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辺境に追放された悪役令嬢、特撮オタク保育士の知識で領地を聖地化したら死神公爵に溺愛されました  作者: 栗原林檎


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49. 闇の脚本(シナリオ)

魔女はかつて、海の国王を愛していた。

誰よりも美しく。誰よりも完璧に歌い。

――そして誰よりも、舞台の上で輝いていた。


そう、信じていた。


それなのに。国王が選んだのは、あの女だった。

私より、ほんの少しだけ歌がうまいだけの女を。

海の王国は祝福に包まれていた。白珊瑚で飾られた王宮。真珠の光が揺れる大広間。天井から降り注ぐ、透き通る水のカーテン。

玉座の前。純白のドレスを纏った王妃が、微笑んでいる。――あの女。

その隣で、王は優しくその手を取った。


「共に、この国を守ろう」


歓声が上がる。拍手。祝福の歌。

そして――私の居場所は、どこにもなかった。

 

舞台の中央には、立てなかった。

どれだけ完璧に歌っても。どれだけ練習を重ねても。どれだけ、彼を想っても。

選ばれなければ、意味がない。

 

(ああ……そうか)

 

これは、最初から“私の物語”ではなかったのだ。

 

祝福の光が、やけに眩しかった。胸の奥で、取り返しのつかない何かがひび割れた。

そのとき。足元に、黒い一冊の本が落ちた。

それはまるで、この瞬間を待っていたかのように。

 

――闇の脚本。

 

そこには本来起こるべきだったマリーナの悲劇が書いてある。

本来なら、マリーナの姉たちの嫉妬を利用し「お前は出来損ないだ」と日々囁かせ、その心をじわじわと削り取るはずだった。

自信を失い、居場所を失った彼女に、救いのふりをして「秘薬」を渡す。そして、地上で泡となって消え、絶望した王から私が国を奪うはずだった。


私は、笑った。

 

あの夜。月光の下で。私は、自らの美貌を差し出した。

――喉が裂けるほどの痛みと引き換えに。

二度と舞台に立てないと知りながら。代わりに手に入れたのは。永遠に消えない、闇の力。

 

ネレイス。それが、私の名。



パタン、と本を閉じる。

暗い玉座の間。跪く影がひとつ。


「お、お呼びでしょうか、我が主!」


カイエン。忠実な部下。私はゆっくりと立ち上がる。

 

「なるほど、私の大事な大事な秘薬を盗んだのはマリーナ姫だったのかい……」


先日のステージは、海底の隅々まで噂になっていた。自由な歌、不思議な衣装、そして何より、足が生えて地上で踊る人魚の姿。


「はいいぃぃ! 申し訳ございません!」

「お前の管理不足でこうなったんだ……責任は取ってもらうよ。海の王国を乗っ取る計画がパァだ」

 

ふっと、笑う。

 

「でも、物語はまだ終わっていない。悲劇は、書き直せる」

 

闇の脚本を撫でる。指先に触れるインクが、憎しみに濡れて震えた。

 

「カイエン。陸へ行くんだよ」

「……陸、ですか?」

 

「ああ。私が

――新しいストーリーを書いてやろう」

 

深海の闇に、ネレイスの冷ややかな笑い声が響き渡った。

次に幕が上がるのは。海ではなく、陸の舞台。

数日後。



┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

海でのサプライズライブから数日後。

ヴォルフラム領の海岸沿いでは、ギルバートとカイル、そして数人の騎士や建築士たちが、ルーナマリアの描いた「潮風に強い野外ステージ」の設計図を広げ、整備を進めていた。


「あ、あの……」


一人の女性が、警護の騎士に声をかける。

波打つ銀髪、透き通るような肌。その絶世の美しさに、百戦錬磨の騎士たちですら、思わず釘付けになり、ぽーっと頬を染めた。


「ギ、ギルバート様!」

「どうした」

「……この方が、路頭に迷っているそうでして。その……放っておくわけにもいかず」


騎士に連れてこられたその美女――カイエ(中身はカイエン)は、内心で冷や汗を流していた。


(……どないしよ! ネレイス様に『美女にしてやるから潜入しろ』言われたけど、路頭に迷うまでの細かい設定、何も考えてへんかったわ!)


ネレイスに無理やり女の体にさせられたカイエンは、必死に「幸の薄い美女」を演じようと肩を震わせる。


「……で?」


ギルバートの第一声は、氷のように冷たかった。


「へ?」


予想外の反応に思わず素の反応を返してしまう。


「いい大人だろう。自分の身の振り方くらい、自分でなんとかしろ。……行くぞ」


(……嘘やろ!? このビジュアル見てその反応!? 鬼か! この旦那、血も涙もあらへんのか!)


カイエが呆然とする横で、カイルは苦笑しながら眼鏡を指で押し上げる。


(……まぁ、当然の反応ですね。絶賛求婚中の旦那様が、こんな奥様に誤解されそうな『問題の種』を自ら連れ帰るわけがありません)


「あ、あの! そんなことおっしゃらずに! 本当に困っているんです。行き場も、頼れる人もいなくて……!」


(ヤバイヤバイヤバイ! このままやとネレイス様に海の藻屑にされてまう!)


必死に食い下がるカイエに、カイルが溜息をつきながら助け舟を出した。


「……はぁ、分かりました。とりあえず、城まで。一時的な保護ということで、旦那様、よろしいですね?」


「チッ……」


あからさまな舌打ち。


(……舌打ちしはったで、この人。こっわ……! ワイ、生きて城を出られる気がせぇへんわ……)


こうして、魔女の刺客・カイエ(ン)は、最悪の空気の中でヴォルフラム城へと足を踏み入れることになった。



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