第百十八話 ソードボア製フォン・ド・ブフモドキの作り方に関しては、少し客足が落ちた時に説明したいともいます
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楽しんでいただければ幸いです。
昨日話を通しておいたので、今日の夕方に食事回も兼ねて剣猪製フォン・ド・ブフモドキの作り方と、そこからポークシチューを仕上げるまでのやり方の説明をすることにした。
実際に始めると二日後まで帰れなくなるので、今日はおおまかな材料の説明と持ってきた資料の説明だけに留める。流石にしばらく自分でフォン・ド・ヴォーを作るのはいいです。
それはそれとして、今日は剣猪製フォン・ド・ブフモドキ以外の追加メニューの試作もする予定なので、昼過ぎからこの戦場さながらな厨房の一角を、数人のギルド職員と共に占拠していたりする。
今度増築された食堂の厨房係として雇われた若いキアーラとやっぱりここの料理長というか古株職員のジェシカの二人だ。
「ソードボア製フォン・ド・ブフモドキの作り方に関しては、少し客足が落ちた時に説明したいと思います」
「昼を二時間以上過ぎてもこれだからね……。あえて客が押し寄せる昼飯時を避けて時間をずらしてくる客も割と多くて……」
「流石にあと一時間ほどで一旦落ち着きますけどね。せっかく来ていただいたのに私たちだけってすみません」
「ここが忙しいのは分かってるし、今から作る試食メニューは割といろんな応用が利くメニューです」
あと、追加で仕入れがほとんど発生しないのが大きい。
ひとつだけ俺が提供しないといけない機械があるんだけど、今後の投資だと思って寄付する事にしている。
「タマネギと剣猪の肉、後は小麦粉とか卵ですね……、串カツに近い感じですか? ジャガイモがあるから違うのかな?」
「このタマネギをこんな感じに切って、カツの間に挟んで揚げるのもいいですけどね。今回は別メニューです」
タマネギといっても、元の世界のタマネギとは若干違う。この世界のタマネギは品種改良していない問題なのかもしれないが、大きさがかなり小さい。直径が五センチ程度の物で、小ぶりな卵程度の大きさしかない。
ただこっちのタマネギはかなり日持ちがするそうで、篭などに入れておけば三ヶ月くらは余裕で持つ。その代わり、土に埋めて条件が揃えばすぐ芽を出すらしいので、保管する際に水気厳禁なんだそうだ。
「これが今回の肝といいますか、あると色々便利なミンサー、挽肉製造機です」
「変わった機械だけど、これをどうするんだい?」
「色々料理を作ると端切れ肉といいますか切り落としが結構な量出ますよね? その肉をこのトレイみたいな場所に置いて、こうしてのハンドルを回すと……」
「変わった形の肉が出てきましたね。ぽろぽろというか……」
「これがミンチ肉です。これを使えばいろんなメニューが作れますけど、今日はこっちのじゃがいもを使ったポテトコロッケです。あ、これを使う際はここに指を入れたりするのは厳禁です。巻き込まれて怪我をしますよ」
ミンサーがあればミンチが作れるから、そのうちハンバーグとかミンチを使う料理がいくらでも制作可能だ。
指の巻き込みとか注意する点は後で何度も説明するとして、とりあえずポテトコロッケの試作だな……。
「と、後は揚げるだけですが、一度に大量に揚げるとまずいのは他の揚げ物と同じです」
「油の温度が下がるんだよね。ひと口カツ用にいつも魔導コンロを二つ占領されてるからね」
「人気メニューですから仕方がないです。今はいいですけど、夏場はかなり地獄だと思いますよ」
「厨房の仕事は大体熱さとの戦いですよね。暑いの場合もありますけど」
夏場の揚げ物なんて、ほんとに汗まみれになるからな……。
家で作る場合はいいけど、厨房の中は本気で地獄だ。
「これで完成。本当はこれにかけるソースがあるといいんですけど、肉醤よりは塩と香辛料で中に入れるひき肉とかに味を付けた方がいいかもしれません」
「おいしいっ!! ジャガイモの新しい食べ方だ!!」
「フライドポテトもいいけど、こっちはこれだけで満足できる力があるね」
ウスターソースがあればコロッケパンもできるし、そのまま食べるよりはもう少しガツンと来る旨さがあるんだけどね。
このままでも十分いけるけど。
さて問題の剣猪製フォン・ド・ブフモドキの作り方の説明と、俺が用意した剣猪製フォン・ド・ブフモドキを使ったポークシチューの製作だ。
◇◇◇
「という訳で、これでポークシチューの完成です。あの時間から作り始めてこの時間までかかる手間の必要な料理ですね。基本となる剣猪製フォン・ド・ブフの材料自体はそんなに珍しくありません。剣猪の大腿骨とはじめとしたこの部分の骨とスジ肉。あとこの辺りの野菜と香辛料です」
タマネギと人参とセロリは比較的近い野菜が見つかった。鑑定機能をフル活用して市場を歩いただけだったけどどれも安くて助かった。問題はトマトなんだよな……。
今の季節にトマトが手に入る事なんてない。そうおもってあきらめてたら、瓶詰のトマトが見つかったんだよな。といってもトマトによく似た野菜でトマトそのものじゃないんだけどね。
「よくこんな料理を作ろうと思ったもんだね。必要になる剣猪製フォン・ド・ブフの話を聞いたら目を回しそうになっちまったよ。それに材料に必要なその瓶詰は少し高いね。普段使わないからそう感じるのかもしれないけど」
「これひと瓶で寸胴一個分作れますし、出来る量から考えたらそこまで値段は上がらないと思いますよ。問題は作るのにかかる時間の方ですし、その時間をかけるだけの価値はあると思いますが」
「そうですね……。流石に丸二日は厳しいです。といいますか、本当にこの方法で丸二日も付きっきりで鍋をみてたんですか?」
「俺の場合はアイテムボックスがあるからいったん中断ができます。アイテムボックス持ちがいない場合は、根気との勝負ですね……」
剣猪製フォン・ド・ブフモドキは、制作にかかる時間こそが最大の難関なんだよな。
下拵えから入れれば本気で丸二日。その間は仕込みに使ってる魔導コンロがひとつ犠牲になる。あれだけ客が入ってたら他のメニューを売った方がいいだろうし悩むところだ。
「この前頂いたビーフシチューと比べてどのくらい違うんですか?」
「ああ、アレと比べると流石に若干落ちますね。後で色々食べて貰うつもりなんですけど……。何故か冒険者ギルドの他の職員も残ってられるような気が」
「味見役といいますか……。先日のビーフシチューで完全にクライドさんの料理に魅了されたといいますか……」
「けっこうな量があるからいいですけど、先日のあれを食べているんでしたらその差が分かると思いますよ」
逆に言えば気にならない程度であれば、十分に代用として役に立つという物だ。
「あれだけ時間がかかると毎日提供するのは難しいですね」
「そこだね。でも、あの剣猪製フォン・ド・ブフは冷蔵庫に入れてたら一週間はもつ。だから一日限定十人前のみ販売って感じで売るといいよ。ビーフシチューの仕込みも無駄にならないし」
「それはいいアイデアだね。手間を考えると値段も相当高額になりそうだし、一日十人前くらいが丁度いいだろうさ」
予約制にしてもいいし、先着順にしてもいい。
おそらく一杯辺りの単価は手間から考えて百シェルを割る事は無いだろう。一杯最低一万円。金持ちというか、相当気合を入れた時用のメニューだ。
「基本的にこのメニューは貴族とかお金を持ってる人間をターゲットにした料理です。メニューに追加する前に事前告知して、反応を確かめてから出すのもいいかもしれません」
「一度でも食べた事のある人間だったら、懐に余裕のある時に食べたいって思うかもしれないね。今は仕事が多いから、職人たちも割と懐が暖かいんだってよ」
「再建特需ですかね。あとは家屋の増築やらなんやらの仕事もたくさんありますし」
去年の年末から始まった移民用の家屋の建設や、被災者向けの住宅の建設。
材木問屋をはじめとする建築資材を扱う各種商会は在庫を全放出して更に北の森などの木を大量に建材へと加工した。それだけではなく、石材などを大量に切り出して加工する職人なども休む暇がない程に仕事があふれていたそうだ。
カロンドロ男爵も移民希望者の中から経験者は優遇して家屋などを用意して歓迎し、腕のいい職人には惜しげもなく銀貨をばらまいたと聞いた。
「えっと、これってビーフシチューの代用ですよね?」
「牛の骨とかスジ肉が入手できるようになるとフォン・ド・ヴォーやフォン・ド・ブフも作れますね。手順は同じですから、牛骨が入手できるようになればすぐに切り替えられますよ」
「その場合味は多少変わるけど、骨を買ってこないといけない。剣猪の骨やスジ肉はほぼタダ同然で幾らでも手に入るのが大きな違いだね」
「その辺りの判断は任せます。あと、他から剣猪の骨が欲しいって言われても、あまり高く売らないで欲しいんですよね。元々捨ててた部位ですし、たぶん余ると思いますので」
「毎日届く量を全部うちだけじゃ処理できないからね。分かったよ、欲しがる人がいるかどうかは別だけどね」
これで骨を高く売る事はしないだろう。
捨て値で売ってた物がある程度売れ始めると、馬鹿みたいな値を付ける業者のなんと多い事か。
元の世界でもいろいろ見てきたから、ちょっとだけ先手を打たせてもらったんだよな。これでうまくいけばトンコツスープとかいろいろ生まれるかもしれない。
「とりあえず今日はコロッケとポークシチューを食べましょう。試食というにはちょっと多いですけど」
「あの匂いは反則だよな……。おおっ!! これは旨い!!」
「他の揚げ物も旨いが、これは何というか別物だな。肉も入ってるがジャガイモが主役の料理か」
「じゃがいもは安いから。これだと家でも作れるかもしれない……」
そう、そこがこの手の料理の肝だ。コロッケなんて作り方さえ覚えれば各家庭で作ることは不可能じゃない。
今の所問題なのは揚げる油であるラードの入手方だけだが、このまま剣猪討伐が春先まで続けば大量のラードが市場に出回る。そうすればもう少し価格も安くなる筈だ。
それにラードだけが油じゃないしな。植物油って手もある。
「家庭で味を再現できるかね? 一番の問題は肉醤だろう」
「あれはこの冒険者ギルドの強みですからね……。流石に内臓に関しては入手経路が少なすぎますので」
「普通に手に入る塩も安くなったとはいえ、本当に格安だったニドメック産の没収塩と比べたら割高だしね。それでも今までよりは安いんだけど」
「塩の需要が高まって生産量が増えれば安くなりますよ。ポークシチューの方はどうですか?」
今回のメインはそこだからな。
若干味に違いはあるけど、そこまで劣るとは思えないんだよね。
「肉の違いとか少し変わってるけど、はじめて食べる人間には区別出来ないレベルだぞ」
「そうですね。これに不満を言える人なんていないですよ」
「あれだけ手間をかけたんだ。この位の味になって貰わないとね」
「剣猪製フォン・ド・ブフの作成を一度やるとその後の作業なんてオマケですよ」
「そこまでなんですか?」
「夢の中でね、灰汁を掬ってる自分が出てくるぞ~。一度やれば分かると思うけど」
俺の場合アイテムボックスに取り込んでから中断して寝たからかもしれないけど、なんとなく夢の中で灰汁取りの続きをしてる感じだったんだよな。
「あ~。なんとなくわかる気がします。忙しい日が続くと、夢の中でオーダー取ってたりしますし」
「あるある。俺なんか剣猪をひたすら解体する夢を見るぞ。遅いと肉の追加早くとか脂まだかいとか文句を言われたりな。最近は解体職人の数が増えたから助かってるが」
「ほんとだよね。今は人が増えてるからいいけど、前は酷かったからね。ギルマスが代わってからいろいろ改革があったから」
ん? ギルマスが代わった? いつ?
「ギルマスが代わったんですか?」
「一月の頭にね。前のギルマスはワインの密造とかいろいろグレーゾーンやってたし、男爵の新年会にも呼ばれなかっただろ? 新しいギルマスは職員増やしたり、食堂の増築始めたりと色々動いてるよ」
「そりゃ凄い。元冒険者なんですか?」
「いや。他の冒険者ギルドの職員さ。若いのにしっかりした人だよ」
「うんうん、ほんと話が分かるいい人だよね」
へ~、一度会ってみたいもんだな。
「新しいギルマスのロザリンダさんはホントに話が分かる人だよ」
「……へ?」
ロザリンダ?
もしかして、マッアサイアの冒険者ギルドにいたあいつ?
それ、スティーブンが裏で糸引いてるんじゃないのか?
となると今日のこの試食会の情報もスティーブンに漏れてると考えた方がいいだろう。数日中にあいつがうちに来るだろうな……。
読んでいただきましてありがとうございます。