第百五話 比較的近場はわかるんですが、どうして王都からも書状が届いてるんですか?
連続更新中。この話から新章に突入します。
楽しんでいただければ幸いです。
新年を迎えてはや二週間。
辺りはまだお正月ムードというか、この世界には年明け早々から馬車馬の如く働く風習はない様で、ほとんどの商会と個人商店はあまりやる気のなさそうに店を開いていたりしている。
王都やマッアサイアからくる荷馬車も殆どが休んでる訳で、一部の商品を除いて仕入れが止まってるってのも大きな原因なんだろうけどね。
そんな状況でも新年会で配ったお菓子の問い合わせが殺到している商人ギルドは別だけどな。
「と、いう訳でして。日持ちしなくてもいいからフロランタンを売って欲しいという書状がこんなに届いておりまして……」
「比較的近場はわかるんですが、どうして王都からも書状が届いてるんですか?」
「あの新年会に参加した貴族のお土産を入手したそうで……。多分金貨を積み上げたんだと思うんですが」
「賞味期限はひと月ですけど、もう食べきったんでしょうね」
謎の保存料というか、フロランタンもそこまで賞味期限長くないのにひと月位大丈夫なんだよな。
【梱包技術と保存技術の結晶です。人体に悪影響はありません】
信用してる。食べ物が長持ちするのはいい事だし、それが美味しい状態を維持できる技術だったら言う事は無いしね。
「ひと月ほどしか持たない菓子でも、高速馬車を使って王都に運べば二週間くらいは楽しめますからね……。読み通りマドレーヌは下火になったそうで、完売後は新規の注文が来ていません」
「カヌレとバームクーヘンの出番ですね。フロランタンは人気ですが、フィナンシェはどうでしたか?」
「マドレーヌとは違いましたが、あまり目新しさが無かったので注文は来ませんでしたね。そのあたりも予想通りです」
「その為にお土産にいろいろ詰めた訳ですからね。どれに食いつくかわからないけど、無難な焼き菓子を詰め合わせる。あれだけの種類を揃えた男爵の力を示すって意味もありましたが、試供品の意味合いも強かった訳です」
「カロンドロ男爵も喜んでいましたし、あの新年会は大成功ですな。呼んでいただきまして感謝しておりますよ」
報酬の額もすさまじかったけどな。
あの像とかの代金はいらないっていったのに最終的に大金貨で五十枚、五十億円の報酬が支払われた。あの純金の鳳凰像の重量分の金も含めたら余裕でその位にはなるんだけどさ。
「例の竜の問題が解決すればこの男爵領は本当に発展していくと思うんですけど」
「クライドさんがいてくれれば、あの竜もそこまで問題視されてない気がしますね。その証拠に各地からこのアツキサトへの移住者が後を絶たないようで」
「そんなに移住希望者がいるんですか?」
「酪農経験者などは穀倉地帯に送られる事も多いですが、西の国から流れてきた人や商人なんかはそのまま町で新しく店を始めてますね」
そういえば男爵が今月半ばから北方面と西方面に町を少し広げて新しい防壁も建設するとか言ってたな。
今のままでも十分に土地は余ってるのに、今後人口が増える事を見越しての事か……。
「アツキサトが地方都市と呼ばれるまでそこまで時間はかからない気がしますね。また犯罪者が増えなければいいんですけど」
「警備体制は維持していますし、新しく警備兵も増やすそうですので……。給料はいいですが採用条件は厳しいそうですよ」
「質を下げると元も子もありませんからね。男爵もこの先の事を見据えているんでしょう」
あの竜の一件が無ければ、十年前にこんな形になっていたんだろうけどね。
しかし、食欲旺盛で結構若そうに見えてもカロンドロ男爵もそろそろ歳だ。あまり無理をしなきゃいいけど。
「人口が増えても振り分けられる仕事があって、給料を支払えるだけの蓄えもある。かなり好条件の場所なんですよね」
「森のど真ん中、道もない僻地をここまで切り開いた男爵の手腕ですよ。これで後継ぎさえいれば……」
「いないんですか? 孫どころかひ孫がいてもおかしくない歳ですよね?」
十代半ばにここに飛ばされたとしても、既に七十近い高齢の筈だ。
エヴェリーナ姫が十四でそろそろ結婚を考える歳って事だったら、家督を継げる孫や曾孫がいておかしくない筈だぞ。
「前代の国王は、貴族の息子や娘を王都に集めていたんです。反乱防止の人質みたいなものですよ」
「でも割と話の分かる王に代替わりしたんですよね? その時に帰ってこなかったんですか?」
「息子夫婦は既に病死。病死と称して暗殺してるという噂もありましたが、亡くなられた時期に王都で疫病が流行っていたのも事実です。孫にあたる人物は娘さんが一人いたはずですね」
「王都ですとよく効く薬もあったでしょう? 治せなかったんですか?」
「治さなかったというのが事実でしょうね。侯爵クラスや伯爵クラスの家族を優先し、男爵クラスは後回しだったと聞いています。そうしなければ薬の数が足らなかったという話ですが」
特に僻地に飛ばした男爵クラスなんてそこまで力が無いし、後で報復行動なんて起こせないだろうしな。
「その孫娘って幾つ位なんですか? まだ子供って可能性もありますよね?」
「確か今十五歳くらいですか? そろそろ婿を探してる時期だと思いますよ」
「エヴェリーナ姫と同じ位の歳なんですか?」
「そうですね。今はマッアサイアの別邸で養生されているそうです。あそこは年中暖かいですし、過ごしやすいんでしょう」
暖房器具があるんだったらアツキサトの方がよくない?
……ああ、あの竜の一件で避難させたのかもしれないな。それにしては塩食いを放置してたのも謎だし……。
それと猛烈に嫌な予感がするから一応聞いておくかな?
「……婿の候補っているんですか?」
「三十手前で財力と名声が申し分ない人にひとりだけ心当たりがありますよ。賢者と呼ばれて差し支えない知識と、大金貨を目の前にして動じない胆力の持ち主です」
そりゃそうだよな……。
俺が男爵でも後継ぎが俺だったら安心できそうだし。
「……準貴族扱いしだしたことに関係あったりします?」
「どれだけ功績があっても流石に出身不明の一市民を婿に迎えられませんし、王都への牽制という形でしょうね」
身内扱いし始めたのも、準貴族扱いし始めたのもこの為か。
カロンドロ男爵もどれだけ若くても七十近いんだろうし、俺みたいなのが独身で転がってたら婿に欲しがるのかな。
「俺がヴィルナと結婚したりしても諦めませんかね?」
「相手が聖魔族ですし、この国は別に重婚を禁止していませんからね。そもそも人と亜人種が結婚しても、婚姻歴に入らないんですよ。寿命とか色々と問題がありますし。貴族が亜人種の嫁や婿を迎えるのを牽制してる意味合いも大きいですね」
「子供ができないとか?」
「種族によってはそうですね。聖魔族に関しては資料が少ないので断定できませんが、獣人よりは子を授かる可能性が高いと思いますよ。それに王家が貴族が亜人種との婚姻を正式に認めないのは、長寿の亜人種と結婚されると、代替わりが無いまま領地が発展するからでしょうし、亜人種に領地を取られないようにする為でしょうから」
そういえば他にも亜人種がいるって話だし、そのあたりの法律もあったりするのかな。
ヴィルナと結婚しても未婚扱い? つまり急いで結婚しても状況は変わらないって事か?
「人生の一大事というか……、こんなことがあると思いませんでしたよ」
「いえ、クライドさんが今まで独り身だった事が驚きといいますか、無名だったのもかなり異常な事なんですよ? それだけの才をお持ちでしたらとっくに商会を立ち上げてこの国中に名が轟いているでしょうし」
「色々ありましてね……」
この世界に来て稼げるようになるのは早かったけど、割と運の部分が大きいからな……。先にこの世界に来た人も運が良ければそこそこ大きな商会とか作れたんだろうけど状況が揃わないと無理だろうし、俺みたいに何でもありの反則級のアイテムボックスなんて持ってないだろうしな。
それにもう数年あるとはいえ三十手前でモテ期が来ると思わないって。
「先日の新年会で参加されていました貴族の方はクライドさんが独身である事を調べてると思いますので、今後は少し面倒ごとが増えるかもしれませんね」
「勘弁して欲しいですね……。それはそれとして、カヌレやフロランタンをどの位卸しましょうか?」
「そういえば商談が先ですね。資金的には問題ないのですが、値段をどうするかですね」
「カヌレやフロランタンの方が原価は高いのですが、今までと同じひと箱千シェルで行きませんか?」
一応全部箱入りの状態で出してみる。カヌレが大きいので箱も大きいが、全部二十個入りで個梱包されている。
試食は前回して貰ってるし、フロランタンとかはお土産で持って帰って食べてる筈だから問題ない筈。……売ってないよな? あれ。
「そうしていただけるとありがたいです。バームクーヘンはこの形で梱包されているのですね」
元の世界でもよく見かけた、食べやすい大きさに切り分けた形にしている。
「丸のままですと大きいですし、箱にひとつしか入りませんので。もし要望があればそっちも販売してもいいと思っていますよ」
「確かにこの方が食べやすいですし、いろんな場面で使いやすいですね。丸のままはインパクトがありますので、そのうち貴族から特注で頼まれるかもしれませんね」
「その時はまた値段を決めましょう。他のお菓子はともかく、このバームクーヘンに限っては再現が難しいですしね」
確かバームクーヘンの作り方ってものすごい手間なんだよね。
「とりあえず今回は各千箱ずつお願いします。それでも三千箱ですが」
「フロランタンの賞味期限が短いですしそのあたりが妥当ですかね」
それでも三百万シェル、つまり三億円分のお菓子だ。
領地経営とかしてたら大した額じゃないんだろうけど、本気で大銀貨食うような生活してるんだな。
「いつもの場所を開けていますのでお願いします」
「はい。いつも通り積んでおきますね……。箱の大きさの問題でカヌレだけ箱数が多いですが、大きな木箱に五十ずつ入っていますので」
「わざわざ商品ごとにマーキングしていただけて助かっております。大きな箱を開ければわかるのですが、この状態でもわかるのはありがたいですね」
この辺りはファクトリーサービスが優秀なだけなんだけどね。わざわざ製品用の焼き印まで押してあるし。
品質は最初からいいけど、こういった細かな気遣いというか梱包方法なんかはホントに助かる。
「中の箱の装飾も少しずつ改良してますしね。強度を維持しながら高級品に見える箱になっています」
「二重箱になっていて中の箱は彫刻が見事ですよね。箱が少しだけ大きくなりますが、強度も十分ですし見栄えも最高です。……あと、こちらが代金の大金貨三枚です」
「ありがとうございます。大金貨を見る機会も増えましたよね」
「こんなに見る機会の多い貨幣じゃないんですけど。王都の本部も前回分の売り上げからずいぶんとこちらへの対応がよくなりました。あっちに前ギルマスがいるのも大きいと思いますが」
「王都ですか……、そのうち一度くらいはいってみたいですね」
「クライドさんが行かれると、王都でも歓迎されると思いますよ。いろんな意味でですが……」
まあそうだろうな。
最低でもヴィルナと結婚した後でないと面倒ごとばかり増えそうだ。
なんだかこれから面倒ごとが増えそうな気がするよな……。
読んでいただきましてありがとうございます。
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