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辺境に追放された悪役令嬢、特撮オタク保育士の知識で領地を聖地化したら死神公爵に溺愛されました  作者: 栗原林檎


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46. リハーサル開幕!乙女のハートをミラクルキャッチ!

自室に戻った瞬間、ルーナは扉に背を預けてズルズルとその場に座り込んだ。


「~~~~~~~~~~!!! ちゅ、ちゅーされた……。しかも結構濃厚なやつ!」


(いや、実際カウントは二回目なんだけど!)と、脳内で自分にツッコミを入れる。

顔が爆発しそうなほど熱い。指先で唇に触れると、まだギルバートの熱が残っている気がして、さらになおたうち回る。


(いや、ギルバート様にはあぁ言ったけど、もうね、好きよ! もう落ちてるよ! ズブズブの沼よ! あんなの好きにならない女子なんている? いないよねぇ!!

死神どころかエロスの神が降臨なさってる……。今でさえ色気全開のデロッデロなのに、私が気持ちを返したらどうなっちゃうの!? あの人とあんなことやこんなこともするってことでしょ!? いやぁぁあああ無理ぃぃぃいいい!!)


脳内のミニルーナは、すでに幸せのあまりドロドロに溶けている。

「一年後に口説き落とされる」どころか、もはや秒読み段階。だが、自分から告白なんてまだまだできそうにないヘタレなルーナであった。




それから月日は流れ――。




新しい劇場の完成も間近に迫ったある日。

ついにやってきた、セレスティアの「リハーサル」の日!


かつてスターレンジャーのリハーサル時は訓練場をそのまま使ったが、今回は一味違う。なんとギルバートが「本格的なリハーサルをさせてやりたい」と、城の別棟に、わざわざ照明や背景幕まで備えた簡易的な舞台の部屋を特設してくれたのだ。ちなみに、歌やダンスを練習する部屋、演者の練習部屋も完備されている。相変わらず、ルーナに関することへの行動力が常軌を逸している。


今回の公演からは、制作体制がガラリと変わっていた。ルーナが一人で作るのではなく、1度目の公演で魅力に取り憑かれ、志願してきた人々を自らオーディションし、特撮への情熱や「戦う女の子」への思いを熱く語れる精鋭たちを採用したのだ。

音楽担当のシオンも、いつの間にか熱心な女性の弟子を取っていた。彼女と入念に「こんな曲で!」と打ち合わせを重ね、今回はその弟子が作り上げた新曲でチャレンジする。

今回、ルーナはほとんど手を加えていない。脚本も演出も、彼女の魂を引き継いだスタッフたちが作り上げた、全く新しい物語だ。今や「特撮」は、立派な領地の一大産業へと成長していた。

客席には、アレンにリオン、シオン。マリーナにギルバート、カイル、マキナ。さらにはアルスにエルナ、乳母のマーサや料理長、騎士団の面々まで勢揃いだ。

そして舞台上には、バンダルさんたちベテラン演者が、凄みのある「悪役」としてスタンバイしている。

ルーナは当然、スターレンジャーの時と同じく「お姉さん役」として舞台袖で待機……しようとして、カイルに襟首を掴まれた。


「奥様はもう舞台には上がれませんよ」

「なんでぇぇえええ!?」

「これから一国の王妃になる方ですよ!? 自重してください!」

「……王妃って不便ね」

「一国の王妃を不便呼ばわり!?」

「でも奥様、雇用を生み出すと仰っていたじゃないですか。オーディションで選んだ彼ら彼女らに、こういう役目も譲っていかねばなりません」

「……はーい」


そんなわけで、特撮の「お姉さん」として新たに採用されたのが、孤児院出身の明るい少女、ニーナちゃんだ。太陽みたいな笑顔と、元気いっぱいのツインテールがよく揺れる。


「はーい! みなさん! こんにちはー!」

「「「こんにちはーー!!」」」


客席から、相変わらず野太い騎士団の声が響く。


(ニーナちゃん上手だなぁ! いっぱい練習したんだろうな……)

突然の出場デビューでも物怖じせず、しっかり対応している姿に驚いた。やはり、あの厳しいオーディションを勝ち抜いただけのことはある。


もはや監督やプロデューサー、あるいは母親のような目線で見守るルーナ。そんな彼女の横顔を、ギルバートは慈しむような優しい眼差しで見つめていた。

ふと、隣に座る彼の大きな手がルーナの手を探り、スリッと指を絡めてくる。


(こ、この人はもうううううぅぅぅ!!)


みんながいる手前、あからさまに逃げられない。そんな状況を分かってやっているギルバートに翻弄されながら、ルーナは必死に舞台へ意識を戻した。


舞台袖では、出番を待つセレスティアがガタガタと震えていた。


(どうしましょう、どうしましょう! 本当にわたくしに務まるかしら……)

「シェロン……」

「どうした~? ボクはこれがんばったら『野菜パラダイス』が待ってるんだ~!」

「そ、そう……。緊張してないみたいで、よかったわ……」


あまりのプレッシャーに、セレスティアの瞳には涙が浮かんでいる。

それを見たルーナは、絡め取られた手をすり抜けて立ち上がろうとした。


「あの子、あんなに震えて……。ちょっと声をかけてくるわ!」


しかし、その肩をそっと制したのは、隣に座っていたアレンだった。


「奥様。セレスのところへは、俺に行かせてください。あの方も、新米ヒロインとして頑張ってるんです。同じ舞台に立つ者として、俺が力になりたい」


まっすぐな瞳でそう告げられ、ルーナは思わず息を呑んだ。

かつてはルーナの指導に戸惑っていた少年が、今は一人の少女を支えようと、立派な主役レッドの顔をして立っている。


「……ええ。お願いね、アレン」

「はい!」


アレンは客席を抜け、舞台袖へと駆け寄った。


「セレス!」

「アレン……っ!」


「ははっ、緊張してるだろうなって思ってさ。まだ少し時間あるし、ちょっと座ろうか」


アレンは持ってきた飲み物を手渡すと、セレスティアの隣に腰を下ろした。


「俺もはじめてレッドとして舞台に立った時、めちゃくちゃ緊張してさ。足が震えて、セリフも飛んだんだ。でも、奥様が言った言葉を思い出したんだ。『自分がなりたいと思うヒーローになれ』って。そしたら、不思議と勇気が湧いてきたんだよ」


「アレン……わたくし……っ」


「大丈夫、君がどれだけ頑張ってきたか、俺が一番よく知ってる。君のなりたかった『ヒロイン』になればいいだけだよ!」


そう言って、アレンはセレスの手を取ると、その手のひらに指で「人」という文字を書いた。


「これは……?」

「奥様が教えてくれた『おまじない』! これを書いて、飲み込むふりをするんだ。人が、いっぱい……ほら、飲み込めた?」

「……ふふっ、変なおまじない。でも、少し落ち着きましたわ。ありがとうアレン! わたくし、頑張りますわ!」


満面の笑みで答えるセレスティア。その眩しさに、アレンは不意に心臓が大きく跳ねるのを感じた。


(な、なんか……今、ドキッとした……)


そんな淡い空気の中、お姉さん役のニーナちゃんの元気な声が会場に響き渡る。


「それでは! 乙女のハートをミラクルキャッチ! ミラクルドリーム……始まります!!」


――ついに、身内の観客と制作陣が見守る中、リハーサルが開始された。


ニーナちゃんの声とともに、華やかに幕が上がる。

物語は、モチモチの白い龍・シェロンが、危機に瀕した龍王国を救うため、伝説の戦士『ステラ』を探し出し、神秘のアイテムを授けるところから始まる。

スターレンジャーと違い、マスクがない今作は、表情ひとつで観客を惹きつける高い演技力が要求される。さらに、激しい殺陣で息が上がった状態での歌とダンス。最後まで笑顔を保てるかが最大の課題だったが……。


「ミラクルステラ、浄化の輝きを!」


決めポーズがピタリと決まると、会場がどよめきに包まれた。

かつては「人生すべてが退屈」と言い放っていた一国のお姫様・セレスティアが、寝る間も惜しんで練習した鋭いアクションが光る。


「ステラ、かっこいいーー!!」


アルスが拳を突き出して叫び、マリーナも身を乗り出して大興奮。エルナは、今度は光魔法が出ない「おもちゃ仕様」のステッキをギュッと握りしめていた。

ステラがピンチに陥ると、エルナは「がんばれーー!」と叫びながら自分のステッキをブンブンと振って応援する。その純粋な声援に応えるように、舞台上に光と音が溢れ、必殺技が炸裂した。

ふいに、舞台袖で見守っていたアレンと目が合ったセレスは、彼にだけわかるように「にこっ」と最高の笑顔を見せた。


(あ……)

(あれ……?)

またしても高鳴る鼓動に、アレンは戸惑いを隠せない。


完璧なヒロインの姿に、ルーナの脳内のミニルーナは、もはやサイリウムを全力で振り回し、「推しが尊い!!」と書かれた横断幕を掲げて狂喜乱舞していた。

心配していた歌もダンスも完璧にやり遂げ、リハーサルは大成功のうちに幕を閉じた。

騎士団の中には「俺……新しい扉を開いちゃったかも」と呟き、人生初の「推し」の誕生に立ち会えた喜びに震える者までいる。

それを見たルーナのオタク心が激しく共鳴した。


(分かる! 分かるわその気持ち! 語りたい……今すぐその熱量を分かち合いたい……!!)


「ちょっと! あなたもそう思うよね!? あの戦闘シーンのステラの表情とか、シェロンに見せる可愛い顔とかまさに『守りたいこの笑顔』って感じで――」


ルーナがたまらず騎士たちの方へ駆け寄ろうとした、その時。

背後から、ひやりと冷たい、けれど抗いようのない威圧感のある声が降ってきた。


「ほう……。俺がすぐ隣にいるというのに、他の男と楽しげに話しに行くと……?」

「ひっ……!」


振り返れば、そこには美しくも恐ろしい「死神公爵」の微笑みがあった。その目は全く笑っておらず、絡められた指には、逃がさないと言わんばかりにぐっと力が込められる。


騎士団の人たちは、「触らぬ神に祟りなし」と言わんばかりに、音も立てず一斉に後ずさりした。ついさっきまで「新しい扉」を開きかけていた熱気はどこへやら、一瞬で氷点下まで冷え切った彼らの視線は、ただ静かに床へと落とされている。


「あ、いや、その、布教活動の一環というか、ファン同士の交流というか……」


「ダメだ」

「スミマセンデシタ」


秒で降伏したルーナは、嫉妬深い旦那様に引き寄せられ、大人しくその場に留まるしかなかった。

ショーの後のお楽しみは、握手会と初お披露目のマキナ特製「インスタントカメラ」撮影会。

現像されたばかりの写真を抱きしめ、エルナが瞳を輝かせる。


「わたし、これ一生の宝物にする! 大きくなったら、絶対にお姉ちゃんみたいなヒロインになるの!」


「エルナ……!」

セレスティアは思わずエルナを抱きしめた。

ルーナもまた、感極まりながら撮影と握手会の輪に加わる。


「ルーナ!!!! わたくし、今さいっっっこうの気分ですわ!」


駆け寄ってきたセレスティアは、出会った中で一番の笑顔を見せた。

ルーナは尊みが溢れて膝から崩れ落ちる。

沢山の笑い声が聞こえる。その中心にいるのは

王国で何もかもがつまらないと言って伏し目がちに笑っていたかつての少女。その面影はもう、どこにもなかった。

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