいからバーベキューにしようと思うんだけどいいか?」
「何か知らんが用意してくれるなら文句は言わないぞ。というか、移動手段だけじゃなくて飯まで用意して貰って悪いな」
こういう部分ってルッツァとか割と遠慮しいなんだよな。
ちゃんと気を使ってくれるし、割と他の冒険者にも慕われてるのは分かる。
◇◇◇
車外に設置したバーベキューセット。そして持ち運び式の割と大き目のテーブルとその上に山盛りの肉。そしてワインのボトル。俺は一応車の運転もあるし砂糖抜きの紅茶にしてるけどな。
「うめぇ~っ!! ただ肉を焼く料理かと思ったけど、このタレとか最高に旨いな!!」
「ホントホント。肉も鳥とかいろいろあるし、この串になった奴もおいしいっ」
「新鮮な魚介類まで……。すみませんね」
「いいんですよ。バーベキューは肉もいいですけど貝もおいしいですよ」
「ここまで新鮮な魚介類はマッアサイアに行った時以来だ。アツキサトだと海産物は本当に売ってないからな」
魚介類といえば、干物とかが一部の商会で売られてる位だし。海老とかは輸送手段工夫すれば扱えると思うんだけどね。
アツキサトで肉といえば圧倒的に剣猪か養殖の大山雉だ。時期次第で突撃駝鳥も市場にあふれてるし、たまに他の魔物の肉も売ってるけど。
「俺の場合たまに買い出しに行くからな。アレがあれば日帰りできるし」
「凄いが欲しいとは思わんな。おそらく維持する費用は普通の人間には払えん。……ワインをもう一杯貰えるか?」
「おう、幾らでもいいぞ。割と旨いワインだろ?」
「割りと……?」
「気にするな。クライドの普通と割とはいつものアレだ」
そうそう、少し引っ掛かるけど気にする事ないって。ラウロなんてワインのボトル一本抱えて肉食いまくってるからな。よっぽどあのワインが気に入ったんだろう。
「平和だな。あんな化け物に遭遇した直後だってのに」
「普通だったら撤退した後で運がよけりゃ冒険者ギルドに戻って状況を報告。その後は国を挙げての討伐が始まる筈だったんだが」
「ひとりで退治しちゃうんだから凄いよね。本に書かれてる勇者様は幾らか脚色されてるって思ってたけど、たぶんクライドみたいな人がいたんだとおもうよ」
「最低でももうひとり同じ事ができる人がいるぞ?」
雷牙勇慈。
ライジングブレイブに変身できるし、俺みたいに変身の制限時間も必殺技の使用回数の制限も無いだろうから暴君鮮血熊レベルの魔物だと一方的に素手でボコるだろうな。
「あの人だよね? 雷牙勇慈。割と有名だし」
「一般人はそこまで知らないけど、冒険者や貴族は割と知ってるな。高額な討伐報酬の掛かった魔物を何体も退治してるからな」
「ごちそうさん。いや、うまかった……」
「ラウロ。ワインのボトルは置いていけ」
「いや、リーダー。もう半分も残ってないからよ」
あのワインが気に入ったのか。今日出したワインは割といい出来だったしな。
「持って行くなら開けてないのを持って行け」
「クライド!! しかも二本も……、いいのか?」
「いいって。ラウロは他の人間に売ったりしないだろ?」
「売ってたまるか。全部俺が飲む」
「ラウロってさ、博打をやめて以来、お酒にはこだわるよね」
ダリアとの約束とはいえ、博打を止めてるだけでもすごいと思うぞ。
「すまんなクライド。そろそろアツキサトに戻って冒険者ギルドに報告だ。クライドはまた面倒な事になるかもしれんが」
「前回のナイトメアゴートもそうだけど、今回の半壊した暴君鮮血熊の死体も買い取りは不可能だろうな」
「無茶言うな。ちょっとそこに出してみろ」
「こう、か?」
出した暴君鮮血熊に思いっきり斬りかかったが、当然傷なんてつきっこない。しかも今回切りつけたのは皮じゃなくて剥き出しになってる肉の部分だ。
「新調したこの剣でもこれだぞ? 皮を剥ぐのも無理だろう」
「そうだろうな。俺も無理だと思った」
「クライドが凄いのは分かってたけど、あそこまでとは思わなかったよ。もう少し若かったらファンの子がすっごい増えてると思うよ」
ん? 増えてる? もしかして俺のファンがいるのか?
「クライドはもう三十近いって話だし。流石にな……」
「そうだよね~。ヴィルナはいい人に出会ったけど、クライドの方もあんないい子に出会えたのは幸運なんだよ?」
「それは分かってるよ」
この世界は元の世界に比べて平均寿命が短いんだろうし、三十前だとそんな感じになるのか。
考えてみれば冒険者ギルドの職員も商人ギルドの職員も割と若い奴が多いしな。
「それじゃあ撤収してアツキサトに戻るぞ」
「了解」
暑い物とか冷たい物に触らないでもアイテムボックスに取り込めるから便利だよな。取り込んだ後で修復機能使えば新品同然になるし。
さてと、全速力で戻りますかね。
◇◇◇
冒険者ギルドのギルマス部屋。そこに俺とルッツァたちが案内された。理由は言わなくても分かるけど……。
しかし、こっちにもちゃんとこんな部屋があったんだな。商人ギルドのギルマス部屋よりかなり質素というかシンプルなんだけど。
「ありがとうございますぅ。まさか暴君鮮血熊まで居るとは思いませんでしたぁ」
「……七割がた予想してただろ? 黒色鮮血熊の数も多すぎだし、指定された場所があまりにも的確だったしな」
「状況証拠だけですけどねぇ。私が調べた範囲でですが、レミジオ子爵領が完全に壊滅。住人は殆ど黒色鮮血熊に食べられちゃったそうですよぉ」
「しれっと話す情報じゃねえだろ? 俺たちは命がかかってるんだぞ!!」
ルッツァが珍しく頑丈そうな机をぶっ叩きながら激高してる。もし仮に俺がいなければ全滅してた可能性まであるからな。
「クライドさんがいましたからねぇ。もし本当に暴君鮮血熊が出現していても、必ず倒してくれると思っていましたぁ」
「俺の力に関しちゃ、スティーブンからいろいろ聞いてるんだろうからな。出来ればその情報も初めから教えて欲しかった」
「倒す前にお話ししてもよかったんですけど、何処かからその話が漏れたりすると、この町が大パニックになっちゃいますよ~。去年の魔物に襲われた心の傷も癒えていませんしぃ、秘密裏にえいっと倒しちゃうのが一番ですぅ。ちゃんとそれっぽい事はお渡しした資料には載ってましたよぉ?」
おっとりした話し方だけど筋は通ってる。
暴君鮮血熊の情報を隠していても、討伐できるって信頼されてるんだろうけど。……あ、資料の端に超大型の黒色鮮血熊って記載があるけど、これの事か!!
「超大型の黒色鮮血熊……」
「俺も今気が付いた。いろんな種類の熊型の魔物が変化したものだし、十メートル近い奴がいるのかと思っていたんだが……」
「これが暴君鮮血熊の事だったのか」
「そういうことですねぇ。もし仮にそこに暴君鮮血熊がいますって書いてて、実はただの大型黒色鮮血熊だった場合は、余計な情報になりますしぃ」
こいつあれだ。俺と同じで相手の能力を見切って笑顔で無理難題押し付けるタイプに違いない。
人使いが上手いから能力以上の仕事は任せないけど、出来ると思ったら遠慮なく説明せずに仕事を持ってくるタイプだ。大盛りでな。
「さっき引き渡した黒色鮮血熊の買い取り額は公平分配で。暴君鮮血熊の討伐報酬はクライドだけにお願いします」
「そういう事になりました」
俺の倒した黒色鮮血熊は基本的に損傷が激しかったけど、数が多かったから人数割りにすればいい感じだろって話になったんだよな。暴君鮮血熊の報酬に関しては分配を断られた。
「流石に数日かかりますので、またお知らせいたしますねぇ。……人知れずに多くの人の命を救ってくださった事には本当に感謝しています。時期が時期ですので公表できませんが……」
こいつ、ちゃんとまじめモードもあるんじゃないか。
「そっちの件も納得したよ。筋は通ってるし、人の平穏を護りたかったって言い分も間違いじゃない。俺の能力を信頼しての事だろうからな」
「そういって頂けると助かりますぅ。あ、ルッツァさん達にはひと月ほど毎週土曜日にポークシチューをご馳走しますよぅ。冒険者ギルドの食堂で召し上がってください」
「おおおっ、そいつは大盤振る舞いだぜ。あれは食いてえが、隣の食堂に朝早くから並びたくはなかったんだよな」
「苦労した甲斐はあったな」
本当に飴と鞭の使い分けが上手い奴だ。
「それじゃあな。俺はヴィルナが待ってるから家に戻るよ」
「おう、今日は助かった。俺たちはいつも通り食堂で酒盛りだ」
「まったね~♪」
食堂に戻ったルッツァ達はいつも通りここで飲み始めたけど……。ルッツァは家で食わないのか?
あまり他人の詮索はしないでおこう、さて、俺は急いで帰ってヴィルナと晩飯だな。
◇◇◇
「おかえりなのじゃっ!!」
「にゃぁぁぁっ!!」
「ただいまヴィルナ。シャルもそこまで怒らない……って、足をよじ登ってこない」
今日は玄関を開けたら真っ先にヴィルナが抱き着いていた。
シャルはお帰りのあいさつを先に取られたのが不満だったのか、シャルは俺の足をよじ登って肩で鳴きながら抗議している。ついでに頬を舐めてくるし……。
「心配はしておったが、必ず帰ってくるとは思っておった。ソウマは強いのじゃから」
「色々あったけどそこまで大ごとじゃなかったさ。晩御飯でも食べながら話すよ」
「そうじゃな。今日の晩御飯はわらわが作ったのじゃ」
「それは楽しみだな」
討伐依頼を終わらせて冒険から帰って、こうして待ってくれてる誰かがいる。
元の世界だと、とっくに無くしてた事なんだよな……。
家に帰るとヴィルナがいて、シャルがいて、そのうち俺たちの子も迎えてくれるだろう。
最初はこんな世界に飛ばされてきた事が不幸だと思ってたけど、こうしてみると幸せだったんだな……。
【幸運ですよ、私のサポートもありますしね】
そこでお前が出てくるのかよ!!
綺麗に〆させろって!!
……これからもこんな感じなんだろうな。
読んでいただきましてありがとうございます。
あまり印象に残る出会いは少なかったかもしれませんが、色々知り合いが増えたりしました。
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