第百八話 ただいま……。とりあえず話を聞こうか? 俺も鬼じゃない、全力で足に顔を擦りつけてマーキングしてくるこの猫をいきなり外に投げ出したりはしないよ
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楽しんでいただければ幸いです。
カロンドロ男爵の屋敷から帰ってきた俺を玄関で出迎えたのはヴィルナ……ではなく、家を出た時に懐きまくっていた一匹の猫だった。
状況を確認しよう、ここは家の中で猫が勝手に侵入してきたのであれば家の外に追い出す場面だが、ヴィルナの手には小さな器とそこに盛られた肉が見える。
おやつにしてはあんまりな料理だし、どう見てもあれ猫の餌だよな? ご丁寧にもう一方の手には水の入ったお椀まであるし。
「ただいま……。とりあえず話を聞こうか? 俺も鬼じゃない、全力で足に顔を擦りつけてマーキングしてくるこの猫をいきなり外に投げ出したりはしないよ」
「これは……、違うのじゃ、この猫が腹を空かせて鳴いておったから、たまたま用意しただけなのじゃ」
「今日が初めてにしてはやけに懐いてるな。家を出る時にこの猫だけ妙に懐いてたけど、他の猫にも餌付けしたりしてないよな?」
「他の猫は知らぬのじゃ。大体他の猫は……」
やっぱり前から餌付けしてたのか。
というか、家の中にまで入れてたとは思わなかった。
「とりあえずかわいそうだからその餌は食べさせてあげろ。……割と行儀のいい食べ方をする猫だな」
「がつがつと食べ散らかしたりせず、ゆっくりと味わう様に食べてくれるのじゃ」
おなかを空かせてる割りには凄い年寄り猫っぽい食べ方をするけど、たぶん子猫だよな?
躾けられた半野良? にしては首輪も何もついてないし……。
綺麗にえさを食べて水を飲み、ごちそうさまのつもりなのか一声鳴いてまた足元にマーキングし始めた。ヴィルナの方ではなく俺の方に来るあたりいろいろ分かってる奴だ。
「前から家の中に入れてたのか? 猫の毛なんて気にしてなかったから気が付かなかったけど……」
「今日が初めてなのじゃ」
「そうか、はじめてなのか……、あれで?」
猫は慣れた足取りで居間の方へ向かい、魔導式ファンヒーターの前に陣取った。そして両前足を前に突き出しておもむろに背伸びをして見事に香箱座りを披露した。うん、あのくつろぎ方は初めてじゃできないよな?
めちゃめちゃ安心しきってるんだけど。
「一週間ほど前からなのじゃ……。この猫は賢いのじゃ。ちゃんとトイレの時は外に出るし、柱で爪を研いだりもしないのじゃ!!」
「という事は一回くらいはどっちもやらかしたんだろ? 後片付けはどうやって……、ん?」
飛空石製の小型魔導掃除機が起動して待機していた。……なるほど、落ちてる毛とかはこいつが処理してたのか。
「爪とぎの痕はあそこなのじゃ……。あまり目立たぬから気が付かぬと思っておったのじゃが」
壁に少し爪痕が残っていた。今まで気が付かなかったって事は、気になるレベルじゃないって事だけどね。
「あのくらいだったら目立たないし、その一ヶ所だけならいいけど」
「すまないのじゃ……。ソウマは猫を飼う事に反対しておったし」
「猫は好きだし飼いたいと思うよ。冒険者の依頼受けてる時に家に置いていくのもかわいそうだし、餌とかどうするんだって問題もあるだろ?」
日帰りの依頼はいいけどさ、これからの依頼は遠出する事もあるだろうし、家に一人というか一匹だけだとかわいそうだ。
「玄関に猫専用の出入り口を付けるというのはどうじゃ?」
「他の猫が入りまくって猫屋敷になるぞ?」
「この猫だけが入れればいいのじゃが」
猫の半分外飼いとか、近所迷惑でしかない気がするぞ。元の世界と違って車にはねられたりする危険は少ないけど。
【首輪型承認キー付き小動物専用入り口増設キットが販売中】
あると思ったよ……。さて、この猫を飼うんだったら絶対に必要なんだけど、あと問題は病気とかなんだよな。
【鑑定機能の能力が上がっていますので、アイテムボックス内に取り込まないでもある程度の距離であれば鑑定可能です】
なるほどね。俺の力が上がってるのか、それとも色々機能増設したからアイテムボックスの性能が上がってるのかは知らないけど、それは割と助かる機能だな。
さて猫を鑑定……。
【猫、食用可、無毒】
その情報は求めてねえよ!! なに? こいつ俺がこの猫を食えるかどうか迷ってると判断した訳? 猫は食わねえって!!
そういえばこんな性能だったな鑑定機能。今まであんまり使ってこなかった理由を今さら思い出したよ。
「そういうアイテムもあるけど、病気の時とか遠出の時にどうするかの問題があるぞ。ヴィルナがちゃんと躾けてその問題が解決できるんだったらいいけど」
「この辺りの猫など半野良は当たり前なのじゃ。蔵で鼠などを退治させた後もその蔵の周りで餌を与えておるだけなのじゃ」
「飼うんだったらその辺りはきっちり責任をもって躾けるぞ。とりあえずトイレと爪とぎだな」
「ソウマは猫に厳しいのじゃ。父様や母様の様に厳しすぎるのじゃ。いつも結界の外に放してくるように言うのじゃ」
南の森にいた頃もこうやって小動物を飼いたいってやってたんだろうな……。
結界から出て小動物と遊んでたって言ってたし……、ヴィルナの両親がいろいろ言ってたのもそもそも結界のなかで動物とかを飼ったらダメだったのかもしれない。
「別に飼う事自体に反対はしてないよ。飼うんだったらそれなりに飼う側にも責任があるって話だ……。」
「飼ってもいいんじゃな?」
「ちゃんと面倒を見るんだったらな。俺も協力はするけど」
「この猫専用の入り口を付けてくれたら、トイレと爪とぎは外ですると思うのじゃが」
でもやっぱり爪とぎとかトイレは用意するべきだと思うんだけど、この世界の飼い猫事情が分からないからそれが普通かどうかはわからない。
ヴィルナのいう事の方が正しい可能性もある訳なんだよな。
あと猫用入り口の増設と専用の首輪が必要なのか。
【猫の体調管理も可能な首輪もあります。承認キー機能も対応済みです】
何処の世界でも考える事は同じか。
とりあえず増設セットと首輪を購入……。
「その猫用の出入り口を玄関のドアに付けるのはいいけど、この首輪をあの猫につけないといけないんだけど」
「妾が付けるのじゃ……。これでいいのじゃな」
「ホントにおとなしい猫だな……。ちょっと玄関を直してくるから待ってろ」
この家、靴を脱いだりする場所がある訳じゃないけど玄関があるんだよな。
新築で家を建て替える時は日本の家を基準にするつもりだけど……。とりあえず玄関で靴を脱いで家の中ではスリッパだよね……。
「完成!! この空間を削り取って強引に増設する方法がまともだとは思わないけど、もう気にするのはやめよう」
【異世界でも普及している、いたって一般的な工法ですが?】
何処の異世界だよ!! こっちも異世界だけどこの世界中探してもこんな技術は無いと思うぞ。
枠を玄関横の壁に押し付けて、そのまま外まで押し出せば完成とか……。これ人サイズがあったら泥棒が入り放題だよな。
【玄関に罠を仕掛ける家はありませんが、家の中までそうとは限らないのが異世界です。こんな物を使わないで済むような家を狙いますし、この魔道具を無効化する魔道具も存在しますので】
考える事はみんな一緒って訳だ。
異世界でも犯罪には厳しいんだろうし。この世界でもそうだけど、犯罪者に対する温情ってのはほとんど感じないからな……。
「ヴィルナ、玄関の改修は終わったからいつでもその猫が出入りできるようになったぞ」
「ありがとうなのじゃ。あと問題は餌とかなのじゃが……」
「この居間の壁にも猫用の出入り口を付けるか……。餌とか水はこの部屋に置いておけばいいだろ。誰か来た時に食事する部屋は別にあるんだし」
「良かったのじゃ……。これでお前はうちの猫なのじゃ」
なんとなく違和感。
……あ、猫って呼んでるけど名前くらい付けてあげなくていいのか? もしかしたらもうつけてるのかもしれないけど。
「ところでヴィルナ。その猫に名前は付けたのか?」
「名前……。一応付けてあるのじゃ。この子はシャルロットなのじゃ」
「みた感じ雌っぽかったしそれでいいかな? よかったなシャル、今日からここがお前の家だよ」
心なしか、餌を与えてる筈のヴィルナより俺の方に懐いてる気がするんだが……。
美味しい餌をくれそうな人が本能的にわかるのかもしれないな……。
後で猫缶とカリカリを用意しないとな。
【最高級猫缶&カリカリをご用意。栄養不足や各種病気の事を考えた様々なタイプがあります。猫が飽きない様に全数百タイプ……】
多すぎる!! でもこれ少しずつ高いのにしないと、高い餌与えた後は安いの食わなくなったりするからな……。特にカリカリは……。
家に猫がいるってなんとなく和むよな。
読んでいただきましてありがとうございます。




