第百十七話 付きっきりだったら大体丸二日。アイテムボックスとか使って一時中断できるんだったら三日から四日。ここまで時間をかけて作る人間がいるかどうだよな
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楽しんでいただければ幸いです。
剣猪の入手から三日。魔導コンロとアイテムボックスを最大限利用してようやく剣猪製フォン・ド・ブフモドキが完成した。
思った以上に牛に近かったらしく、割と近い風味のフォン・ド・ブフが出来たけど、これを使って更にポークシチューを作るつわものがいるかどうかという話だ。
問題になったのはまず剣猪の骨。でかいとはいえ一頭だけではあまり量が手に入らなかったので、結果的に冒険者ギルドに骨を貰いに行くというありさまだった。理由が理由なので快く骨を譲ってくれたが、この骨で出汁を取るといっても理解不能らしい。
その後も大変だった。この世界にあってさらにこの辺りで簡単に手に入る野菜を選別し、鑑定機能や調合機能をフル活用して剣猪製フォン・ド・ブフモドキの製作に使えるかどうかを調べたんだよね。
一つのフォルダに材料を全部ぶち込んで調合予測出させて、剣猪製フォン・ド・ブフモドキに出来るかどうかを事前に調べられるというのは割と反則な気はした。
「付きっきりだったら大体丸二日。アイテムボックスとか使って一時中断できるんだったら三日から四日。ここまで時間をかけて作る人間がいるかどうだよな」
正直、美味しいだけの料理ならローストポーク辺りを教えた方がいいし、剣猪のバラ肉の塊を柔らかく煮込んで煮豚にしてもいい。
今まで捨てていた骨で出汁を取るって方法を教えたいのが一番大きな目的だから、これが受け入れられなかったら仕方ないんだよな。あそこだったらこれを教えれば豚骨スープとかも作りそうだし。
「ようやく完成したのか? 料理人ではないといいながら、魔導コンロにここまで付きっきりで料理を作る人間などいないのじゃ」
「旨い料理が存在するのは、この技法を生み出した偉大な先人がいたからこそなんだぞ。失敗から生まれる時もあるけど、周りにある物で美味しい物を作れないか試行錯誤した結果なんだ」
「ソウマの料理を食べておるから、そんな事は分かっておるのじゃ。わらわはそこまで料理に没頭したいとは思わぬがな」
そりゃ、余程料理が好きでなければここまで凝ったりしないだろう。
俺だってひとりで食べるだけだったら、それこそ寿買で総菜とか買ってもいい位なんだしさ。
「ヴィルナが喜んでくれるから、こうして頑張れるってのもあるかな? 今日はこれを使ってポークシチューを作るから楽しみにしてくれ」
「ソウマがそういう時は凄く美味しい料理が出るのじゃ。楽しみに待っておるかの」
「シャル用にも猫に悪そうな素材抜きのポークシチューも別に作っておくからな」
「流石はソウマなのじゃ」
万が一の時用には解毒薬とかもあるけどね。
それでも俺の不注意でシャルに苦しい思いはさせたくない。
◇◇◇
ちょっと遅くなったけど今日は少し豪華な晩御飯。剣猪製フォン・ド・ブフモドキを使ったポークシチューに、ローストポーク。あと元の世界の食材だけど、手羽先の唐揚げと鶏肉のサラダを用意した。
汁物はスープの多めなポークシチューだけどね。
「美味しいのじゃ!! これがあの剣猪の肉とは思えないのじゃ」
「肉って使う部位で割と味が変わるからな。今日は剣猪のもも肉を使ってみたけど、スジ肉とかでも美味しいと思う」
残念ながらスジ肉は殆どフォン・ド・ブフモドキに使ったからな……。
でもこの位だったら、ビーフシチューといわれても分からない?
「この柔らかい肉の塊。これだけの塊でありながら蕩ける様な肉の食感と、ひと掬いで口中に広がる程にコクのあるスープが最高なのじゃ!! パンを浸すとまた格別じゃしの」
「美味しいし、材料費は割と安いと思うんだよな。魔導コンロって基本魔石で動くからガス代とかかからないし。野菜系も比較的安かった」
「じゃが手間はどうにもなるまい。これだけの料理を作る為とはいえ、冒険者ギルドの厨房で丸二日も骨を煮ておれんじゃろ?」
「交代でやればなんとかなりそうだけどね。値段は凄い価格になりそうだ。特に人件費が……」
このひと鍋分は試作の意味もあったから自分で作ったけど、冒険者ギルドで入手した骨に関しては調合機能でフォン・ド・ブフモドキにしたんだよな~。
作り方は絵入りで書いたし、完成品もあるから問題はないと思う。仮に問題があるとすれば、剣猪一頭で、寸胴ひとつ分しか仕込めない事なんだよね。こればっかりは骨が増える訳じゃないから仕方がない。
それでもこれだけの量があれば、しばらくはビーフシチューが出せると思うんだよね。冷蔵保存必須だけど。
「教えてそれを活用するかどうかはあそこの連中次第じゃろ。新しく作るという食堂では出すやも知れぬぞ」
「あっちはおしゃれな内装にするっぽいからね。冒険者が入りにくいというか、あまりアレな格好だと入れないそうだよ」
「狩りに行ったついでに寄る愚か者対策じゃろう。わざわざ別に食堂を増設した意味を考えればわかりそうな物なのじゃが」
「増設は冒険者ギルドに関係者以外が押しかけたからだろうけどね。冒険者ギルドの方が安い筈だから、冒険者登録してたらギルドの食堂で食べるだろうけど」
冒険者ギルドは酒が安いのが強みだしな。
何であそこまで安いのかは謎なんだよね……。かなり薄めてるのは間違いないんだけどさ。
「森ブドウを冒険者に集めさせて密造酒じゃしな」
「やっぱりそれやってたんだ……。よく男爵に怒られないもんだ」
「あそこの信用が低い原因のひとつじゃな。ワインくらい仕入れればよかろうに」
仕入れたうえで、密造酒を混ぜてる可能性がある。
あそこにはいろんな樽があるし、その中に何樽か密造酒が混ざってても分からないだろうし。
「ヴィルナはその話をだれに聞いたんだ?」
「ルッツァじゃな。あの時は職員の視線が怖かったのじゃ……」
「あいつは無自覚に他人の地雷を踏む癖は直した方がいいと思うな。そのうち痛い目をみるぞ」
元侯爵家の長男とはいえな。
そういえば俺と最初にあった時も、大きなお世話で親切なアドバイスをくれたっけ? 口が悪い訳じゃないんだけど、ああいうタイプの奴って確かにいるよ……。
「ラウロ達も分かって付き合っておるようじゃし、冒険者ギルドの連中はその位で怒りはせんじゃろう」
「あそこはもっと口の悪い奴が多いしな。的確に地雷を踏み抜くルッツァも相当だけど……。ん?」
「にゃぁぁん、にゃっ」
足にすり寄ってきたシャルが、俺が見てる事に気が付いたら自分の皿の前まで戻って鳴き始めた。
「何だシャル。何度も空になった皿を見てるって事はおかわりが欲しいのか? 珍しいな……」
シャルはゆっくり食べるし割と少食だ。
柔らかく煮込んだ肉を小さめに切って少しのスープと一緒に皿に入れてたんだけど、それを完食してもう少し欲しがるなんて……。
「もう少しだけな。シャルはそのあたり分かってそうだけど」
「にゃぁ」
「ソウマはシャルに甘いのじゃ。寝室の入り口もシャルがちょっと泣きそうな顔をしただけでその場で増設したしの」
シャルになんで入れてくれないのって顔で見られたら、即座に増設するしかないだろ。
その後でヴィルナのベッドに一直線だったのは、正直凹んだんだけど。いや、そりゃヴィルナのベッドの方が暖かいけどさ。
「それでも俺は自室には猫用入り口を付けてないぞ。ヴィルナは結局自室にも入れてるよな?」
「シャルに大甘なソウマが、自室にだけはシャルを入れぬのが不思議なのじゃ。割と扉に傷がついても入れようとせぬしな」
「まあ、仕事の時とかあるし。自室でやらないといけない事もあるから」
自室に籠ってる時は商人ギルド用の仕事の時も多いけど、主に異世界の特撮視聴とかな。たとえシャルといえどあの至福の時間は邪魔させないぜ。
この家にシャルが入れない場所が数ヶ所ある。キッチンとトイレと俺の部屋だ。この三ヶ所だけは今後も入れる気はない。
「商人ギルドの仕事であれば仕方ないのじゃ。たまに聞こえる奇声についての説明も欲しい所じゃが」
「そのうちな……」
やべぇ。たまに声を漏らしてたか……。映像は外から見えないし、音も直接脳内に響くから他人が見たら微妙な感じになるのは間違いないんだけどさ。
「料理の話に戻すのじゃが、このローストポークは流石にローストビーフには劣るのじゃ。これにはこれの良さがあるが、これを出すくらいであれば以前作った煮豚の方がいいじゃろう」
「肉の旨味でいえば東坡肉にした方がそりゃ美味いだろうけど、そこまで劣ってるかな?」
「ソウマの料理に慣れたわらわじゃからかもしれんが、おそらく貴族連中も両方食べ比べれば同じ事を言うじゃろう」
「肉質が牛に近いとはいえ、最終的には豚なんだよな。ありがとう、煮豚の方を薦めるよ」
ヴィルナの舌が肥えてきたというか、こんな意見が聞けるとは思わなかった。
元々感覚は鋭いんだろうし、これからもヴィルナの意見を聞く事があるだろうね。
「この鶏の手羽先唐揚げはもう少し欲しいのじゃ。というか、わらわのアイテムボックスに予備が欲しいのじゃが」
「小腹が空いた時のおやつ代わりにちょうどいいもんな。この皿に十本ずつ乗ってる。三つくらいでいいか?」
「その位でいいのじゃ。これを自分で作れるようになればいいのじゃが」
「生の手羽先も渡そうか?」
「今はまだいいのじゃ。この手羽先は他の料理でも美味しそうじゃな」
「他にもいろいろできるぞ。今度鍋に入れて出すよ」
手羽先って煮ても鍋でも揚げても焼いてもおいしい食材だよな。
トロトロになるまで鍋で煮込んだら、良い出汁が出るし一石二鳥なんだよな。鳥だけに。
【冗談が寒い日は鍋が一番ですしね】
そこまで寒くした覚えはないぞ。寒い日には鍋料理がうれしいのは確かだけど。
ただこの辺りもそろそろ暖かくなるだろうし、鍋をするのもあと数回だろうな……。
読んでいただきましてありがとうございます。




