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辺境に追放された悪役令嬢、特撮オタク保育士の知識で領地を聖地化したら死神公爵に溺愛されました  作者: 栗原林檎


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48. ミラクル☆ドリーム、海に響け!

「リオンくん、なんでここに……」


マリーナはおそるおそる顔を上げ、掠れた声で問いかけた。


「お披露目は一週間後って聞いてたんだけど、待ちきれなくてみんなで来たんだ。ふふ、セレスもそうみたいだね……あ、ほら、あっち」


リオンが指差す先、遠くの正門付近では、徒歩で合流したセレスティアとルーナが何かを深刻そうに話し合っているのが見えた。ついさっき、セレスティアが乗ってきた白馬を奪い、カイルとギルバートが城の方角へ爆走して通り過ぎていった余韻が、まだ風の中に残っている。


「……なんか、ワケありみたい? あっちに行こうか」


リオンは明るく促したが、マリーナは顔を背け、慌てて袖で目をこすった。けれど、リオンは彼女の肩が小さく震えていることに気づき、心配そうに顔を覗き込む。


「……ひどい顔だよ。マリーナちゃん、もしかして、泣いてるの……?」

「……泣いてない。……放っておいてよ」


マリーナは突き放そうとしたが、足元がフラつき、その場にへたり込みそうになる。リオンは慌てて彼女の腕を支え、近くのベンチへと座らせた。


「少し落ち着こう。……何があったか、話せるようになるまで待つから」


リオンは何も聞かず、ただ隣に座ってマリーナが呼吸を整えるのを待った。やがて、マリーナは膝を抱え、震える声で話し始めた。セレスティアと喧嘩したこと、ずっと読み合わせを手伝いながら、彼女の輝きを一番近くで見守ってきたこと。


「……本当はね、わかってるの。セレスに『本当は一緒に舞台に立ちたいんじゃないか』って言われて、図星だったから余計に腹が立っただけなの」

マリーナは、ギュッと自分の服の裾を握りしめた。


「セレスのリハーサルを見て、あんなにキラキラ楽しそうに歌ってるところを見て……アタシも、あんな風に歌えたらって思っちゃったの。ずっと台本の読み合わせ練習をしているうちに、いつの間にか、アタシがミラクルマリンになれたらなって、そう思うようになったの……」


「でも、ルーナが用意した『ミラクルマリン』の衣装を見たら、急に怖くなって……。アタシの歌は人魚の国でも否定された『出来損ない』の歌。そんなアタシが、セレスの完璧な舞台に泥を塗っちゃったらどうしようって……。オーディションを受けてみたい、でも怖い。そんな自分が情けなくて、八つ当たりしちゃったのよ」


泣きじゃくるマリーナを、リオンは静かに見つめ、それから共感を込めた優しい声で口を開いた。


「……そっか。オーディションを受けたいからこそ、怖くなっちゃったんだね。……でもさ、セレスだって才能だけであの舞台に立ってるわけじゃない。君も、本当は気づいてるんじゃない?」


「…………っ」


「アレンから聞いたんだけど、彼女、王国ではただの『高く売るための駒』として育てられたんだってさ。あの完璧な所作も、厳しい……それこそ、折檻に耐えて身につけたものなんだ」


マリーナは衝撃に目を見開いた。いつも自信満々で、光の中にいる彼女が、そんな重い過去を背負っていたなんて。


「わ、わたし……セレスのこと、何も知ろうとしなかった。自分の悩みばっかり押し付けて、ひどいこと言っちゃった……」


リオンは優しく笑い、続けた。


「いいんじゃない? これから知っていけば。僕もアレンが眩しくて、昔は悔しくてさ。でも、あいつが裏で血の滲むような努力をしてるのを見て、思ったんだ。妬んでる暇があるなら、僕も追いつく努力をしなきゃってね。」


マリーナは唇を噛み締め、涙を拭った。

「……アタシ、セレスに謝りたい。でも……なんて言えばいいかわからないよ」

「焦らなくていいよ。不器用同士、まずは一歩ずつだ。あ、一つ提案があるんだ。マリーナちゃん、僕の前で歌ってみてよ」

「え!? 無理よ、アタシ、下手なんだもん……」

「大丈夫。力になれることもあると思うし。ね?」


リオンの穏やかな瞳に促され、マリーナはおそるおそる、こっそり練習していた『ミラクルドリーム』の主題歌のワンフレーズを口ずさんだ。


「……♪」


歌い終わった瞬間、リオンは驚きに目を見開いた。


「……ぇ」

「ほら、やっぱり下手でしょ? 変な声だし……」

「な、何言ってるの! 上手だよ!? 誰が下手だなんて言ったの!」


リオンの瞳は、本気で驚いている色をしていた。


「誰って、お姉様達が……。アタシの声は王国の伝統に合わない、品がないって……」

「それ、たぶん『嫉妬』じゃないかな。伝統的な歌い方とは違うかもしれないけど、君の歌には、聴く人の心を震わせる力がある。姉妹の中で新しい感性を持っていたから、彼女たちは怖かったんだよ」


その後

リオンからマリーナの真実を聞いたルーナの顔には、見慣れた「悪党プロデューサー」の笑みが浮かんでいた。


リハーサルを飛び出して以来、マリーナは稽古場の隅で膝を抱えて座り込んでいた。その目は赤く腫れ、すっかり自信を失っている。

セレスティアは、少し離れた場所からその様子をじっと見つめていた。

彼女がなぜ傷ついているのか、自分が何を言ってしまったのか……セレスティアはすべてを分かっていた。分かっていながらも、今の自分にはかけるべき言葉が見つからず、ただ拳を握りしめて立ち尽くすことしかできずにいた。


そんな重い沈黙が流れる稽古場を、リオンは遠くから心配そうに見つめていた。そこへ、奥様が真っ直ぐマリーナの元へ歩み寄っていくのが見えた。


「リオン、どうした? 浮かない顔して……」


休憩に入ったアレンが不思議そうに声をかける。


「いや……アレン! ごめん、ちょっとだけ抜ける!」


リオンは何かを決意したような顔で、駆け出していった。それを見送るアレンは、少しだけ目を細める。


(あいつがあんな必死な顔をするの、久しぶりに見たな……)


マリーナの元へ、一陣の風のようにルーナが歩み寄った。


「マリーナ。……ねぇ、海に行かない?」

「海……?」


マリーナが掠れた声で問い返す。ルーナはその場にしゃがみ込み、彼女の瞳を真っ直ぐに覗き込んだ。


「あなたのその失われた自信を、回復させる方法があるわ。……私達を信じてみない?」

「でも……アタシなんて、どうせ……」


マリーナが再び視線を落としそうになった、その時。


「僕も、行かせてください」


背後から届いた力強い声に、マリーナが弾かれたように顔を上げた。息を切らして駆けつけたリオンがそこに立っていた。


「リオン……!」

「大丈夫。奥様なら、きっと君の『本当の輝き』を見つけ出してくれる。……僕も、君の歌をまた聴きたいんだ」


リオンの穏やかで、けれど迷いのない瞳に射抜かれ、マリーナの胸の奥に灯火が宿る。彼女は小さく震える拳を握りしめ、力強く頷いた。


「……うん。私、海に行くよ!」

「よし、決まりね!」


ルーナは満足げに立ち上がると、そのままの足で執務室へと走っていった。


セレスティアは、少し離れた場所からそんな3人のやりとりをじっと見つめていた。

自分が差し伸べられなかった手を、迷わず差し伸べた二人。そして、再び顔を上げたマリーナ。大切な、わたくしの初めてのお友達。その光景を瞳に焼き付け、彼女もまた、自分の成すべきことを静かに決意していた。



「みんな準備して。海に行くわよ!」

「はぁ!? 海、ですか?」


突然の執務室への乱入に、カイルが素っ頓狂な声を上げた。


「え、また海!? 何しに行くんですか? 」

「……まさか、またアレを着るのか」


ギルバートは以前の水着姿を思い出して、瞬時に顔を険しくした。あの「絶景」を、他人の目に晒すことなど万に一つも許されない。いくら上着で隠していても、あの鍛え上げられたしなやかな曲線美までは隠しきれない。


……あ、旦那様、奥様の水着姿思い出してるな。

主人のあからさまに独占欲全開な顔を見て、カイルは眼鏡の奥で呆れ混じりの溜息をついた。


(……この、むっつりスケベめ)


主人の心の内を完璧に察したカイルの視線は、もはや憐れみすら含んでいる。そんな二人の空気も読まず、ルーナはビシッと指を突きつける。


「着ないよ! 今回は遊びに行くんじゃないの! これはプロデューサーとしての『現場視察』と『プロモーション』よ! まぁ、行ってからのお楽しみってね!」


「……嫌な予感しかしないな」

「同感です、旦那様……」


カイルとギルバートの溜息を背に、ルーナは光の速さでマキナの工房へと走り去っていった。



――数日後。

結局、セレスティアに謝るきっかけを掴めないまま、マリーナは海へとやってきてしまった。

一行が向かったのは、少しずつ観光地化が進み、整備され始めた海岸だった。漁師の人が出してくれた船に乗って、マリーナに教えてもらった王国があるであろうポイントまで連れていってもらう。そして、そこにマキナに頼んで作ってもらった、空気で膨らまして使う簡易的な海面に浮く特設舞台が設置された。

寄せては返す波が陽光を反射し、キラキラと輝く美しい海。準備が終わるとルーナはマキナ特製の魔道具『拡声器』を構えた。



「アクア・ルミナスのみなさーーーーーーーーーーーーーん!!!!!!」



静かな海に響き渡る爆音。「うるさっ」とカイルが耳を塞ぐが、ルーナは止まらない。

その叫びに応えるように、次々と水面から美しい人魚たちが姿を現した。


「こ、こんなに人魚がいたなんて…」

リオンが色とりどりの人魚の姿に驚く。


人魚達は驚きながらも敵意はない事を感じ取り、

何が始まるのか固唾を飲んで見守っている。


「それではお聞きください! この世界で一番自由な歌を! 『ミラクル☆ドリーム』!」


船から舞台に飛び乗ると

アクアマリンの石を散りばめた特製衣装を纏ったマリーナが舞台の真ん中へ躍り出る。

彼女が歌い出したのは、王国の伝統的な聖歌ではなく、アップテンポな特撮ソング。

突き抜けるような高音と、芯のあるパワフルな歌声。それは伝統という型にはまらない、生命力に満ちた叫びだった。

その自由な歌声に、最初は困惑していた人魚たちも、次第にリズムに乗ってノリノリになり始める。

そこへ、マリーナの姉妹たちが現れた。


「ちょ、ちょっとマリーナ! 何なのそのみっともない歌は!そ、それにその脚は…!」


「しばらく姿を見ないと思ったら、恥をさらしに来たの!?」


冷ややかな言葉が飛び、マリーナの肩がビクッと跳ねる。


「負けないで! 私たちを信じて!」


頷くマリーナ。それでも脚は震える。

(怖い……。アタシ、セレスにひどいこと言ったままなのに……こんなところで歌ってていいのかな……)


その時、

「マリーナ!」


凛とした声が響き渡り、人魚たちが一斉にそちらを見た。

いつの間にか船に隠れていたセレスティアが舳先に立ち、マリーナを見下ろす姉たちを睨み据えていた。


「わたくしの大切なお友達に、随分と酷い言葉を投げていたみたいね」

「セ、セレス……!」


驚くマリーナを振り返り、セレスティアは眩いばかりの笑顔を見せた。


「ルーナ! わたくしも一緒に歌うわ!」

「セレス……アタシ……っ」


謝ろうと言葉を詰まらせたマリーナに、セレスティアは力強く首を振った。


「謝るのは後よ、マリーナ! あなたが歌が大好きでこっそり練習してること、知っていますのよ。ほらほら、はじまりますわよ! 2人なら、怖くないでしょう!?」

「……うん!」


ルーナが即座に予備の魔道具マイクを投げ渡す。セレスティアはそれを華麗にキャッチすると、舞台のマリーナの隣へと飛び降りた。

本来はソロのはずだった『ミラクル☆ドリーム』が、この瞬間にダブルヒロインのデュエット曲へと変貌する。

セレスティアの透き通るような高音と、マリーナの芯のあるパワフルな歌声。正反対の二つの個性が重なり合い、海全体が震えるほどの圧倒的なエネルギーとなって放たれた。


「もうお姉様たちの言ってることは信用しない! 私は、私の歌を好きだって言ってくれる人を信じる!」


「な、なんなのこの歌……体が勝手に動くわ……!」


最初は馬鹿にしていた姉たちも、二人の奏でる「自由な音楽」の力に圧倒され、最後には悔しそうに、けれど魅了されたように黙り込んだ。

最後の一音まで完璧に歌い上げると、人魚たちが尾ひれで水面を叩く拍手の音が、嵐のように響き渡った。

マリーナは清々しい顔で、船の上にいるリオンとルーナを振り返り、ニッコリと笑う。

リオンは、その眩しすぎる笑顔に射抜かれたように立ち尽くしていた。


「……あ」


言葉にならなかった。ただ、海風に髪をなびかせて笑う彼女の姿を、一秒たりとも見逃さないようにその瞳に焼き付けていた。


(あれ、これアニメの何話だっけ……神回すぎて死ぬ……)


一視聴者として尊みに悶えていたルーナだったが、ハッとして我に返る。そして、船の先端で仁王立ちになると、マリーナの姉たちを真っ直ぐに指差した。


「お姉様方! 長年にわたってマリーナを虐げてきたこと、許さないよ! 謝りなさい、マリーナに。あ・や・ま・れ」


その圧倒的な「圧」に、姉たちは真っ青になって震え上がった。


「ご、ごめんなさい……」


そして、騒ぎを聞きつけた海の王国の国王と王妃が現れた。


「マリーナ!」


「あなたが歌わなくなったことに、そんな原因があっただなんて……ずっと知らなくてごめんなさい」


王妃が涙ながらに謝罪し、国王は苦しげにマリーナの足元を見つめた。


「その脚はどうしたんだ。まさか、魔女の秘薬を飲んだのか……!? それを飲んだら、もう二度と人魚の姿に戻れないことを知らなかったのか!」


「へ?」


マリーナが間の抜けた声を出す。


「このバカ娘め……。一時の感情で、二度と海には戻れぬ覚悟をしたというのか……!もしや人間に恋をして、その想いが叶わねば泡になって消えるという、あの恐ろしい契約を……」


「いや、そんな契約は全くしてな」

「マリーナ! あんたそんな契約したの!?」


マリーナの冷静なツッコミを置き去りにして、ルーナが血相を変えて食いついた。


「だから、してないってば!」

「大変よ、このままだとあんた泡になっちゃう! 今すぐ恋しなきゃ! 誰! 誰が好みなの! 誰と恋に落ちたいの!?」

「ちょっとルーナ、落ち着いてってば! 声が大きい!」


詰め寄るルーナの勢いに、マリーナは顔を真っ赤にして後ずさりする。そして、隣で「え、泡……? 恋……?」と完全に置いてけぼりを食らっているリオンをチラリと見た。


「大丈夫です、お父様! なんとなく、アタシは泡にならないって確信してますから!」


そう言って、マリーナはリオンの顔をもう一度盗み見た。


「……? 泡?」


意味がわからず首をかしげるリオン。その様子と娘の視線を見て、国王は全てを察したようにふっと笑う。


「……そうか。お前をそこまで変えた方々を、信じよう。マリーナ、今まで気付かなくて悪かった。姉達はワシがよーく……説教しておくからな」


「お父様……」


マリーナを否定し続けた姉たちは、国王の鋭い視線に震え上がり、そそくさと水面下へ消えていった。


マリーナは瞳を潤ませながら、自分の脚を見つめ、それから愛おしそうに仲間たちを見渡した。

こうして、マリーナの心に刺さっていた棘は抜けた。

これ以降、海の王国では、なぜか中毒性の高い「特撮主題歌」が伝統の聖歌を凌ぐ勢いで大流行し始めるのであった。

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