(68) しばらく謹慎です
「ランデッガー家が長くカスタルディ家に仕えてくれていることは話しただろう。デニスも小さい時から私やパオラの世話をしてくれた。だが、何しろあの容姿と性格だ。うまく行かないことばかりだった。何とかしてやりたかったが、気づいたらああなっていたんだ」
ジェレミアは少し気恥ずかしげに話し出す。
わたしは驚きつつも、黙って耳を傾ける。
「彼女に必要なのは、そのままの自分を否定しない主なのはわかっていたが、私もパオラもそうなってやることが出来なかった。
今回、必要だったから君につけてみたが、良かったようだ」
「そ、そうだったんですか」
確かに、わたしは特にデニスを否定したことはない。そういうものだと思っていたし、顔が怖いだけで嫌な感じはしなかったから、彼女が変わり者であることなんて気にならなかった。
なぜなら――。
「まあ、わたしの方がよほど変人だと思いますから」
そう言うと、ジェレミアはなぜだかとても優しい顔をした。
すごく嬉しそうで、こちらまで嬉しくなるが、そんなにいいことを言った覚えはないぞ。と思って笑み返していると、開いたままのドアがノックされた。
はっ、としてそちらを見やれば、こちらも久々に観賞したくなる美女が少し気まずそうにしている。
「姉さんか、来るのが早いな」
「ええ、そうよね。悪いとは思ったわ。だけど、我慢できなくてね。それに大丈夫よ、これからたっぷり時間はあるから。だって、ロレーヌはしばらく外出禁止だものね」
「……え?」
突然の外出禁止宣告に固まったわたしをよそに、美女ことパオラは歩み寄って来るなり微笑んだ。
「ロレーヌ、無事で良かったわ。色々と心配したのよ。本当に、色々と……命とか、それ以外とか」
目が座っている。
最早観賞どころではない。わたしは声もなく震えあがった。ジェレミアがため息をつくのが聞こえたが、止める気は全くないようだ。
そりゃそうだよね。
こうなったら観念してパオラのお怒りを受け止めるしかなさそうである。ああ、せめて食事くらいは摂らせてほしかった。
そんなことを思って逃避しているわたしなどおかまいなく、パオラは話し始める。
「ここに来る前、ルチアにも会って来たの。もちろん、ちゃんと自分の仕出かしたことを理解させて、それからしばらく外出はしないでと言って来たわ。これで、あの子も少しは大人になるでしょう」
大人になる前に老人になりはしないだろうか、とわたしはルチアが心底心配になったが、今は見に行けない。後で行こうと心に刻んで、薄く笑う美女を見る。
「貴女はもう大人だけれど、もう少し自分の能力を知るべきね。何が出来て何が出来ないのか。その行動をとった結果がどういう状況につながるのか……ああ、そういえば貴女はそういうことを学びにここへ来たのだったわね。
ふふ、大丈夫よ、これからみっちりと教え込むから」
「ヨ、ヨロシクオネガイイタシマス」
震え声でわたしは頷く。
「あら、いい心構えだわ。ちゃんと反省しているのね……でも、それだけではだめよ」
パオラはわたしのすぐ近くに来ると、ベッドに腰を下ろしてかなりの至近距離から見つめて来た。心臓がドキドキする。全て見透かされそうなジェレミアと似た瞳に見入っていると、彼女は笑みを消して手を伸ばしてきた。手袋に包まれた美しい手がわたしの頬に触れる。
「わたしと違って、優しそうな顔よね。顔だけじゃなくて、心も同じように優しいのは知っているわ。でも、それでは自分の身も守れない。それはつまり大切なひとの心だって守れないということよ……考えてみて、貴女を愛しているひとのこと」
「それは」
頬に触れられながら、わたしはうつむいた。
パオラの視線をまともに受け止められなくなったのだ。
「今回、貴女は自分も辛い思いをしたけれど、わたしたちも辛い思いをしたの。貴女の家族もみんなよ。それはわかっていて?」
「はい」
「そうよね、わかっているわよね。だけど、傷つくのは人間の心だけじゃないわ、周囲の信頼や、評価も傷つくの。貴女のしたことはそういうことよ、それはよく覚えておいて」
わたしは顔を上げ、ちゃんとパオラの目を見た。
彼女は怒っていなかった。それでも、目に宿る思いはわかる。わたしはその想いを裏切りたくないと思った。
だから、強く頷いて見せる。
「わかりました」
「良かったわ。これからもっと厳しく行きますからね、覚悟しておいて。しばらくはここから出ないこと、いいわね?」
「はい」
きっぱり言うと、パオラは満足したのかようやく笑んだ。
それから、ぎゅっとわたしの頬をつねった。
「っ! いひゃいっ!」
「心配させた仕返しよ。この程度で済んで良かったと思いなさい」
ひと際強くつねられ、わたしは涙目になったが、パオラはすぐに離してくれた。
でもしばらくはじんじんして痛いだろう。
わたしは頬を押さえつつ、立ちあがったパオラを見る。
すると、ジェレミアが呆れたような視線を姉に投げていた。それに気づいたパオラは珍しく少しいたたまれなさそうにし、言った。
「ごめんなさい。でもそれほど強くはやってないわよ」
「何も言ってないだろ」
「大人げないって顔に書いてあるわ。わたしもわかっているのよ、それでもちょっと意地悪したかったの」
ジェレミアはパオラの言葉に笑みを返し「ふぅん」といっただけで他に何も言わない。パオラは少し嫌そうな顔をした。
頬を押さえながらその様子を見ていたわたしはと言えば、美女が拗ねるという衝撃の光景に釘づけになっていた。
心の中ではほとんど鼻血ものである。
これ以上視界を広げたり、解像度を上げたり出来ないのが悔やまれる。ただの人間のわたしの目にはそんな能力はないのだ。
何しろ、この世界にはそんなにファンタジーなことはない。
今回の件で少しだけこの世界のファンタジーな部分に触れたけれど、それだって実際にその時代に生まれた訳ではないからわからないのだ。
そんなことより、目の前にいる美男美女な存在たちの方が大切だ。わたしはパオラが次の言葉を放つまで、じっと見つめることにしたのだった。




