30. 戦うお姫様、覚悟の先に
「セレスちゃーん! できたわよ!」
「ルーナ! ついに、ついにできましたの!?」
あの日、私の野心と彼女の野心が合致してから数日。私たちはすっかり、お互いを愛称で呼び合うほど気安く、そして深い信頼で結ばれた仲に発展していた。
王都にいる馴染みの布屋のおじいさん。その息子さん夫婦の元には、一回目の公演の成功を聞きつけたお弟子さんたちが何人も集まったらしい。その職人集団が凄まじいスピードと情熱で縫い上げた「ソレ」が、いま私の手元にある。
「ほら、着てみて、着てみて!」
促されて着替えたセレスティア様が、鏡の前で立ち止まる。
「ふゎ……可愛いですわ……! それに、信じられないほど軽いですわね!」
ピンクとシルバーを基調とした、フリルとボリューミーなスカート。それでいて、激しいアクションを想定して計算されたそのシルエットは、彼女がくるりと回るたび、花が開くように美しく揺れる。
そして、私のこだわりが詰まった「左が白、右が虹色」のバイカラータイツも、彼女のすらりと伸びた脚を完璧に引き立てていた。
(((脳内のミニルーナは、極彩色の羽飾りをつけてサンバのリズムに乗ったカーニバルを踊り狂っている)))
もはや動く芸術品、歩くお人形さん。現代にいたら間違いなくトップアイドルとして天下を獲れるわ、この子。
……けれど、その完璧な姿をファインダー(肉眼)越しに覗いていると、どうしても数日前の「あの夜」の記憶が脳裏をよぎる。
(……サンプルの衣装を着て一人でポーズしてた時の、ギルバート様に見られたの…思い出した…)
「ルーナ? どうなさいましたの? お顔が真っ赤ですわよ」
「な、なんでもない、本当になんでもないわ! ほら、次はステッキも持って!」
私は慌てて、魔道具を仕込んだ「ステラ・バトン」を彼女に手渡した。
完璧。これでもし、ふわふわ浮いて喋る「妖精」的なマスコットが横にいれば、視覚的な情報量は120点満点だったんだけどな〜……。
よし、脚本家も見つかって物語のベースはできつつある。それなら、姫様には次の段階へ進んでもらわないと。
「次は、『殺陣』よ」
「殺陣……?」
「一回目のヒーローショーで、アレンたちがやっていたあれよ」
「え、わたくしも戦うんですの!?」
驚きに目を丸くする彼女に、私はニヤリと不敵な笑みを浮かべて詰め寄った。
「そうよ? まさか、可愛い服を着てダンスを踊って愛想を振りまくだけだなんて、思ってなかった…よね?」
(ギクッ)
図星だったのか、セレスティア様が分かりやすく動揺する。私は追い打ちをかけるように、彼女の肩を掴んで熱っぽく語りかけた。
「ミラクルステラのキャッチフレーズはね、『戦う女の子』なの。ただ王子様に守られているだけじゃない、自分の力で大切なものを守るお姫様……それって、最高にカッコよくない?」
「守られるだけじゃない、戦う……女の子……」
セレスティア様は、自分の手にあるステッキを、折れんばかりに強く握りしめた。その瞳に、王族としての誇りとはまた違う、一人の表現者としての火が灯る。
「……わたくし、やるわ。その殺陣とやら、徹底的に叩き込んでくださいまし!」
「決まりね!」
私は早速、目を輝かせる彼女を連れて練習場へと向かった。
そこには、すっかりこの領地の有名人となったバンダルさんや、アレンたち演者の面々が揃っている。立ち込める汗の匂いと、木剣が打ち合う鋭い音。
「ほ、本物の王女様だって!? そんな、怪我なんてさせられねぇじゃねぇか!」
突然の「本物のお姫様」の参戦に、屈強な演者たちが狼狽える。けれど、セレスティア様は一歩前に出ると、彼らの目を真っ直ぐに見据えて、スカートの裾を握りしめたまま深く頭を下げた。
「わたくしは、戦える女の子になりたいのです! どうか、わたくしを特別扱いせず、厳しくご指導お願いします!」
「お、王族が平民の俺たちに頭を下げるだなんて……!」
その場に居合わせた全員が、彼女の凛とした本気に息を呑んだ。
沈黙を破ったのは、腕を組み、座長のような風格が出てきたバンダルさんだった。
「……姫様。あなたの決意、しかと受け取りました。一緒に、最高のものを作りましょう!」
こうして、辺境領に「最強の戦うヒロイン」が誕生するための、過酷な特訓の日々が幕を開けたのである。
そこからの特訓は、まさに壮絶だった。
セレスティア様は、慣れない木剣(ステッキ型の練習具)を手に、何度も地面に転がり、泥にまみれた。王族として生きてきた彼女にとって、筋肉痛や擦り傷は未知の痛みだったはずだ。けれど、彼女が弱音を吐くことは一度もなかった。
「はぁ、はぁ……っ!」
ステッキを模した練習用の棍を振るセレスティア様の足取りが、目に見えて重くなる。
「大丈夫ですか? ちょっと休みましょうか」
異変に気づいたアレンが、すぐさま駆け寄り、そっと手を貸した。
「いいえ、まだ……わたくし、止まるわけには……っ」
強がったものの、連日の筋肉痛と疲労は限界に達していた。ふらりと身体が揺れた瞬間、アレンがその細い肩をしっかりと抱きとめる。
「あ、ありがとうございます……」
「い、いや……。あっちの木陰まで行きましょう」
顔を真っ赤にするセレスティア様を、アレンは少し気まずそうに、木陰へと連れて行った。
アレンは近くに置いてあった水筒を手に取ると、蓋をコップ代わりにして差し出した。
「……はい。まずはこれ、飲んでください」
「あ、ありがとうございます……」
セレスティア様はそれを受け取ると、渇いた喉を潤すようにゆっくりと飲み干した。冷たい水が身体に染み渡り、ようやく少しだけ人心地がついたのか、彼女の強張っていた肩の力がふっと抜ける。
草の上に腰を下ろした彼女の横顔を、アレンは不思議そうに見つめる。
「セレスティア様は、どうしてそんなに頑張れるんですか? お姫様でしょ? こんなことしなくても、周りが放っておかないのに……」
アレンの素直な疑問に、彼女は自嘲気味に、けれど柔らかな笑みを浮かべた。
「ふふ、お姫様は何もしなくてもいい、というようなおっしゃりようですのね」
「あ、……すみません! 失礼なことを……!」
「いいんですのよ。それに、敬語も不要だわ。……わたくし、今まで何度か、連れ去られたことがあるの」
「え!? 」
驚きに目を見開くアレンに、彼女は遠くを見つめるような瞳で頷いた。
「ええ。王族ですから、常に狙われる立場。私はいつも、誰かに助けられてきたわ。そしていつしか……助けられることが当たり前だと、思うようになっていたの」
セレスティア様は、自分の白い手を見つめた。
「だから、この地に来て、ルーナに出会って……わたくしは変わりたいと思ったの。守られるだけの着せ替え人形ではなく、一人の人間として、自分の足で立ちたいと」
その言葉には、王女としての責務ではなく、彼女自身の魂の叫びがこもっていた。
「……かっこいいな」
「え?」
「あ、いや! その……セレスティア様は、もう十分すごいよ。俺も、ただ守るだけじゃなくて、背中を預けられるような相手として……その、頑張らなきゃなって思ったんだ」
アレンは照れ隠しに頭を掻き、にかっと笑った。あの日、ルーナ様に助けられた時に抱いた憧れ。目の前のお姫様もまた、同じような光を目指しているのだと感じ、彼は背筋が伸びる思いだった。
「よし! 休憩終わり。次は俺が相手をするよ!」
「ええ。よろしく頼みますわ、アレン」
その後、「おかあさま! お姉様ばかりズルいです!」とエルナも加わることになり、彼女に触発され小さな体で必死に型を追いかける。それを見守るギルバート様の視線も、「危なっかしい子どもたち」からいつしか微笑ましいものに変わっていった。
「ルーナ、あまり無理をさせるなと言いたいところだが……今のあいつらは、いい顔をしているな」
不意に隣に立ったギルバート様が、静かにそう呟いた。
「……ええ。守られるだけじゃない、自分で光を掴もうとする人は、あんなに輝くんだから」
私は彼の隣で、誇らしげに胸を張った。
衣装も、脚本も、そして演者の心も揃った。
これから始まる新しいステージは、きっとこの領地を、いや世界を照らす希望になる。
――そう、信じて疑わなかった。
特訓を終え、夕闇が迫る練習場に、遠くから地響きのような不穏な音が届くまでは。
森の奥から聞こえてきた、かつてギルバート様が葬ったはずの、あの忌まわしき咆哮。
私たちの「舞台」が、絶望に染まるまで、あと数時間。




