60. 消えたおもちゃと戦の足音
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翌朝、工房では。
カイルが、綺麗さっぱり消えた在庫を見て、静かに額を押さえた。
「……大量の『おもちゃ』が盗まれていますね。大きさも素材の重厚感も、本物とは全く違うのですが。……王国の密偵は、目が節穴なのですかね?」
報告を受けたギルバートは、特に驚く様子もなく、ふっと冷ややかな口角を上げた。
「リリアと戦った時の、あの腑抜けた兵士たちを見ただろう。自分の目で本質を見抜く力すら、とうの昔に失っている」
「なるほど。今の彼らにとって、光って大きな音が出るものこそが『最強の兵器』に見えるというわけですか。皮肉なものですね」
カイルが手帳を閉じると、ギルバートは窓の外、王国の方向を見据えて目を細める。
「仕掛けてくるまでに……彼ら、これが『おもちゃ』だと気付きますかね?」
「どうだろうな。手に入れただけで満足して、悦に浸っていそうな予感もするが。……カイル、賭けてみるか?」
「ふふ、当日まで気付かない方に金貨を。……実戦の当日までのお楽しみですね」
カイルは指先で静かにメガネのブリッジを押し上げると、レンズの奥の瞳を冷たく光らせた。
「戦場で高らかに愉快な変身音が響くのを、彼らがどう受け止めるか見ものです」
ギルバートは満足げに頷くと、表情を険しくして命じた。
「あぁ。だが、入国管理はより厳重にしろ。鼠一匹、この領地の『秘密』には触れさせるな」
「はっ! ……やはり彼ら、戦争を始める気でしょうか」
「十中八九そうだろうな。王国に潜ませている密偵が、隣国と手を組んだところまでは掴んでいるが……隣国がどんな手を使ってくるのかまでは掴めていない。予め、城の者全員に周知させておこう。ルーナの言う『守るための』武器生産も急がせよう。騎士団達には新武器と盾、あとは……」
「『あれ』ですね」
「あぁ、『あれ』だ」
二人が「変身ベルト」の準備について不敵な笑みを交わしている頃、別室では――。
ルーナがネレイスとカイエンを前に、鼻息荒く切り出していた。
「カイエン、有給とって! ネレイスも一緒に、装甲用の素材わんさか取りに行こう!」
「へ!? まぁ、多少ドリファク(ドリームファクトリー)落ち着きましたから別にええねんけど、どないしはったんです? 急に鼻息荒うして」
「(いい感じに略称つけたな……)ちょっとね……ここだけの話、隣国と戦争になりそうで」
「せ、戦争でっか!?」
ひっくり返るような声を出すカイエンに、ルーナは真剣な、それでいて底冷えするような瞳で語り始めた。
「カイエンが来る前の辺境領って、エルバイン王国っていう隣の国にいいように使われてたのよ。聖女の恩恵もないのに法外な税収に、魔物からとれた魔核を搾取されたり。で、色々あって独立することにしたの。そしたら逆恨みされちゃったみたいで」
「そんなん、絶対おかしいですやん! 筋通ってへんわ!」
「でしょー!? 正直、ここまでバカだったとは思わなかった。賠償で済ませてあげようと思ったのに、やっぱりあの時潰しておけばよかった!」
「(ヒィッ、この奥様、こういう時だけ目がマジで怖いのよ……!)」
冷や汗を流すカイエンの横で、ネレイスが面白そうに喉を鳴らした。
「なんだいなんだい、早速戦争かい?」
「できるだけ穏便に事を済ませたかったんですが、あちら側の頭が弱いみたいで……。でも、私はこの力を『守る』ためにしか使わないつもりです。そこは信じてもらえたら嬉しいです」
ルーナの真っ直ぐな、けれど決意の固い瞳に、ネレイスはふっと毒気を抜かれたように笑った。
「……まぁ、この数日間色々見させてもらったが、本当にお前さんは子どもたちを喜ばせるような建物ばかり作っているからね。そこは信用してるさ。それに、敵さんは『おもちゃ』を持ってったって? 面白くなってきたじゃないか。私もその面を拝んでみたい。協力してやるよ」
「いいんですか!? 助かります!」
「……へい、ワイも喜んでお供させてもらいますわ」
数日後。窓の外では雪がチラつき始めた。
工房の床を埋め尽くしたのは、カイエンとネレイスが極寒の深海から運び出した、大量の希少素材だ。
「……こんな真冬に海に入れるとか、ネレイスとカイエンの体どうなってるの……。なんで風邪ひかないの……? でも、本格的に降る前で良かったわ」
震える手で温かいお茶を啜りながら、ルーナが呆れ半分、尊敬半分に呟く。すると、カイエンがタオルで髪を拭きながら、事もなげに返した。
「まぁ、ワイら元人魚やさかい。この程度の冷たさ、実家のお風呂みたいなもんですわ。マリーナは、あの時飲んだ人間になる薬が弱かったから無理やと思いますけど、ワイらは根性が違いますねん」
「人魚の根性論……。そういえばネレイスも元人魚でしたね……」
「フン、今の私は魔女だがね。だが、海の底に眠るガラクタを拾うくらい、造作もないことさ」
濡れた髪をかき上げるネレイスの姿は、寒さを微塵も感じさせず、どこか神秘的ですらあった。
(……私の知ってる人魚姫の話と地味に違うんだよね。むしろ、なんで人魚姫の話まで絡んでるんだろ。ここが乙女ゲームの世界だっていうのと関係あるのかな)
ルーナは一瞬、思考の迷宮に足を踏み入れそうになったが、「まぁ、今考えても分かんないからいいや」と即座に考えるのをやめた。今は考察より、目の前の素材を「最強の装備」に変える方が先決だ。
ここからルーナの本領発揮である。前世の記憶をフル回転させ、思い出せる限りのデザイン画を大量に描き上げた。それをマキナが驚異的な速度で形にし、ネレイスが自らの闇魔法をコアに封じ込めていく。
「私は……私は今……何を見せられているんだ……夢かな? 映画館に来てる? いや、リアルヒーローショー?」
訓練場に並ぶ色とりどりの装甲サンプルを前に、ルーナは感動のあまり語彙力を失っていた。隣でネレイスが「ルーナも変身してみるかい?」と誘ってくれたが、ルーナは全力で首を振って辞退した。
(推しを身に纏うなんて恐れ多くて無理! 推しは眺める派だから! 尊すぎて消えちゃう!!)
そんなルーナの横で、模擬戦が始まった。
驚いたのは、事務方だと思っていたカイルが、颯爽と訓練場の中心に立ったことだ。
「さあ、始めましょうか」
カイルが『ソードルクシア』を抜いた瞬間、空気が変わった。
眼鏡を光らせ、無駄のない動きで騎士たちの攻撃を次々と受け流していく。その身のこなしは、間違いなく一流の武官のそれだった。
「そういえばカイルさんの戦ってるところ初めて見たかも!しかもめちゃくちゃ強いね…!?」
驚くルーナに、横にいた騎士が誇らしげに教えてくれた。
「奥様、驚かれましたか? カイル様は、我がヴォルフラム騎士団の『副団長』ですからね」
「ふ、副団長ー!? 事務次官的なポジションかと思ってた! 有能すぎない!?」
カイルは襲いかかる精鋭たちを、まるであしらうかのような流麗な剣捌きで圧倒していく。事務服の袖を捲り上げ、冷静に戦況を支配するその姿は、ギルバートの「右腕」としてこれ以上ない説得力に満ちていた。
そこへ、重厚な足音とともにギルバートが歩み出る。
「カイル。私が相手をしよう」
「……やれやれ、団長自らお出ましですか」
カイルが不敵に口角を上げると、周囲の騎士たちが一斉に息を呑んで道をあけた。
辺境最強の騎士ギルバートと、その右腕カイル。
二人の剣が交差した瞬間、キィィィィン!! という鼓膜を震わせる衝撃音が響き渡る。
ギルバートの一撃は、岩をも砕くような剛剣。対するカイルは、柳のようにしなりながらその力を逃し、急所を的確に狙う神速の剣。
火花が散り、砂塵が舞う。もはや模擬戦の域を超えたその攻防に、ルーナは瞬きするのも忘れて見入っていた。
さらにそこへネレイスも参戦し、圧倒的な魔力と体術で騎士団の精鋭たちと互角以上に渡り合う。その姿は、文句なしに格好いい。
(……みんなかっこよ。好き……。ここまで戦力差がつくと、王国側の人たちが可哀想に思えてくるわ……)
訓練場に、ギルバートの厳格な声が響き渡る。
「敵が攻めてくるのは春頃だと連絡が入った。第一部隊にはテトラシールドを中心に、第二部隊はルクシライザー、第三部隊はソードルクシアを配備する。……そして、ベルトを装着できるのは選ばれた騎士のみとする。皆、励むように」
「「「はい!!!」」」
騎士たちの返事には、かつてないほどの熱がこもっていた。
「俺、絶対ベルト部隊になりてぇ!」
「俺も俺も! 新しいシールドも格好いいけど、やっぱりベルトだよなぁ!」
「今度の選抜大会で決めるんだろ? 燃えてきた~!」
騎士たちにとって、この装備はもはや単なる防具ではなかった。
「鎧と違って軽いし動きやすいのに、めっちゃ丈夫だしな。剣とか銃がなくても、接近・格闘戦に特化できるのがいいよな」
「それに、なんか『刺さる』デザインなんだよな……」
「わかる、わかるぞ……」
「大会が楽しみだぜ!」
期待に目を輝かせる騎士たちの背後で、ルーナは(……これ、戦場がコスプレ会場みたいにならないかな?)と一瞬だけ不安がよぎったが、格好いいからヨシ! と即座に思考を放棄したのだった。
訓練場の喧騒とは対照的に、城の奥まった一角には重苦しい空気が流れていた。
「戦争……」
アルスとエルナの小さな肩が、微かに震えている。ルーナはその二人を抱き寄せ、静かに、けれど力強く告げた。
「大丈夫よ。お父様とお母様が、必ずこの領地を……この国を守るから」
「俺も戦う! この時のために父上と修行してきたんだ!」
「わたしも! この力でこの国を守るの!」
子供たちの真っ直ぐな瞳。その勇気は誇らしい。けれど、ルーナは首を横に振った。
「アルス、エルナ……今回の規模は大きすぎる。子供を戦争に参加させるなんて、私にはできない。わかって……」
背後から、セレスティア、マリーナ、そしてシェロンが歩み寄る。
「わたくしも戦いますからね」
「アタシも!」
「……ダメよ。あなたたちは、子供たちにとって大事な『キャスト』なの。怪我なんてさせられないわ」
ルーナの拒絶に、セレスティアが力強く一歩踏み出した。
「その子供たちを守れないで、本物のヒロインになんてなれないですわ!あの方達はもう、親ではありません!ルーナはあの時言ったじゃありませんか!隠すから、弱みに付け込まれると。『手を出したらタダじゃおかないわよ』って、世界中に堂々とアピールして、誰も手が出せないくらい最強になればいいと!」
かつて自分がセレスティアを救った時に放った言葉。それが今、ブーメランのように、けれどこの上なく心強いエールとしてルーナの胸に突き刺さる。
『ボクも絶対戦う! あの子たちを守るんだー!』
シェロンもまた、小さな体で精一杯声を張り上げる。
「セレスティア……。……お願い、聞いて」
ルーナは震える吐息を飲み込み、彼女たちの肩を掴んで、真剣な眼差しで見つめた。
「王国側は隣国と手を組んだみたい。第二王子からあなた達の情報も掴んでる。……なら、絶対対策をしてくるはず。真っ先に狙われるのはあなた達よ。表に出れば、それを逆手に取られる可能性がある。だから……ここは私たちに任せて欲しいの。セレスティア、マリーナ、お願い。子供たちを守る『最強のヒロイン』として、一番近くにいてあげて」
ルーナは一度目を閉じ、深く息を吐く。
(……みんなを危険に晒すわけにはいかない。国民も、騎士も、誰一人死なせたりしない)
次に目を開けた時、そこには迷いのない「王妃」の顔があった。
「まかせて。手を出したらタダじゃおかないわよって、ヴォルフラム国として、王妃としてアピールしてくるから!」
ルーナの必死で、かつ力強い訴えに、セレスティアたちは唇を噛み締め、静かに頷いた。
「わかった……。でも、危なくなったらすぐ呼んで。私たちは、いつでも準備はできてるから」
「ありがとう……」
ルーナはそう微笑むと、再び訓練場の方へと視線を向けた。その瞳には、子供たちの日常を壊そうとする者への、静かな怒りが宿っていた。そしてその怒りは、やがて王国を震撼させることになる。




