第百二十話 今日のメニューは焼き魚、湯豆腐、茶碗蒸し、牛肉のしぐれ煮とポテトコロッケ、それに漬物か。流石ヴィルナ
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楽しんでいただければ幸いです。
昼飯。今日の昼飯はヴィルナが全部作ったんだけどいつもより気合が入ってるというか、スティーブンが食べる事を想定していろいろ仕込んでくれていた。
「今日のメニューは焼き魚、湯豆腐、茶碗蒸し、牛肉のしぐれ煮とポテトコロッケ、それに漬物か。流石ヴィルナ」
俺の狙いどころをよく理解してくれてる。白飯は茶碗に入ってるし、箸もそれぞれ用意してある。
ソースが必要な料理と、醤油が必要な料理を両方用意してくれてるし、湯豆腐があるのもありがたい。
「変わったメニューが多いな。これは和食とか言う奴か?」
「雷牙勇慈に聞いたのか? ここまで色々揃ってる事は無いだろうけどほぼ和食だな」
「今日は頑張ったのじゃ。と、いいたいところじゃが牛肉のしぐれ煮とポテトコロッケはソウマ作なのじゃ」
「この辺りは作り置きしてるおかずだな。ヴィルナにも渡してあるからあれを使ったんだね。牛肉のしぐれ煮は保存も効くからいろいろおすすめなんだ。これなら保存食にもいいだろ?」
「これか……、甘辛いというかこれけっこう砂糖使ってるよな? 砂糖でここまで甘くしたこんな高い料理なんて……、なるほど、米飴か」
正解。ホントは砂糖メインで米飴はあまり入れないんだけど、この牛肉のしぐれ煮には米飴しか使っていない。欠点としては冷めるとちょっと堅くなるんだよな……。
「米飴の使い方のひとつだな。甘み以外でもう一つの問題は味付けに使ってる醤油だ。で、大豆を育てて醤油を作るのはいいんだけど、塩を買って作ると原価が高くなるだろ? だからマッアサイアの塩田でできた塩で作って貰えないかと思ってね」
「なるほど。最安値でこの醤油とやらを作りたいって訳か。この焼いた魚を食べるのにも、醤油があった方がうまいしな」
「色々使い勝手がいいんだよ。例の牛丼を作るのにも醤油がいるし」
「アレか……。リリの奴もレシピを再現しようとして、アレが足りないこれが足りないと悩んでたぞ」
「こっちだと冒険者ギルドに肉醤があるから再現可能なんだろうけど、今度は割と必要な砂糖が問題だな。米飴で代用してもいいけど思った味になるかどうかはやってみないと分からない」
こうしてみるとやっぱり砂糖が高いってのも問題なんだよな。さっさと砂糖の値段を落とさないといけないんだけど、これを実行すると確実に多大な影響が出る。
砂糖を輸入している関係から砂糖の輸出をしている国との関係が悪化する可能性も高い。交易で交渉が拗れると武力行使に出る商船も珍しくないんだよな。この世界には大砲が無いけど、魔法か何かで攻撃してくる可能性もあるし。
それに砂糖を仕入れて売ってる業者……、スティーブンはいいとしてグレートアーク商会から砂糖を仕入れて売ってる業者が特に問題だ。
……他の国との関係の悪化が問題なければ、スティーブンに砂糖の生産までやらせればいいのか?
「砂糖も何とかしたそうな顔だが、しばらくおとなしくしてろよ。これ以上面倒ごとを増やすな」
「輸入した時点で砂糖って高いのか?」
「ああ。現地だと安いそうなんだが、マッアサイアで売られる頃には割と高くなってるぞ」
「輸送費がかかるだろうしな……。わかった、色々準備は進めるけど話を持って行くのは少し後にする」
「そうしてくれ。……この湯豆腐ってのは旨いな。このポン酢ってのもいい」
小型の魔導コンロに載せられた小さめの鍋に切った豆腐だけが入ったシンプルな物だ。しかし豆腐はファクトリーサービス製の最高級豆腐、昆布も寿買で買った最高級品だ。なんと割と小さな切れ端で一枚数万円もする。
ポン酢しょうゆもファクトリーサービスで作らせているが、柑橘類の酸味と旨味のバランスが本当にちょうどいい。
「そのポン酢は大豆で作る醤油と柑橘類のしぼり汁だ。あっさりしてるから焼き魚に使ってもいいぞ」
「おおっ、確かにこれで食べるとあっさりしていいな。魚の焼き加減もいい……。ヴィルナも料理が出来たのか?」
「少し前から練習しておるのじゃ。ソウマにはかなわぬが、人に出せる程度には作れるようじゃな」
「出せる程度どころか、これだけ作れればどこの貴族でも料理長に欲しがるぞ? この茶碗蒸しって料理もすげえな」
「今までは洋食とかがメインだったから、新鮮でいいだろ? その茶碗蒸しもここまでうまく作るのは難しいんだ」
スが入ってない茶碗蒸し。あの日……、俺が一人で東の森に行った日に一日中練習してたらしい。
もちろんあの日だけじゃなくて今まで何度も練習してたみたいだけど、蒸し料理も相当なレベルで作れるようになってたのは本当に驚いた。
「この料理ひとつで、相当な技量がいるってのは理解できる。この和食ってのもいいが、このレベルで作るには相当時間がかかるだろうぜ」
「分かって貰えると嬉しいね。俺もヴィルナの料理の腕は相当なレベルだと思うんだ。コロッケは俺が作ったものだけどあまり新鮮味はないだろ?」
「これが冒険者ギルドで作ったっていうコロッケか。肉をミンチって状態にする機械まで提供したらしいが」
「あれがあれば肉の端切れも無駄なく使えるからな。その辺りの肉はまかないで使ってたのかもしれないけど、無駄が出ないってのはいいだろ? それにミンチで作る料理は多い」
うまくいけばソーセージ系も作って貰えるかなと期待してるけど、肝心の腸でいいサイズの物が無い。
流石に剣猪だと小腸を使っても太すぎだ。
「なるほど、このコロッケに入ってる肉がミンチって訳だ。それにウスターソースを使うと旨さが増すな」
「こうやって白飯を食うにはこの位味付けが濃い方がいいんだけどな。多分この辺りの人だとここまで濃くしたらきついだろ?」
「そうでもないぞ。元々香辛料で割と辛目の味付けにはしていたんだ。最初は戸惑うかもしれないが、すぐに慣れると思うぞ」
正体不明の香辛料が割と出回ってたから、香辛料系の辛さは割と大丈夫っぽいんだよな。
といってもメチャメチャ辛い唐辛子とかはダメだろう。
【プラント産の超辛い唐辛子が……】
却下!! あれは食い物ではない。兵器だ。食べたら平気じゃないけど。
【ダジャレが寒い時には唐辛子の効いたスープがいいですよ】
それ、辛くて喋れなくなるだけだろ!!
唐辛子か……、そういえばこの世界では見かけないな。あれもあると色々便利なんだが。
「辛いのが大丈夫って事だと、こうしてみるとやっぱり問題は甘みか。砂糖はウスターソースの材料には必要ないけど、果物が何か必要だ」
「そうは言うが、森の恵み以外だと果物の苗木も数を用意するのはひと仕事だぞ。北の荒れ地を整備して幾つか畑と果樹園を作る。農業経験者に管理は任せるが」
「難しいのは分かってるって。とりあえずそのあたりは任せるよ」
果物か……。リンゴ系かな? 品種改良が進んでない果物だと、どれもあまり甘みはなさそうなんだよな。森桃でもあのレベルだし。
スイカとかメロンはこの辺りでも育つと思うんだよな。ただ、あんな甘みの強い果物をいきなりこの辺りで栽培し始めると、色々影響が大きいだろうしな……。
「その顔はまだ腹にいくつか腹案がある顔だな。やりたい事は多いんだろうが、今はおとなしくしておけ」
「分かってるって。これ以上無茶は言い出さないさ。ただ一つだけ今後起こるだろう問題をあげていいか?」
「なんだ? これ以上問題なんてあるのか?」
「俺もお前もどっちかといえば仕事で忙しい人間だしやる事も多い。息抜きといえば酒を飲む程度だろ?」
「流石にリリがいなくても花町に行きゃしねえし、レートの低い賭場もガキの遊び場みたいなもんだしな。確かに息抜きといや色々計画を整理しながら酒を飲んだりするくらいだ」
そうなんだよな。俺には寿買アーカイブって反則技があるけど、この辺りって本当に娯楽施設が無いんだ。
「上の方の人間はそれでもいいだろうけど、町の人間には娯楽が必要だと思わないか?」
「娯楽か……。確かに若いうちから休みの日に寝てるか酒って人生はつまらんな。お前の場合料理を作ったりいろいろあるんだろうが」
「あれは娯楽といいがたいぞ。楽しくないのかときかれると微妙だけど、少なくとも遊びじゃない」
ある程度金のある人間とか余裕のある人間は別に何でも娯楽にするから問題ないんだけど、家族で何かするとか日常のひとコマに存在する娯楽が欲しいんだよな。
「お前の言いたい事は理解した。働かせて余裕ができた人間の暇つぶしだろ?」
「身も蓋もない言い方だが、その通りではある。美味しい物を食べるのもストレス解消になるし、温かくなった懐で買い物をするのもいいだろう。だけど娯楽が花街と賭場だけじゃさみしいだろ?」
「今からこの町は発展する。その過程で娯楽が必要って話か……。そこは盲点だったな」
「長い休みとある程度の蓄えがあればマッアサイア辺りに旅行ってのもいいし、どこかの温泉あたりに行くのもいい。そんな規模じゃなくて日々の暇つぶしというか、ちょっとした休暇の過ごし方みたいな遊びさ」
この歳になってこの世界に来たから子供が何して遊んでるのとか、他の奴らが何して暇つぶしてるのかなんてわからないんだよな。
ルッツァ達は貴族だの王族だのだし、間違いなく世間一般とはずれてる。スティーブンもおそらくこの辺りの知識には乏しいはずだ。
「細かい事に気が付く奴だ……。確かにそれは必要かもしれん。今すぐでなくていいから、何か簡単な遊びや娯楽を考えてくれ」
「出来るだけ安上がりで、遊べるものがいいだろ? それと遊びや娯楽の種類は多い方がいい。人それぞれだからな」
「時間は春先までかけていい。働いてる奴らに時間的な余裕が出てくるのは下手すりゃ夏過ぎだろう」
「いろいろやる事が山積みだからな。新しい町壁の建設も大変そうだし」
「他の町から石材をはじめとする建築資材の売り込みが凄いぞ。各商会も自分の持てるルートを総浚いしていろいろ仕入れてるしな」
「今は町中に美味しい物を食べさせる店が増えれば何とかなるだろう。その先の対策も考えておくよ」
特需はしばらく続くだろうし、仕事があるうちはいろいろ充実してるだろう。
それでも定期的な休養は必要だし、ガス抜というかストレスを発散する何かが必要だけどね。
当面は美味しい物でも食べて、息抜きしてもらうしかないんだけど。
読んでいただきましてありがとうございます。




