表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/6

エピソード6

 そうしてこうして。

 ドクターの許可が出てレイくんが復学したのは、事故から三週間も経過した頃だった。久々に見る彼は学校見学へ来ていた時より顔色も良くなり、表情も増えていた。クラスの友達に囲まれて


「青山久しぶりじゃん」

「お前俺のことも忘れてんの?」

「忘れた」

「オレのことは?」

「わかんね」

「マジかよ、レポート見せてやった仲なのに!」

 と喋ったり笑ったりしている彼を見て、私も少し安心した。こんな姿だけ見ると、彼が記憶喪失だなんて思えない。でも時折覗かせる戸惑った表情で、周囲の会話についていけてない部分もあるんだなっていうのはわかった。こういう状態だから、レイくんはしばらく半日だけの登校だと、今朝K教諭が言っていた。


 ということで、昼休みのチャイムが鳴ると同時に


「んじゃオレ帰るわ」

 そう言って、レイくんは鞄を肩に帰りかけた。

「おう、じゃーねー」

「今度は事故るなよー」

 などと軽くからかう周囲と、手を振り合っている。この時を待っていた。


 今だ! と私は勢いよく席から立ち上がり

「ニイナ!」

「うん!」

 声をかけると、横でスタンバイしていたニイナも立ち上がった。


「青山!」

「ちょっとこっち来て!」

「え?」

「いいからちょっとだけ! ね!」

 男子生徒の両腕に掴みかかる。そこへさりげなくミサミも紛れ込んでいた。女子三人に掴みかかられてる人は、体格がマッチョなわけでもない。


「何? え? 何?」

 おろおろしているのを殆ど拉致するようにして、問答無用で屋上まで連れて行った。


 昼休みの屋上は都合のいい事にガラ空きで、空は晴れ上がり天気も良い。屋上の扉の前に並ぶ(というか逃げ道を塞いでいる)女子三人の前でレイくんは鞄を抱きしめ、怯えた目をしていた。

 しかしそこについて気配りしている余裕は無いのよごめんね! 待たされてる間、こっちはジリジリジリジリしていたのですよ。これでやっと決着をつけられるんだから!


「改めて、復学おめでとう青山!」

 一歩進み出たニイナが、笑顔で切り出した。

「お。おお?」

 痩せ型で背の高い男子生徒は、選挙候補者の如く握手を求められ、混乱の真っ只中でとりあえず握手に応えている。


「そんなアナタだけにそっと教える特別大特価! 何と復学祝いで、カノジョがもらえることになりました!」

 瞳の中にお星様を煌かせ、ニイナが拳を握り締めた。ニイナ……どうしてそんなテレビショッピング的な演出にしちゃったの? アホなの? そうなの?


「……な、なんで?」

 レイくんは小さい声で尋ねてきた。そりゃ訊きたくもなる。君は正しい。でもニイナは動じない。


「何でもいいじゃん! 人生にはそういうタイミングがあるんだよ! どういうタイミングなのかはアタシも知らないが! てなわけで、この中から好きなのを選んでください! お客さんラッキーだよ? ブサイクだったら嫌だろうけど、どっちもめっさ可愛い子なんだから、こんなチャンス滅多にないよ?! ハイそれではどうぞー!」

 じゃじゃーん! と言って、ニイナはツーサイドアップをしゅるんと揺らし、大きく腕を振った。後ろへ回りこみ、私とミサミを前へ押し出す。


 話しの持っていき方が絶対間違っている……けど、もはや気にするだけ無駄と悟った。ミサミも私と同じ感想なのか、制服の袖口をいじりつつ隣でおとなしくしている。


 鞄を抱きしめ、レイくんは私とミサミを見比べてきょときょとしていた。屋上が間抜けに静まり返って、10秒後。


「えーと……この中の誰かが、オレのカノジョになってくれるってこと? そーゆー話し?」

 状況を彼なりに飲み込んで、戸惑いがちに質問してきた。

「まぁ、そうだね、うん」

 私は腕を組み、冷静に微笑んだ。しかし私の返答でもまだ納得しきれていないっぽいレイくんは、眉をゆがめて首を傾げる。


「どうしてそんな話しになってんの?」

「だからそこは気にしちゃダメだってば! こっちで色々あったの! 何でもいいからとにかく選んでよ!」

 私だってどうして途中からこんなストーリーになったのかと思ってるわ!

 強めの声で、至極真っ当な彼の疑問を遮断すると青少年は「……はあ」と反対側へ、もう一度首をかしげながらも頷いた。


「その前に、ちゃんと自己紹介した方がいいんじゃない?」

 上目遣いで周囲を見つめ、可愛らしい声でミサミが言う。かわいいアピールに抜け目が無い。だけどちゃんと自己紹介するのは、私にとっても好都合かも。

「あ……そうだね、それじゃ」

 と、話しに乗りかけたとき


「じゃあ、この子」

 こっちが名前を名乗る前に、空気を読まない彼が突然指差しチョイスした。その相手は


「は……?! あたし?!」

 茶色い触覚が、びっくりして飛び跳ねる。


 そうなのです。選ばれし者は選択肢に入っていないはずのニイナだった。青山君よ、何故『AかBか』を問われているのに『C』を選んだよ。


「ちょ?! はあああああああ?! 待っ……、まじウケるんだけど!」

 叫び声と共に、私は人生最大級のバカ面になっていたと思う。こんな選択されたら謎の笑顔が弾けるわ。ミサミも衝撃だったみたいで、口を両手で抑えた状態で動きが止まってた。


「何でこいつ?!」

「え……? や、何かいきなり色々言われても、オレもよくわかんないけど……」

 私に詰め寄られた青山君は空へ視線を逃がし、それから頬をぽりぽり掻きながらへにゃっと笑う。


「どれが一番可愛いかっていうと、この子かなって」

「意味わかんない……!」

 もう地団駄踏みそうになるっつーの! アレか。好みが変わったってことね、要するにそれね! じゃあむしろ三週間前私に告白してきたアレは事故みたいなもんだったと、それで宜しくて?!


「青山君……後で絶対後悔するよ?」

「ミサミが言うと無駄にすげー不穏なんですがそれは」

 ギリギリ聞き取れる音量でミサミが呟いた。沈黙を破った小動物の目が、灰色の光を宿している。変なスイッチ入っちゃってるよ。


「……で、どうすんのニイナ?」

 私は『選ばれし者』であるニイナに問いかけた。ホケッとしていたアホ娘は、私に声を掛けられたことで、目が覚めたような顔になる。

「え~……? うーん、青山がそこまで言うなら付き合っちゃおうか?」

 アホはどこまでもアホだった。乗り気だった。


「アンタもいい加減だよね!」

「やめてよテレる~」

「褒めてません褒めてません!」

 広やかな青空の下、私とニイナがぎゃんぎゃんやってると


「へぇ……イチカちゃんも悔しいんだ?」

 灰色の目をしたミサミが、静かな声で言い放った。

「な?!」と言ったきり言葉が続かなくなる。聞き捨てならないぞ?! 他人に私の姿がどう見えているのか知らないけど


「何で私が?!」

「だって、悔しくなければそんなに怒らないよね? すっごい怒ってるじゃん」

 小さな口でぼそぼそと、ミサミは不機嫌そうに指摘してくる。


 そ……そんなことはない。

 ギクッとなんかしてない。

 してないもん! という気持ちが増せば増すほど、自分の顔が赤くなっていく感覚がクリアになっていって

「べ、別に……! 第一この人と付き合うって決めたのも、ノリみたいなもんだったし!」

 髪をかき上げ言い返した私の声は、ハッキリ裏返っていた。


「イチカ、嫉妬は体に良くないよ」

「うっさい! どうせアンタなんてピーマンと同じポジションじゃんよ! 好みが変わって好きになったってだけの話しじゃないの?!」

 聖女の如き穏やかさで諭してくるニイナを前に、また声が一段大きくなった私へ

「まーイチカには悪いけど、何言われても、選ばれちゃったんだからしょーがないよね~」

 ピーマン女は余裕の笑顔を輝かせている。ああ、ぶん殴りたい。恋愛問題とか関係なく人としてこいつをぶん殴りたい。そう考えてしまう今の私には、それなりの正当性があると確信しているが


「それでも天穹に煌く太陽よりイチカさんが最大級に眩しい真実は微動だにしませんから!」

「出てくんな黒田! 話がこじれる上にどこから出てきたの?!」

 背後に急遽出現した黒田のせいで、怒りが全部そっちへ持っていかれてしまう。屋上への入り口は、さっきから誰も開けていないのにコイツどうやって入り込んだ。寄り付き方に狂気を感じる。


「ねぇ、オレ達付き合ってたの?」

 見物していた青山くんが、ほよよーんと問いかけてくる。のん気過ぎる態度が、イイ感じに私のイライラへ油を注いでくれた。

「そうですよっ!!」

「それさ、結構大事なことじゃない? 何で黙ってたの? 先に言ってよ」

 刺々しい私の口調にも、彼はびくともしないで問い返してきた。


「何でって……忘れる方が悪いんでしょ!」

 ぐちゃぐちゃになっていく頭で、私は八つ当たりに近いことを口走ってしまう。


 こっちだってさっさと打ち明けたかった。でも色んなつまらない事情とか、ミサミとかミサミとかミサミとかがそれを許してくれなかったんだー! と思う頭の片隅で、こんなくだらない理由に振り回されてた自分のバカさ加減に、どんどこ嫌気が差してきた。同時に力が抜けてきた。脱力状態の私の前で、


「すんませんでしたごめんなさい」

「そんなスーパー素直に謝られたら私は逆にどうしろと……」

「謝らなくても良くない? 忘れたのは事故のせいで、青山のせいじゃないでしょ?」

礼儀正しく頭を下げる青山くんの隣に、ニイナが寄り添って言う。さっきから全開の余裕と、早くも若干の彼女ヅラ入っているのがムカつきます。すると私たちの間へ、ミサミがずいっと割り込んできた。くりくりした瞳が、恨めしそうに私を見上げる。


「イチカちゃん嘘ついたね……『付き合ってた』ってことは言わない約束だったのに」

「アンタが勝手に決めただけでしょ!」

 さすがにここは間髪入れず、ショートヘアに切り替えした。脳内でズンドコ話しを書き換えるミサミに、これ以上付き合わされてたまるか。

「じゃあアタシだって約束破る」

「え?」

 青山くんへ向き直ったミサミは、両手を胸の前で握り締める。相手を見上げ


「あのね、青山君のこと一番長い間好きなのは、アタシなんだよ?」

 告白大会をスタートさせた。今までの段取りも周囲の状況も関係ありません。告られた方は自分を見つめてくるちっちゃい女の子を見下ろして、目を瞬かせていた。

「そうなの?」

「そうなの。小学生の頃から好きだったの」

「あそー……」

 ミサミの健気な告白に青山くんが頷いたとき


「待ちたまえ黄ノ下。俺らと青山の出身小学校は違うぞ」

「あー、ちょっと間違えた。中学校の頃から好きだったの」

 黒田の指摘を受け、ミサミは不都合な部分を訂正する。

「うそくせえー!」

ニイナと私がハモった声にも

「は? 何言ってるの? 好きな時間が長ければエライって話しじゃないでしょ?」

ミサミは逆ギレている!

ホントこの娘怖いわー。出任せ言うのに一切躊躇が感じられない。将来立派な詐欺師になるよ……。そしてここに黒田がいてくれて良かったと、生まれて初めて思いました。嬉しくないです。


「いやぁ、何かオレ、前世でめっちゃモテてたんだなー」

 青山は周りの騒ぎを見て、ウキウキした表情で首の辺りを掻いている。喜んでる場合か。ここは意外と修羅場だぞ。


「そこまでモテてはいなかったから。それとまだ死んでないから」

「そんで、どうする青山? ミサミとあたし、どっちにするよ?」

 私とニイナに交互に言われ、能天気なモテ男は少しびっくりした風に私を見た。


「あれ? 赤羽根さんはもう入ってくれないの?」

「さっき私のこと選ばなかった人が何言ってんの?!」

「だって、さっきは色々と情報規制されていたわけだし……」


 こ、こここコイツ何を抜けぬけとおぉーッ?!

 という驚愕は、臨界点を越えてしまった私の口から出てこなかった。どうにかこうにか口を閉じ、一回大きく深呼吸という名の溜息をついた後


「もういいじゃん、ニイナと付き合えば?」

 風に舞い上がる長い黒髪を片手で撫でつけ、ぷいっと顔を逸らした私の正面で

「そお? んじゃそうするか」

「わーい」

「ちょっと待てーいッ!」

 『わーい(*´▽`*)』じゃねえよ! こんな超お手軽簡単に決められたら、反射的に止めざるを得ないでしょうこんちきしょーがッ。


「やっぱダメ! 腹立ってきたからやっぱダメー! 許さーんッ!」

 気付いたときには私は両手をジタバタ振り回し、人生で記憶にある限り最高に見苦しく喚き散らしていた。

「わかった! もういい!」

 つかつか歩み寄り、勢い任せで青山くんの胸倉を掴むと


「絶対もう一度私のこと好きにさせてやるからね!」

 鼻先がくっつく寸前の距離で宣言していた。


「ホント? ……楽しみ」

 胸倉掴まれてる青山くんは、柔和に微笑んだ。『楽しそうに見えるのは気のせいですか?』とささやかな疑惑が芽生えたついでに、私の脳裏でもう一つの根本的な疑問がパチンと弾ける。


 ねぇ、今もキミは


――――キミは本当に、記憶喪失なんですか?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ