第百二十九話 元が熊だから流石に速いな。あの二匹の体格に差があるのはなんでだ?
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楽しんでいただければ幸いです。
黒色鮮血熊に気付かれないように茂みへ息を殺して慎重に進み、武器も車の中で一旦収納して茂みの中でアイテムボックスから取り出した。とはいえ、取り出した時の音を不審に思ったのか黒色鮮血熊の挙動は怪しい。
「気付かれてるな……。あの距離だと数十秒でここまでくるぞ」
「元が熊だから流石に速いな。あの二匹の体格に差があるのはなんでだ?」
「元の熊の違いかな。この辺りには三種類くらい熊がいるんだけど、どの熊が身体に魔素を貯めこんでも最終的に黒色鮮血熊になるっぽいんだ~」
流石ダリア詳しいな。
元の世界でいう所のツキノワグマやグリズリーなど、どれが魔素を貯めこんでも黒色鮮血熊になるという感じらしい。
種族特性というか、なんとなくそんな法則があるっぽい。流石にパンダとか白熊は黒色鮮血熊にはならないだろうけど。あとアライグマやレッサーパンダも。
「こっちの準備はできた。クライドの方もできたようだな」
「何かあった時用に予備も用意してる。装填できる弾数は少ないけど、威力は折り紙付きだ」
カタログスペックだけど、試射した時の威力はヤバかった。
というか変身しないであの威力の出る武器があるのが怖い。そもそもこれが必要なヴァンデルング・トーア・ファイントってなんだよ、どんな化け物なんだ?
「お前の事だからそれもとんでも武器なんだろう。しっ!! 完全に気が付いた、こっちに突進してくるぞ」
「大丈夫、スコープのど真ん中に捉えてる。有効射程距離に入ったら終わりだ」
「こっちも同じだが……」
流石にボウガンよりも俺の銃の方が射程が長い。先に有効射程距離に入りそうだな。
「そこっ!!」
「何だ? あの威力!!」
「うわっ……、黒色鮮血熊の上半身が消滅したよ」
体長五メートル程の黒色鮮血熊と、六メートル程の黒色鮮血熊がいたのだが、俺が倒したのは六メートルの方だ。
着弾と同時に光球が発生し、綺麗に上半身を消滅させた。……これ、今までのトイガンと違って魔物相手でもほぼ威力落ちないんだけど……。
「相変わらず何を持ちだすかわからん奴だ!! ……こっちも一体仕留めた。他の三体は?」
【接近する同レベルの個体三。その後方一キロほどの距離に更に四】
追加で七体!!
「すぐに三体来るぞ!! その後にまだ四体来そうだ」
「ダリア、とりあえず魔法は中止。魔力は温存しろ。長期戦になるぞ!! クライドもそれでいいか?」
「いい判断だ。装弾完了。これで三体までは一気に処理可能だ」
「すまねえ。俺も矢で援護したいんだが、リーダーのボウガンほど威力がねえ」
「問題ない。俺やルッツァが装弾中に援護を頼む。ダリアもその時まで我慢してくれ」
以前、黒色鮮血熊が一体出ただけで大騒ぎって話だったよな?
これだけいるって事は、近くにある町とか村がヤバいんじゃないか?
「クライドがいてくれて助かったけど……。この状況ってヤバくない?」
「ヤバすぎなのは間違いない。次の三体を討伐したら規定数は達成するんだが、依頼達成とはいいがたいだろうな」
「追加の七体で終わってくれりゃいいんだが」
いやな予感がする。
とてつもなく嫌な予感だ。
滅多に群れない黒色鮮血熊の性質はおそらくいろんな種類の熊が変異するからだろうし、餌を独占する性質とかもあるんだろう。
そいつらがここまで群れてる理由は何だ? 基本的にこの辺りの街道は人や馬車の通りも少ない。その為に街道やこの場所に大量の食料がある訳でもなく、森の中より快適な住処になる可能性も無い。にもかかわらずの状況だからな。
「追加が来たぞ。あそこだ!!」
「数が合わない。二体ほどどこかに行ってるぞ」
【二体は数キロほど遠ざかりました】
「二体は後方に逃げたっぽいけど、逃げる様な魔物なのか?」
「ありえねえな。その名の通り血の気の多い魔物だ、仲間の血の臭いを嗅げば逃げずに更に興奮して襲ってくるはずなんだが」
「とりあえず、この五体を倒したら撤退するか? いやな予感しかしない」
「黒色鮮血熊の死体の回収もしたいんだが……。倒した後でもう一度クライドに状況を聞こう」
「了解!! とりあえず右の三体は任してくれ。……すぐそばで仲間の個体が吹き飛んでるのに向かってくる度胸はすげえな」
いや、すっごい速さで走ってくるけど、隣にいた黒色鮮血熊は上半身吹っ飛んでるぞ。
こいつら恐怖心とかないのか?
「……いや、若干警戒してるな。だがあれだけ動きが遅ければ……」
「火炎弾!! 結構ダメージ与えてると思うけど、もう少し火力が必要かな? これ以上強い魔法だとクライドの熊みたいになっちゃうし」
「アレ位弱ってりゃ俺だって!! よし、リーダー、一体潰したぞ」
ダリアとラウロが協力して一匹倒した。もう一体はルッツァとミランダが狙ってるみたいだし。このまま終わりそうだな。
「はい、あなた。二発目の装填も終わりました」
「すまない。よし、こっちも二体処理したぞ!!」
「俺の方もこれで終わりだ……。状況確認!!」
【索敵エリアを最大加速時の範囲に拡大。三十キロほど離れた場所に先ほどの二体を確認。同じ場所にかなり巨大な生物反応】
ん? かなり巨大? どの位?
【十五メートルから二十メートルと予測】
「三十キロくらい向こうに移動したみたいだけど、そこになんだか十五メートル級の何かがいるっぽい。どうする?」
「十五メートル級の化け物だと!! あの死体位は回収できるか。いやあそこまで走って回収するのは危険か? 勿体ないが、今回は諦めて下がるしかない」
「待ってろ……」
オフロードバイクを取り出して、全力で死体の回収を終わらせて戻った。
こういう時にも便利だよな。
「さっすがクライド、ホント便利屋さんだよね」
「クライドのおかげで死体の回収は出来たし、一応討伐数は確保した。問題はその十五メートル級の魔物の正体なんだが」
「ここから確認して、撤退するか? これは双眼鏡、遠くがよく見えるけど、太陽だけは見るなよ」
ルッツァに取り出した双眼鏡を渡す。俺も覗いてみるがまだ見えない。
この世界だと眼がダメージ受けても傷薬とかの回復薬で治るけど、無駄遣いはしたくないからな。
「なるほどこれはいいな。取り巻きが黒色鮮血熊で十五メートル級の魔物とかいやな予感しかしないんだが」
「まさかね……。でも、可能性があるんだよ」
「ん? 何か心当たりがあるのか?」
「ああ。といってもそいつは大昔に一度姿を見せただけだし、その一度は五百年前だぞ」
五百年って……。
「そいつはなんていうんだ?」
「暴君鮮血熊。レミジオ子爵の北東に昔、カルタショフって国があったんだが、その国を滅ぼしたのが暴君鮮血熊って事らしい」
「別の国に滅ぼされただけって言われてたりするけど、同じ時期に暴君鮮血熊の存在は確認されてるって話なんだよね。あの国の住人の多くが黒色鮮血熊に食い殺されたって記録もあるし」
「何にしても十五メートル級だ。ここだったら数キロ先からでも確認できるだろ」
十五メートル……、大型の重機とか五階建てのマンション?
流石に森から出てきたら……、ん? 出てくるまでも無く分かりそうだな。あっちの森の木が薙ぎ倒されてるし。
「見えた!! あの姿。間違いなく暴君鮮血熊だ」
二十メートル近い巨体。鎧の様なごつい皮膚とそれを覆う鋼の様な体毛。掠った木を抉る体毛ってどうよ?
「どうする? 一旦退却するか?」
「取り巻きの黒色鮮血熊がいないんだけど……。あの爪、血で染まってないか?」
「逃げてきた手下も容赦なしか。あいつを放置してたらおそらく数日でこの辺りは壊滅だよな?」
「調べてみないと分からないが、おそらくこの辺りにある村や町は絶望的だろう」
だろうね。あいつを放置するとどれだけ被害が出るかわからない。
変身して倒すのが一番確実だけど、ライジングブレイクだったらこのままの姿でもいけるんじゃないか?
「無衝炎斬!!」
「なんだ? 剣なんて取り出してどうする気だ? まさかあいつと斬り合うんじゃないだろうな?」
「デカいからなのかは知らないけど、あれだけ動きが遅いんだったら一撃位お見舞いしておこうと思ってな。ルッツァ達は先に車に乗り込んでてくれ」
何かを察したルッツァ達はおとなしく車に乗り込んでくれた。自動運転モード起動、あのデカ物が百メートル以内に侵入したら一つ手前の駅舎まで移動しろ。
【自動運転モードを起動しました】
これで無衝炎斬に氣をチャージすれば……。
【使用者の魔力が規定値を超えました。氣のチャージは無用です。魔力モードで起動します。……現在、全リミットが解除されています、射程距離が十倍ほどに伸びました】
金色に光ってた宝石が虹色に輝き始めたんだけど……。
……これ、バックブラストに俺の身体が持つのか?
【衝撃用結界発生装置を作動しました】
防御は完璧って訳か。万が一の時には背中のユニットから再生の秘薬が自動注入されるし問題ない。
暴君鮮血熊との距離はまだ一キロくらいあるけど、十分に射程範囲だ。
「フルバ――――スト!! ひぃぃぃっさぁぁぁぁっ……」
うわ、剣に走る雷光も虹色だ。そして発動と同時に七色に輝く雷が虚空から放たれ、暴君鮮血熊の身体を地面に縛り付けた。塩食いの時より拘束効果もパワーアップしてないか?
暴君鮮血熊は巨躯にふさわしい暴れ方で拘束から逃れようとするけど、もう遅いんだよ!!
「ラァァァァイジィィィング、ブレイクッ!!」
七色に輝く何とも言い難い雷が三発暴君鮮血熊を貫き、その身体から七色の閃光を放ち始めた。これってよく見る爆発前のあれだな。
爆発!! というか、爆発と同時に魔導車が退避したんだけど……。当然俺の身体にも大量の砂埃が降り注ぎ、黒かった冒険者用衣装は茶色っぽく変色した。
「おい、衝撃用の結界とやらはどうした? コントのオチじゃないんだぞ? 砂だらけじゃねえか!!」
【衝撃は防ぎました。その砂ぼこりは巻き上がった砂などが上から降ってきた物です】
だから、それは防げないのか?
【実害はありません】
よし、このままの恰好で車に乗っちゃおっかな~。車に残った細かい砂って掃除しにくいんだよな。
【携帯型のクリーナーの使用をお勧めします。同乗者にも迷惑ですぜ旦那】
車のバイオコンピューターも繋いだままだったか。
あるけどさ、確かにルッツァ達に迷惑か……。飯も食わないといけないし。
【いい天気ですね。野外で食べるとさらにおいしさが増します】
野外でバーベキューする気だったから今日は車外で食うよ。
【流石オーナー。今、一つ前の駅舎で待機しております】
了解。死体の確認したらそっちに向かうよ。
砂埃が晴れて視界が回復したけど、一キロほど先にほぼ半壊した暴君鮮血熊の死体が残されていた。
あの威力のライジングブレイクで完全に破壊しきれないとかどんだけだよ。
「死体の回収も完了。これで討伐任務も完了かな?」
さて、ルッツァ達の待つ駅舎に向かうか。
変身せずに何とかなったけど、もしかして俺自身も少しは強くなってる?
そんな実感は本当に無いんだけどな。
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