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タイトル未定2026/07/04 22:04

竜水が突如発した不意打ちのような提案。俺、高城律人は即座に……


「行かな」


「えっ!? 行く!」


俺が言い終わるより早く、日向坂は食い気味に身を乗り出した。早すぎるだろ。


手に持っていたメロンパンの袋をグシャッと音を立てて握りしめ、目をこれ以上ないほど見開いている。その勢いに押され、差し出されたチケットを持つ竜水の手がわずかに後ろへ引かれたほどだ。




「おい、竜水。お前、何を勝手に……」




「いやいや。チケット無駄にするのももったいないっしょ」




抗議の声を上げた俺に対し、竜水は悪びれる様子もなく肩をすくめた。


そして、俺にだけ聞こえるよう声のトーンを一段落とし、ニヤリと口角を上げる。




「それにさ、これも『計画の遂行』に協力してるんだけど?」


「……っ!」


俺は一瞬だけ言葉に詰まった。


たしかに、竜水の提案には問題がない。


日向坂からの好意は甘んじて受け入れる。


時には一緒に過ごす。


散々尽くさせる。


しかし絶対に好意を返さず、最終的にはこっぴどく振る。


その過程において、二人で映画に行くと言う展開は少しもおかしくはない。


ただたんに、反射的に抵抗があっただけだ。


……いや、ほんとうにそうなのか? 問題ないのか?


考え込む俺を尻目に、竜水は「はい」とあっさりと日向坂にチケットの一枚を渡してしまった。




「あ、ありがと……っ!」




チケットを両手で受け取った日向坂は、まるで国宝でも授与されたかのようにそれを胸元に抱きしめ、頬をこれでもかというほど緩ませた。こうなってはもう仕方がない。




「……おい、日向坂」


「はいっ!」




俺が低く呼びかけると、彼女はビシッと背筋を伸ばし、潤んだ大きな瞳で俺を真っ直ぐに見つめてきた。背後に幻覚の犬の尻尾が見えるほど、テンションが振り切れている。


俺はなんとか主導権を握り返すべく、意図的に声を冷たくした。




「勘違いするな。観に行くのは、俺が見たかった深夜アニメの劇場版だぞ。お前みたいなのが見て面白いような、オシャレな恋愛映画なんかじゃない」


「うんっ! 全然いい! むしろアニメ見たかったし!」


「……別におごらないぞ。チケット代以外のポップコーンもジュースも、完全に割り勘だ」


「うんうん! 自分の分は自分で払うの、当たり前!」


「行き帰りも一緒に行動する気はない。現地集合、現地解散だ」


「わかった! 現地集合ね! 絶対に遅れないように行く!」




ダメだ。何を言っても、食い気味に全肯定してくる。


俺が突き放すために並べ立てた条件を、日向坂は顔を真っ赤にしながら、ちぎれんばかりの勢いで首を縦に振って了承していく。むしろ、条件を出すたびに「たかじょーくんとのお出かけルール」が増えるのが嬉しいとでも言わんばかりの前のめりっぷりだ。




「……勝手にしろ」




これ以上の牽制は無意味だと悟り、俺は深くため息をつきながら視線を逸らした。




「やったぁぁぁ! 週末、映画! たかじょーくんと映画っ! えへへ、じゃあまた後でね! メッセする!」




日向坂は抱えていたメロンパンを胸に押し当てたまま、スキップでもしそうな足取りで中庭を去っていった。風に揺れる金色の髪が、春の日差しの下でやけに眩しく見えた。




嵐のような『陽』の気配が遠ざかり、中庭に再び静寂が戻る。


俺はベンチに深く背中を預け、忌々しげに隣の竜水を睨みつけた。




「……あいつは、なんなんだ」


「ん? 何って、日向坂ちゃんが?」


「そうだ。中学の時、散々人をコケにしてフッたくせに。俺がちょっとばかり成績が良くて弓道で結果を出して、……まあ、イケメン扱いされるようになったからって、今更あんなふうにすり寄ってくるなんて、打算的にもほどがあるだろう」




腹の底に燻る黒い感情を、言葉に乗せて吐き出す。


そうだ。あいつは俺のガワしか見ていない。ハイスペックになった俺というステータスに群がっているだけだ。あの笑顔も、必死な態度も、全部そのための演技に決まっている。




俺のトゲのある言葉を聞いて、竜水は残っていた紙パックのジュースをズズッと音を立てて飲み干した。




「たしかにねー。あの必死さ、日向坂ちゃんの普段のキャラ考えるとなんか変な感じするんだよな」


「……だろう? 都合が良すぎるんだ」


「でもさ、べつにそれならそれでよくね?」




空になった紙パックをゴミ箱へ放り投げながら、竜水は飄々とした声で言った。




「だって、りっくん今、他の女子からも遠巻きにモテてるじゃん。その子たちだって、結局はりっくんの『学年トップで弓道つよつよのイケメン』っていうスペック見てキャーキャー言ってるわけだし。スペックで評価されるのって、そんな悪いこと?」




俺は、即答することができなかった。


言われてみれば、竜水の言うことはもっともだった。


俺は、あいつに見返してやるために、見下された惨めさを燃料にして死に物狂いで努力してきた。その結果として手に入れたのが、今の『ハイスペックな高城律人』だ。


血の滲むような努力の結晶である今の俺が、高く評価される。それは、俺自身が勝ち取った正当な対価であり、誇るべきことのはずだ。スペックで惹かれる女子を否定するいわれはない。


なのに、なぜ日向坂にそれをされることだけが、こんなにも腹立たしく、許せないのか。




「……あいつは、都合が良すぎるんだ」




俺は腕を組み、明確な事実として結論づけた。




「一度俺を見下して捨てたくせに、価値が上がった途端にすり寄ってくるなんて、打算の極みだろう。俺は、あんな打算的なギャルではなく、俺の中身をちゃんと見てくれる純粋な子がいいんだ」




自分の中の完璧な論理を展開した俺を見て、竜水は「ふーん」と短く鼻を鳴らした。


どこか呆れたような、それでいてひどく見透かしたような眼差しが俺を捉える。




やがて竜水は小さく肩をすくめた。


 「りっくんってさぁ……けっこうビビりだよね」


「は? 俺が? 何言ってんだお前」




「まあ、いいんじゃね。ザマァ計画でもなんでも、好きにやれば。……りっくんの『リハビリ』にもなるでしょ」




「……リハビリ?」




聞き慣れない文脈の言葉に、俺は思わず眉をひそめた。




「そ。せいぜい週末の映画、楽しんできなよ」




竜水はそれ以上語ることはなく、ヒラヒラと手を振ってベンチから立ち上がった。


俺は一人残された中庭で、春風に揺れる木々の葉音を聞きながら、竜水の残した言葉の意味をしばらく考え込んでいた。



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