3日目 俺と従兄弟
愛海が遊びに来て数日が経った。
みんな仕事や学校に行っており、日雇いのアルバイトもない。今日は俺とお母さんの2人だけ。たまには冷房の効いた部屋でゆっくりするのも悪くない。
日雇いバイトを考えた人は天才だと思う。本当に素晴らしい。仕事を覚えるのは少し大変ではあるが、数時間だけの関係で後腐れなく縁を切れるし、お給料も貰える。
夏合宿の費用としての目標貯金額は65000円で、今の貯金は55000円だ。あと10000円で目標は達成となる。元々貯金はあったとはいえ余裕だな。恥ずかしい話だが、月初めにお母さんからお小遣いとして10000円を貰っている。
俺だってバイトくらいできる。だが、お母さんが夕方まで仕事で、兄貴や親父が夕方から仕事の時は、俺がみんなのご飯を作っている。今は、優香さんも手伝ってくれることが多くなり、俺の存在意義がなくなりつつあるが。
(さて、もう一眠りするか……)
そんなことを思っていると突然、部屋の扉が乱暴に開く。
「うおっ!?」と、俺から情けない声が出た。そして、1人の人物が俺の部屋に入ってきた。
最悪だ。俺は絶望した。幸せの時間を奪う悪魔がやってきた。その人物はいとこの悠真。年は7歳で茶髪ショートの小学1年生。
もう1人の妹は心春と言い、黒髪でさくらんぼのゴムでサイドを止めている幼稚園に通う5歳。妹の方は闇が深いがまだいい。だが、兄の方は手をつけられないほど生意気だ。あんまり言いたくはないが、クソガキと言っても過言ではない。
悠真は俺の部屋をジロジロと見渡して、「おい、駿! 公園でキャッチボールするぞ! 来い!」と言った。
「まだ14時だぞ? 学校はどうした?」と俺は聞くと「うるせぇ! 早くキャッチボールしに行くぞ! 公園までかけっこな!」と悠真は振り向きながら言った。
「待て!」と俺が強めに言うと、心春は振り向き、悠真はその場で「なんだよ」と呟いた。
「まずお前はキャッチボールより先に、言葉のキャッチボールを覚えろ」
「おいノロマ! はよこい!」と悠真は言って部屋から出た。俺は内心イラッとしながら、心春を抱っこして階段を降りた。
子ども2人で外に出掛けさせるのは危ないから俺が面倒を見るしかない。こいつらの母親は放任主義と言っていたが、ただの無責任な毒親。父親は別の女を作って逃げってたらしい。悪いことだが、逃げたくなる気持ちは分かる。
「あら、しゅんちゃん。悠真君たちと鬼ごっこ? 偉いわねぇ」とリビングでお茶を啜るお母さんが言った。俺は「嫌々だけどな!」と言って玄関へ向かった。
「んじゃ〜よろしく〜」と、悠真たちの母親が言った。
(誰のせいでこうなってると思ってんだよぉ! 自分の子どもの面倒くらい見ろやぁっ!)
こうして、俺はいとこの子どもを連れて公園に向かった。
家から歩いて5分にある近所の公園に着いた俺たち。心春は砂場でお城を作って遊んでいて、悠真は木を壁にして、サッカーボールをぶつけて遊んでいる。結局持ってきたのはサッカーボールかよ。
あー。あっちぃ。死ぬぅぅ。こんな真夏に公園で遊ぶとか正気か? プールとか海なら分かるが。
「おい駿! 1対1しようぜ!」と悠真が生意気に言った。「お前みたいなガキが俺に勝てるわけないだろ」と軽く言った。
「俺のドリブルはチーターより早いんだぜ!」と言いながら俺に向かってきた。
やれやれ、大人気ないがしょうがない。相手をしてやろう。
悠真は俺との距離が近づくと「俺のシザースはプロより早い!」と言いながら、シザースを披露した。だが、ドリブルが大きくボールが離れ、何もないところを内側から外側へまたぐ動作を複数回繰り返す。
(全くできてねぇじゃねーか)
俺は足元にきたボールをヒールリフトで、悠真の頭上を通してトラップして、ボールをキープした。
「はい、俺の勝ち」と俺が言うと、悔しさのあまりか俺を無言でボコスカ殴りかかる。
「ほら、アクエだ。熱中症になるから飲んどけ」
「うん」
(やけに素直だな。まあ楽でいいけど)
次は心春にアクエを渡して飲ませる。
「ねぇ。駿。ワンちゃん作ってー」と砂場を叩きながら言った。この砂で犬を作れとか面倒だな。立体に作ると時間がかかる。ここは絵として描こう。
「ふぅ。これでいいだろ?」と汗を拭きながら言うと、心春は笑顔で「うん!」と答えた。満足してもらえたなら良かった。
そして、俺は2人に「アイスを買ってやるから帰るぞ」と言い、家に戻った。
数時間で悠真たちは帰った。帰る際も色々と生意気言ってきたが全て流した。子守りなんてもうごめんだね。
その夜のできごと。夕飯とお風呂を済ませた俺は、自分の部屋でくつろいでいると。
「駿。ちょっといいか?」と兄貴から扉越しで呼び出しの声が掛かる。
「どうした?」と言いながら扉を開けた。そして俺の部屋で少し話をすることになった。
兄貴は陽菜ちゃんの現状を話してくれた。帰りが遅い理由は、中間テストでたくさんの赤点をとってしまい、期末テストも赤点が多ければ、留年の可能性が高まると。それで、心配がある人たちは居残りをして、色んな教科の先生が勉強を見てくれているという。陽菜ちゃんは勉強が苦手ってのは聞いていたがそんなに悪かったのか。
「それでな。俺は陽菜ちゃんには留年せず学校を卒業してほしいんだ」
「それで? 何か策はあるのか? 塾とか色々あるだろ?」俺はそう聞くと兄貴は悩まましい表情を浮かべながら。
「だからな、家庭教師を付けるか、塾に通うかを聞いてみたんだが、『大丈夫です。自分の力で赤点を回避してみせます。迷惑は掛けないようにします』って言うんだ」
「努力家でいい子じゃないか。迷惑ってお金のことなのか?」
「お金のことは心配しなくていいとは言ったんだがなぁ」と、兄貴が言った。
この前の中間テストの時に、勉強を見てやってくれと兄貴から言われたことはあるが、陽菜ちゃんに拒否られてしまった。
俺は本人が勉強が嫌ならしなくていいと思っている。嫌々勉強したって身に付かないだろうし。
「愛海ちゃんから聞いたが、駿は夏合宿のお金を貯金してるんだろ? 陽菜ちゃんの家庭教師を引き受けてくれたら、バイト代を出そう」
「本当か!?」と俺が食い気味で聞くと、兄貴は「あぁ!」と言って続けた。
「さらに、赤点を回避できたらボーナスを出そう。テストは来週だし、全教科は無理だろうが、1つでも多く赤点を回避してほしい」という兄貴の言葉に、一瞬気持ちが舞い上がってしまったが、「俺も断られてるしなぁ」と呟くと「駿は陽菜ちゃんになんて言われて断られたんだ?」と兄貴は言った。
「俺で良ければ、勉強見るよーって言ったら、『近寄らないで変態! クズ! ニートがうつる!』って言われて断られたんだ」
俺の言葉に兄貴は引き攣った表情を浮かべた。俺なんか変なこと言ったか? 事実を言っただけなんだが。俺は続ける。
「ところで、颯太には言ったのか? 同じクラスなんだろ? 同年齢の人なら教わりやすいんじゃないか?」
「中間テストの終わりに頼んではみたが、『フッフッフッ。奴らとの対決がひと段落したのも束の間、新たな刺客がやってくる』って言われた」
「なるほどな。聞いた俺が悪かった。陽菜ちゃん次第にはなるが、とりあえず俺が引き受けよう!」
「急で悪いが頼んだぞ」
「おうっ!」
この会話は2人だけの話だと思っていた。俺たちは知らなかった。この会話は部屋の外から何者かに聞かれていたことに。




