第百三話 という感じで、今回の料理のコンセプトは、カロンドロ男爵領は魔物被害などものともせずいまだ健在である、という事を印象付ける形にしています
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楽しんでいただければ幸いです。
新年!! まさか新年初日の朝早くからここで料理を作るとは思ってもいなかった。というか、俺とヴィルナは三日前からカロンドロ男爵の館に泊まってるし、俺はこの三日間ここでいろんな料理を作っている。
別に仕込みとかにそこまで日数が必要な料理は無いんだけど、色々考える事があってそうさせて貰ったんだけどね。
今は前回案内された客室でグリゼルダさんと最後の打ち合わせをしている。カロンドロ男爵は昨日押しかけてきた王家の姫の相手で忙しいというか、手が離せないらしい。
「という感じで、今回の料理のコンセプトは、カロンドロ男爵領は魔物被害などものともせずいまだ健在である、という事を印象付ける形にしています」
「カロンドロ様が驚かぬように当日に出される料理をひと通り試食していただきましたが、どの料理を食べても驚かれていましたね。あの姫様が訪ねてくるまでにすべての試食を済ませていてよかったです」
「そうですね。今回のメニューは考えに考え抜いたものです。魔物の被害を受けているはずのこの男爵領の特産品を前面に押し出しつつ、新しく始める予定の酪農製品である乳製品なども盛り込んだ料理ですから」
ついでに今後この男爵領にちょっかいを出してこない様に王族とやらのプライドも完全にへし折っておこうという事で、王都でも食べられないと思われる料理を用意した。
驚かせるのは料理だけじゃないけどな。
「しかしあの子というか、あんな子を相手にするんでしたらここまでやる必要はないと思ったんですけど。初めから分かってましたらもう少し普通にしてましたよ?」
「幼いといっても、今回新年のあいさつに訪れましたエヴェリーナ姫はもう十四歳。王族ですと既に結婚していてもおかしくない歳ですよ?」
「この辺りは結婚の年齢が早いんでしたか。しかし、十四歳には少し見えないといいますか……」
全体的に小柄だったんだよな。身長とか胸とか……。
王家の人間だったら美味しい物を色々食べてるんだろうし、もう少しふくよかなんじゃないかと思ったんだけど。
「今の王、レオナルド・モルビデリ様が王位につかれてから王族は割と節制させられますから……。貴族の方がいい暮らしをしているとまで言われておりますよ」
「代替わりしてどの位なのですか?」
「約十年ですね。当時三十歳程だった王は、財政再建と今まで険悪だった貴族との関係修復に努めているという話です」
十年前か……。あの当時にいろいろあって前の王様が死んだのか、それとも例の事件なんかとは全く関係ないのかはわからない。
貴族との関係が悪かったって言ってるし、暗殺された可能性もあるのかな?
「そろそろ新年会に出す料理の準備を始めた方がいいと思いますが」
「殆どの料理は既に作り終えて、アイテムボックス内に保管していますからね。あとは料理長に渡すだけですよ」
「流石ですね。服装はあれにされるんですよね?」
「ええ。カロンドロ男爵には悪い気がしますが、アレを着るって話です。男爵にもあれを用意しましたので問題は少ないですけどね」
以前商人ギルドで王族と間違われたスーツ。今回は更にもう数段上、プラントで採れた最高級異世界産の特殊な羊の毛を使った超高級スーツだ。
毛のきめ細やかさが異次元レベルで、着心地や見栄えとどこを探してもこれ以上は存在しないとまで言われた。
「いったいどこで手に入れられたのかは知りませんが、あの生地だけで本気で国が買えますよ?」
「仕入れルートは秘密ですし産地も秘密です。カロンドロ男爵の服は間に合いそうなんですか?」
「仕立て職人を総動員して何とか間に合いそうです。あんな生地を持っていると事前に教えていただければ良かったのですが……」
百五十センチ幅の生地を二十メートルひと巻きで売ったんだけど、報酬は大金貨十枚。つまり十億円の値が付けられた。
流石に高すぎだと思ったけど、男爵にこれ以上価値を下げられないといって押し付けられた形になったんだよな。
「これで服と料理の両方が揃いましたし、後は新年会の開始を待つばかりですね」
「これもクライド様のおかげです。今後ともよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
さて、これで準備は万端だ。
カロンドロ男爵領の名産品も多数そろえたし、後は新年会の開始を待つばかりだな……。
◇◇◇
カロンドロ男爵主催の新年会。
会場は晩餐会などでも使われる馬鹿でかい客室だけど、今日はかなり気合を入れて装飾されている。というか、装飾品のいくつかは俺が差し出したものだしな……。
「この彫刻、クリスタルでここまで精巧な細工を施すなど信じられませんな」
「信じられぬという事でしたら中央の鳥の黄金像でしょう。あの大きさの金の彫刻など考えられません……。周りの銀の装飾品も素晴らしい物ですが」
「何という鳥かは知りませんが、神々しい鳥ですね」
クリスタルも黄金も例の小惑星から算出された物を調合機能で加工した物だ。
という事なので原価はただ。この世界の金貨や銀貨を寿買に突っ込んで消滅させてるから、その代わりとして考えたのがこうして金貨や銀貨以外での形での金や銀の放出だ。
この世界では金が希少なので提供した金製品はあの黄金の鳳凰像だけだが、銀製の彫刻は大量に提供しておいた。あの彫刻の代金は貰ってないし、今回の報酬とかも寿買に突っ込まなければ大丈夫だろう。
「新年を迎えた。昨年は各地で魔物が猛威を振ったが、我が男爵領は微塵も揺らいでおらぬ。本日は我が領内の名産品を存分に味わって欲しい。本日の料理は我が男爵領の英雄にして、その名が王都にまで轟いているクライドの手によるものだ」
「ご紹介に預かりました鞍井門颯真です。今日の料理を作らせていただきましたが、楽しんでいただければと思っております」
流石に超高級繊維の服。着心地も動きやすさも段違いだ。
「本日は王都よりエヴェリーナ姫が訪れております」
「これまでの事があるのであまり信じて貰えぬでしょうが、王家も変わっていこうと思っています。今後より良い友好関係を築いていければと思っております」
……幼く感じたけど、礼儀正しい姫だったみたいだな。
前王のやらかしを少しでも何とかしようとして動いてるみたいだし、俺が料理を作らなくてもよかった気もするけどね。
あの態度を信用した場合の話だけどな。
「おお……、男爵もそうだが、あの服。シルクのようにも見えるがあれはシルクではないだろう。何という素晴らしい生地だ」
「小さな貴族領であればあの服一着で一年分の税収がとぶぞ。噂通りとんでもない男の様だな」
流石に目の肥えた人ばかりだ。彫刻もそうだけどこの服の価値も正確に理解してくれたようだな。
これだけ色々みせつければ、男爵領に魔物被害の影響があるとは考えないだろう。まだ穀倉地帯については再建が始まったばかりだけど、あと数ヶ月後には春小麦の作付けが始まるって事だし。
「では料理を運ばせよう、まずは前菜だ」
「虎海老とホタテ貝のアヒージョです。パンと一緒に食べるとさらに楽しめます」
「これは……、見た目も凄いですが味はもっと凄いですな」
「この油にパンを浸けると確かに格別です。このパンも素晴らしいですが」
マッアサイアの特産品の海産物。虎海老は十五センチほどの大きさの車エビっぽい海老でホタテ貝はほぼそのままの貝を買ってきた。俺が直接マッアサイアまで買い付けに行ったから変な物は混ざってないし、しめた後にすぐアイテムボックスに仕舞ったから新鮮そのものだ。そしてこの町の近くの森で採れる木の実の油。オリーブオイルっぽい風味なんだけど更に癖が無いというか、なんにでも使えそうないい油だ。
「コンソメスープです。この美しい黄金色のスープをご堪能下さい」
「これは具が入っていないスープですか? っ!! この澄み切ったスープにこれほどのコクが」
「なるほど。これはわざと具を入れずに……」
今日のメニューは割と重めだし、濃厚ではあるけど飲みやすいスープにしてみたんだよな。
舌の肥えた人ばかりだろうし、このスープの真価も分かるだろうって信頼があっての事だけどね。
「肉料理でミートローフになります」
「彩も美しく、それでいてとてもおいしい料理ですね」
「気に入って頂けて光栄です」
ここまでの反応は上々。
さて、メインはどうかな……。
「なんだあの大きな白い塊は?」
「塩か? しかしあの量の塩をどうするのだ?」
「本日のメインディッシュ。大山雉の塩釜焼きです」
「塩の塊の中から大山雉が!!」
メインに用意したのは大山雉の塩釜焼き。丁寧に下拵えした大山雉を丸ごと一羽、塩卵白で包み込んで焼いたものだ。
塩食いに襲われて壊滅したはずの塩田の塩を大量に使った料理。あのでかい大山雉を丸ごと一羽使ってるからインパクトも凄いし、仕上げとしては上々だろう。人数が多いので全部で四羽用意した。
「あれだけ塩を使っているのに塩辛くない。それにこの肉の柔らかさと来たら」
「王都でこの男爵領の塩田が壊滅したという話を聞いていたのですが……」
「昔の話ですね。今はこの通りこの様な調理法ができる程には塩が有り余っております」
「高品質なパンといい、塩田の一件も穀倉地帯の壊滅もデマでしたか」
「ほんの少し困った事が起きただけですよ。今はこの通りなんでもありません」
実際には塩の増産は計画通りだけど、穀倉地帯の方はこれからなんだろうけどね。男爵には王都にはそう思わせないといけない理由もあるんだろうな。
これだけの料理を並べれば、この男爵領に問題ないと思わせるには十分な効果があっただろう。
「最後に、プリン・ア・ラ・モードになります。濃厚なカスタードプリンと三種のクリーム。そしてフルーツの盛り合わせになります」
「この黄金色のプリンも素晴らしいですが、ピンク色、黄色、白色のクリームと、色とりどりのフルーツ。盛り付けも素晴らしいです」
「この白いクリームは氷菓なのか?」
「暖房の効いた部屋で食べる氷菓は格別だと考え、ソフトクリームを使いました。黄色は岩栗を使ったマロンクリーム、ピンク色はイチゴを使ったものです」
味の濃い大山雉の卵をふんだんに使ったカスタードプリンと、三種類のクリームのコラボ。白身はコンソメスープや塩卵白で使ったから無駄がないぜ。
特産品のひとつである岩栗。これから酪農を始める事をアピールする為の乳製品、そして口直しの意味がある少しだけ酸味のあるイチゴクリーム。王都でも流石に食べた事の無い果物は多いだろうし、ソフトクリームなんかの氷菓もこの時期には用意しないだろう。
アイテムボックスにあった森桃を全部使って、更にプラントで収穫したメロンやバナナなどもつかってある。美味しいだけだったら元の世界とかの桃を使った方がいいんだけど、特産品を前面に出したかったから森桃にしたんだよな。
「王都でも食べた事が無い料理ばかりでした。王都を騒がせているお菓子を作り出しただけの事はありますね」
「クライドさんの功績ですな。我々商人ギルドも大変お世話になっていますよ」
「食事の彩が増えるのはいい事ですな。クライドにはこれからも我が男爵領を盛り立てて貰いたい」
「あの男は化け物か。あのような人材が領内に居れば……」
「カロンドロ男爵はどうやってあれほどの英雄を手に入れたのだ?」
ここに来たのは偶然だったけど、今から思えばあの南の森に飛ばされてよかったと思うぜ。
参加した貴族達の反応を見る限り、今日の新年会は成功したとみていいだろう。
「お土産に焼き菓子の詰め合わせを用意しました。楽しんでいただければと思います」
「この上焼き菓子の土産とは……。カロンドロ男爵は今まさに隆盛を迎えておるようですな」
「飛ぶ鳥を落とす勢いですな。今後もよろしくお願いします」
トドメに焼き菓子のおまけつき。しかもフィナンシェやフロランタンなどの販売を諦めた商品まで入っている。
このお土産については一応、商人ギルドのミケルにも話を付けているので何の問題もない。反応が良ければ今後限定販売を考えているとか言ってたしな。
これでちょっと肩の荷が下りた。とりあえず男爵領の再建は進んでるし、現状で問題ない状態まで回復しただろう。
読んでいただきましてありがとうございます。




