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元カノ、ザマァされる?


「たかじょーくんと、やり直したいの。もう一度、恋人同士に……なってほしい」




春の微風が、校舎裏に桜の花びらを散らしていく。




 高校二年の春、クラス替え初日の放課後。人気のない旧校舎の裏手で、彼女と向き合っていた。彼女は、頬を舞い散る花びらと同じ色に染め、声を震えさせている。




 ハニーブロンドに染められた髪の隙間から、明るいブラウンのインナーカラーが覗いている。少し着崩した指定のブレザー、絶妙な長さのチェックスカート。漂ってくるのは、春の陽だまりのような、甘くて爽やかな香り。




 日向坂愛瑠。




 中学時代、俺が付き合っていて――そして、完膚なきまでに俺をフった元カノだ。


ついに、この時が来た……っ!




 俺は心の中で、俺にしか聞こえないファンファーレの音を感じていた。




 二年前。俺はこいつに『地味だから超つまんない。ハイスペな人と付き合いたい』と、冷酷に切り捨てられた。その日から無視され、元々していた約束の場所では五時間も待って、それでもこいつはこなくて、俺はトボトボと帰った。




あの日の惨めさと悔しさは、今でも胃の底が熱くなるほど鮮明に覚えている。


 だから俺は、自分を変えた。




 ラノベやネット小説でしか見たことのない『成り上がり』を現実にしてやるために、陰キャ特有の異常な集中力と執念を、すべて勉強と弓道に注ぎ込んだ。血反吐を吐くような二年間だった。




 結果、俺は学年トップの成績をもぎ取り、私設道場で磨き上げた弓道では全国区に名を連ねるまでになった。一部からは『ストイックで寡黙な文武両道のイケメン』なんて持て囃されることもあるが、その実態は、女子にどう対応していいか分からず結果として無愛想をキメているだけの、悲しきコミュ障の成れの果てだ。




 だが、そんなことはどうでもいい。




 俺はハイスペックになった。そして今、かつて俺を見下した元カノが、復縁を求めて頭を下げている。




 完璧なシチュエーションだ。ネット小説で何回か読んだ、至高の『ざまぁ』の瞬間である。




 ここで鼻で笑い、冷徹な一瞥をくれてやるのが、復讐の作法というものだ。




「……悪いけど」




 言い放ってやろうとした俺の喉は、ひどく乾いていた。




 視界に入る日向坂のルックス及び顔面偏差値が、高すぎるのだ。




 肩にかかる透き通ったアッシュブラウンの髪。そこから覗くのは、夕日の光をはらんで眩いほどにきらめく、光に映える艶やかな髪。トレンドを押さえた緩めのネクタイに、第一ボタンを外した白シャツ。そこから覗く、驚くほど華奢で真っ白な鎖骨が、夕暮れのオレンジ色に染まっている。




 短いスカートから伸びる細い脚は健康的な美しさを放ち、驚くほど整ったスタイルは、ただ立っているだけで周囲の空気を華やかに塗り替えてしまう。




 そして何より、その顔立ちだ。




 丁寧に整えられた長い睫毛に縁取られた、こぼれ落ちそうなほど大きな瞳。涙袋には絶妙なラメが乗り、潤んだ瞳がじっと俺を射抜いている。ほんのりとさくら色に色づいた頬、そしてぷるんと濡れたような桜色の唇が、かすかに震えていた。




 これが俺の元カノとかマジか。と思う。




 相変わらず、いや、中学時代を遥かに凌駕するレベルで、反則的なまでに無駄に可愛い。誰にでもフレンドリーで、皆の人気者で、スクールカースト最上位のギャルが、今俺だけを真っ直ぐに見つめている。




 唇を震わせて、泣きそうな瞳で。




 だが、ここで負けてはならない。




俺の二年間の日々を、肯定するためにも。




高校に入学してからの丸一年間、俺と日向坂は別のクラスだった。




 廊下ですれ違っても言葉を交わすことすらない、完全なる疎遠。中学時代の俺しか知らない日向坂にとって、今の俺は遠い世界の住人に見えていたのかもしれない。




 ぶっちゃけ、もうあいつに接触する機会すら永遠に訪れないんじゃないか、俺の「ざまぁ」計画は未遂のまま終わるのではないかと、半分諦めかけていたのだ。




 ――だが、神は俺を見捨てなかった。このチャンスを逃すわけにはいかない。




 ここは冷徹な笑みを浮かべ、完璧な台詞で突き放してやる。さあ、言え。俺の口よ、冷酷に告げるのだ。




「い、今更……っ」




 しかし、いざ言葉を発しようとすると、声が裏返りそうになった。




「今更、戻ってきても……もう、遅い……から」




 ……しまった。氷のように冷たい声で言い放つもりが、根の陰キャ気質と、目の前の日向坂のあまりの可愛さに生じた妙な罪悪感が邪魔をして、冷酷になりきれなかった。


 だが、言った! 俺は確かに言ったぞ!




 これで日向坂は絶望に顔を歪め、泣き崩れるはずだ。少し心が痛むが、これは彼女の自業自得だ。




「……そう、だよね……」




 日向坂は、スカートの裾をぎゅっと握りしめ、ほんの一瞬だけ哀しそうに俯いた。


 これだ。これが、曇らせ、というやつだ。――そのはずなのに。




 その表情を見た瞬間、俺の胸の奥でドクン、と嫌な音がした。




 ――やりすぎたか? いや、でも、俺は悪くないはず……。




 俺がわずかに動揺し、思わず手を伸ばしかけた、次の瞬間。




「……だよねー……。おっけー! あははー!」




 バッと顔を上げた日向坂は、泣き顔をミリ秒で引っ込め――いや、違う。目の奥にはまだ涙が余っていて、夕日に反射して痛々しくきらめいている。なのに、無理やりにひまわりのような満面のスマイルを咲かせていた。




「えっ……?」




 俺は思わず間抜けな声を出してしまった。




「今更もう遅いね! 了解了解!」




 声が、ほんの少しだけ震えている。なのに、日向坂は元気よく頷き、パンッと手を打つ。




「でもあたし、絶対に諦めないから!」




「は……?」




「今日から『第二ラウンド』スタートね! 覚悟しといてよ、たかじょーくん!」




 そう宣言すると、日向坂は「じゃあね!」とちぎれんばかりに手を振り、短いスカートを危いラインまで見えるくらいに翻して、猛ダッシュで校舎裏から走り去っていった。




……。


 …………。




 誰もいなくなった校舎裏で、俺は一人、ポカンと立ち尽くしていた。


 なんだ、あれは。




 俺の知っている「ざまぁ」の展開と全く違う。普通、もっと悔しがって引き下がるか、泣いてすがるじゃないのか?




それに……なんだ、あの笑顔は。泣きそうなくせに笑った、それなのに眩しい笑顔。


 突き放したはずなのに、完全に処刑完了したはずなのに。




 なんで俺の心臓は、こんなにザワザワとしているんだ。

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