第百二十七話 ただいまシャル。本当に毎回家に帰るとこうして出迎えてくれるよな。ヴィルナもただいま
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楽しんでいただければ幸いです。
商人ギルドのミケルとパルミラにも招待状を渡したし、全ての招待状を配り終えた俺を優しく迎えてくれたのはやっぱりシャルだった。
「ただいまシャル。本当に毎回家に帰るとこうして出迎えてくれるよな。ヴィルナもただいま」
「おかえりなのじゃ。シャルはさっきまで居間でくつろいでおったはずなんじゃが、玄関に向かったのでトイレか何かと思えば……」
「シャル、トイレは大丈夫か?」
「にゃぁぁん♪」
どうやら大丈夫っぽい。これでトイレに行きたいときは何となく鳴き方が違うし、抱きかかえてても下に降りようとするしな。
「ソウマを迎えに行っただけじゃったとは思わなんだわ。招待状は全部手渡せたのか? 商人ギルドのパルミラはともかく、ミケルなどは多忙じゃろう」
「ああ、一番問題なかったくらいだ。で、話があるんだけど」
「……何やら嫌な予感がするが、居間で聞くとするのじゃ」
シャルをどうするかって問題もあるんだよな。さっき庭に結界システムとかをセットしたし、これで最悪でも庭から出る事は無いだろうけど……。
◇◇◇
とりあえずテーブルに座って話し合いをすることにした。シャルは俺の膝の上で暢気に寝ている。
あ~和むな。膝で寝てる猫の温かさってちょっといいよね。あまり長時間寝てられると足がしびれる重さになってるんだけど……。
さてと、本題っと……。
「明日、ルッツァ達と黒色鮮血熊討伐に行くことになった」
「それは仕方ないの。ではわらわはここでシャルと留守をしておるのじゃ」
「移動には例の魔導車を使うし、ヴィルナにも来て欲しいんだけど」
いや、ヴィルナさん。そんなにあからさまに嫌そうな顔をされると凹むんだけど。
「まだ三月じゃぞ?」
「そうだね。かなり暖かくなってきたけど」
「で、向かう方向はどっちじゃ? マッアサイア方面であれば、まだ暖かいからマシなんじゃが」
「北です……」
「北はまだ寒いじゃろうな……。というか場所次第ではまだ相当寒いのじゃが」
出現範囲が広範囲だし、ヴィルナに黒色鮮血熊の探索をお願いしたかったんだけど……。
【魔物の探索でしたら、魔導車の人工知能で可能です。衝突予測もその一環ですので】
問題解決。でも、本当は俺がヴィルナと一緒に討伐に行きたいだけなんだよね。
例の魔物クラスでなければヴィルナの力は十分役に立つし、敵の数が多い時は本当に頼りになるんだよな。
「ヴィルナの力が必要なんだけど、やっぱりだめかな?」
「寒いとわらわの力が発揮しにくいのじゃ。動きも遅くなるので足手纏いなだけじゃろう」
「ああ、寒さに弱いってのはそっちの意味もあったのか。そうだな、車の中で待っててもらうだけだと、流石にルッツァ達に悪いか」
「そうじゃな。あ奴らはそこまで気にせぬじゃろうが、働きもせんのに同行されては迷惑じゃろう。報酬の件もあるしの」
たしかに、人数割りすると問題だしな……。ルッツァ達の手前流石に報酬を渡す訳にはいかないだろう。
かといって何も無しをよしとする奴らじゃない。多少少なくなってもヴィルナに報酬を渡そうとしてくるのは目に見える。
「仕方ないか、今回は留守番を頼む。シャルを任せたぞ」
「おそらく……、結婚して子を授かればこういったケースも増えるじゃろう。聖魔族と人の間で子は出来にくいと聞いておるが、いつかはわらわもソウマの子を……」
「そうだね。それじゃあ、今回はその時の予行練習だ。シャルも俺たちの娘みたいなものだけど」
「んなぁ~♪」
確かに、ヴィルナが俺の子を身籠れば冒険になんて連れていけない。
その時は俺も冒険者家業は控えるだろうけど、子供が大きくなるまで冒険者の仕事をしないってのもあり得ない話だしな。
「暖かくなって身体が思い通りに動くようになればソウマと一緒に戦うのじゃ。今はその時まで待って欲しいのじゃが」
「分かってるって。ヴィルナはこういう事で嘘はつかないし、俺がヴィルナが傷つく姿も見たくはないからね」
「ソウマが無理強いをせぬのは分かっておるし、ソウマに必要とされるのは正直嬉しいのじゃ。じゃが、それ以上に命懸けの戦いでソウマの足手纏いになるわらわが許せぬのじゃ。わらわが原因でソウマに万が一のことがあれば、わらわは間違いなく生涯悔い続けるじゃろう」
それは十分に分かってる。
俺だってヴィルナを傷つけたくないから変身しないといけないような相手の時には同行させなかったんだしさ。
というか、ちゃんとそのあたりを考えて万全でないから家で待ってるって決断ができるってのも地味に凄いんだよね。無理して同行して足を引っ張る危険性を考えてる訳だし。
「いざという時にはこれもあるしさ、変身しないでも今の装備は十分に強いぞ。この状態で万が一って場合は何が相手だろう?」
「例の魔物……、勝てぬといっておった存在がおるじゃろう」
「ああ。あいつか。流石に今の状態だと勝てないね。この世界のあいつがどの位強いのかは知らないけど、ベーシス状態で勝てるんだったら苦労はしない」
少なくともパワーアップしてないベーシス状態で勝てる存在じゃないだろう。
アルティメットブレイブはベーシスでもかなり強い。だけど、最終強化状態であるアルティメットフォームに比べたら話にならないレベルだ。
せめて二段階目の強化フォームであるスラッシュフォームになれれば、いろいろ安心なんだけどね。
「この時期とはいえ、黒色鮮血熊が森から出てくる事態は異常じゃ。十分に気を付けて欲しいのじゃ」
「そこは冒険者ギルドのロザリンドやルッツァ達もおかしいと思ってるだろう。裏で糸を引いてる奴がだれなのかは知らないけど、今回も発覚が遅れれば相応の犠牲者が出てただろうしな」
ロザリンドが情報を収集してたんだろうけど、ほんとにそういう面でも優秀なのかもしれない。
どんな情報網を構築してるのかは興味があるし。
「ナイトメアゴートの一件も、思い返せばおかしい事だらけなのじゃ。奴らは魔物じゃぞ、ナイトメアゴートが塩を欲した時にまず犠牲になるのは針山羊の筈なのじゃ。奴らとて血液に塩分くらい含んでおるからの」
「そういえばそうだな……。針山羊の方もナイトメアゴートに付き従うのはリスクしかない筈。食われる危険が常に存在する訳だしな」
「それにじゃが、幾ら壊滅したと言え岩塩が一粒も残っておらぬとは思えぬのじゃ。針山羊には塩を嗅ぎつける能力があるのじゃが、まだ発掘されておらぬ岩塩を掘り返して喰らう事もできた筈なのじゃ」
岩塩を採掘して商売するには割りが合わなくても、ただ岩塩が欲しいだけだったらまだあるかもしれないって話か。
「前回の騒動で被害を受けたのは一部の貴族領。王都へ繋がる街道も壊滅してる訳で、砂糖や塩の供給が滞る事で利益を得る誰か?」
「砂糖はともかく、塩は生きていくのに欠かせぬ物じゃ。王都方面の岩塩採掘にも問題があるとか言われておったじゃろ?」
「確かにそんな話もあったな」
一番利益を得てそうなのはスティーブンなんだけど、あいつの場合その後の再建で相当苦労してるし何よりあの雷牙勇慈と仲がいいって感じだったしそれはないだろう。
雷牙勇慈はなんというか、風来坊でフラフラしてる割りに悪は許さないって感じの漢だから、スティーブンが何か悪事を画策してた場合真っ先に叩き潰しに来るだろうからな。グレーな商売はともかく、真っ黒なゾーンに手を出したらあの人は絶対に許してくれない。
そうなると知り合いだとか友達だとかが関係ない奴だ。拳で改心させる危険人物に早変わり。
しかし、こうなってくると本当に誰が黒幕なのか想像もつかない。どこかにいい情報源があればいいんだけど……。
「今後もこのような騒ぎが起こる可能性はあるのじゃ。その根源を叩かぬ限りこの辺りに平穏は訪れぬかもしれぬ」
「そうだな……。例の竜の件もあるし、この町の南方面がどうなってるのかも調べたいところだけどな」
「南方は広大な森とそこを抜けた平原にいくつかの町があるという話じゃが……。おそらく壊滅しておるじゃろう」
「この町に初めて来た時も、俺たちがあっち方面から姿を現したから驚いてたもんな」
つまり、この町に南側には村すら存在しないって認識なんだろう。
例の竜に食われたのか、それとも別の存在に滅ぼされたのかは知らないが、そのうちどうなってるのかを調べる必要はある気がする。
「とりあえず明日は俺達で黒色鮮血熊の討伐に向かってみる。この町が本当に手薄になるから気を付けて欲しいんだけど」
「元々ルッツァ達以外の冒険者など当てにはならぬ。装備が多少良くなっても性格まではどうにもなるまい」
「ある程度信用出来る奴も何人かいるけどな。大多数は自分の利益しか考えてないのは確かだ」
「身一つに剣を抱いて生きていくのじゃ。その位でなければ生き残れぬのは分かるが、それでも最低限守らねばならぬ理はあるはずじゃ。森桃の傍に陣取って他者を追い払ったりする外道もおったしの」
そいつらは全員例の魔物の腹の中に行ったけどな。
あいつらの犠牲が無ければもっと多くの犠牲が出てた可能性もある訳で、人生の最後にほんの少しだけ誰かの役に立てたんだと思うぞ。それまでの行いが酷過ぎだが。
「正体不明の魔物に食われるとは思わなかっただろうな。多少攻撃した程度でどうこうなる奴じゃなかったけど」
「ソウマ以外の者が出会っておれば、皆食い殺されておるじゃろ」
「最低でももう一人は何とか出来る人がいるけどね。たぶん今の俺より強いよ」
「にわかには信じられぬのじゃが」
ライジングブレイブのどのバージョンまでパワーアップしてるかだよな。
流石にその情報までは入ってないから分からないし。
「もし同じレベルの魔物がこの町を襲って、勝てないと分かった時はこの家に避難してくれ。いくつか手を打ってるからしばらくはもつ」
「流石ソウマといいたいところなんじゃが、いつの間にそんな仕掛けをしておったのじゃ?」
「少し前だよ。シャル対策をした時についでにね」
物理攻撃だったら相当なレベルでもなんとかなる結界発生装置をついでに庭に埋め込んでみた。
留守を任せる警備ロボもパワーアップさせてあるから、何かあっても安心だろう。
「家の中に侵入された場合はわらわも全力で戦えるのじゃ」
「出来るだけその事態は避けて欲しいかな。結界に攻撃された時点で俺に連絡が入るし、その時は全速力でここに戻るから」
「分かったのじゃ。ソウマが戻るまで守りに徹するのじゃ」
「そうしてもらえると助かる。あの結界を破壊できるとは思えないけど」
結界というかバリアだしな。しかも巨大ロボットとかそっち方面対策の。
【一定以上のダメージを受けると消滅しますが、そのダメージに達する前にこの町は壊滅していると予想されます。魔石動力の超優秀なバリア発生装置ですので】
そうだろうね。
オ・マ・エ・が、勝手に製造してた装置だしな。常識は? 常識の範囲内でどこをどうやったら家が巨大ロボットに襲撃されるんだ?
【そんな事は日常茶飯事です。攻撃用の自立型兵器も格納しますか?】
日常茶飯事って、そんな世界もあるのか……。
悩むな……。あの留守任せてる警備ロボも今は相当強いよね?
【あれ一体でこの町程度でしたら壊滅させられます】
どんな武装してんだよ!!
家が壊れるレベルだろ?
【ナノマシン拡散型無人修繕システムですぐに元通りです】
そこでその機能を搭載してくるか……。
まあいいや。留守の間ヴィルナの身の安全は最優先で。シャルもだけど。
【了解しました】
人工知能とかが警備ロボとかとリンクしてるらしいんだよな。
今回はヴィルナの身の安全が優先だから頼もしいけど。
「では、明日はひとりじゃし、そろそろソウマを独占するかの」
「ヴィルナ……、シャルを床に下して……。ちょっ!! まだはやっ……」
強引に寝室に連れていかれたけど、とりあえず明日討伐に行く分の体力は残せた。
傷薬は割と無くなったけどな。
読んでいただきましてありがとうございます。
誤字報告ありがとうございます。助かっています。




