28. 最強の騎士、理性の限界
初回の公演から数日。私の手元には、カイルさんが「集計が終わりました」と震える手で持ってきた報告書がある。
(……正直、めちゃくちゃ儲かった!)
興行収入もさることながら、今回仕掛けたスターブレードの「おもちゃ」が大成功を収めた。特にこだわったのは、剣の柄にはめ込む「属性メダル」だ。これには実際の戦闘で騎士団やギルバートが利用した使い古しの魔核を再利用している。振動に反応して音や光を出すギミックは、子供たちの収集癖を見事に刺激した。廃棄物の有効活用にもなるし、劇中でアレンたちがメダルをカチャリと交換して戦況をひっくり返す演出を入れたのが、見事に商機に繋がったようだ。
ただ、一つ気になったことがある。おもちゃを「むき出し」のまま販売していたことだ。この世界の人たちは「中身」さえ良ければいいという考えが強すぎる気がする。
(やっぱり「包装」も素敵なものにしてあげたいな~。包みを解く時のワクワク感こそが、ギフトの醍醐味なんだから。そういえばこの国って、クリスマスとかお正月みたいな行事ってあったっけ……?)
記憶をまさぐってみても、そんな行事は思い当たらない。当たり前だよね、キリスト教や神道なんて概念はこの世界にはないんだから。でも、だからこそ「ギフト文化」をこちらで作ってしまうチャンスかもしれない。
そんな野望を巡らせていた折、腰を痛めて療養していたマーサがようやく屋敷に帰ってきた。アルスとエルナの乳母を務めてきた女性だ。
「初めまして、ルーナマリア様。アルス様とエルナ様の乳母を務めております、マーサと申します。療養を終え、本日より復帰いたしました」
「初めまして、マーサ。ルーナマリアよ。ルーナでいいわ。腰は一度やると癖になるというから、あまり無理しないでね。少しずつ慣れていって」
私にとっては正真正銘、今日が初対面。労いの言葉をかけると、マーサは意外そうに目を細めて笑った。
「ふふふ、氷の令嬢という噂はあてになりませんね。実は、ルーナ様が開発されたというあの『青汁』が領地の端まで噂になっておりまして。私も飲み続けましたら、すっかり腰が軽くなったのです。お礼を申し上げたくて」
「妻はよくやってくれている。久しぶりだな、マーサ」
不意に横から声をかけてきたのは、ギルバート様だ。さらりと「妻」と呼ばれたことに、最近どうしてかドキッとしてしまう。
脳裏に、あのバルコニーでの出来事がフラッシュバックする。
(不整脈。これは不整脈よ過酷な労働による心機能の低下……決して、思い出し恥ずかしさによる動悸なんかじゃないんだから!)
そんな私の必死すぎる内面のパニックをよそに、マーサは旦那様の穏やかな、けれどどこか熱を含んだ横顔をじっと見つめている。
「……旦那様がそんな顔をなさるのを、ばあやは初めて見ましたよ。長生きはするものですねぇ」
マーサの復帰で、アルスたちの世話は一安心だ。
一方で、表の求人は大変なことになっていた。門前はさながらお祭りのような騒ぎである。
「演者になりたい」と自慢の剣技を披露する若者から、「舞台装置を造らせてくれ」と意気込む魔道具職人の卵、さらには「あの素敵な衣装はどこで作られているのか」と、王都から流れてきた貴族まで興奮している。あまりの熱狂に、当初の「週一公演」ではスタッフが持たないと判断し、「二週間ごとの公演」に変更することに決めた。同時に、小さな子に向けた幼児プログラムの開発も着手する。
そして練習場では、今日も「特訓」の嵐が吹き荒れている。
「アルス、腰が入っていない! 守りたいもののために振るう剣なら、もっと地を踏みしめろ!」
厳しい声を飛ばしているのは、ギルバート様だ。アルスが「剣の稽古がしたい」と自分から言い出した翌日から、親子二人の本格的な指導が始まった。
「はい、父上……っ!」
最強の騎士である父直々の指導に、アルスは顔を真っ赤にしながら、必死に重い木剣を振って食らいついている。あんなにギルバート様を恐れていた面影はもうどこにもない。
その横で、妹のエルナが私の袖を引いた。
「お姉様、私も……私もみんなを助けるヒロインになりたいです!」
元々少し虚弱体質で、外で遊ぶよりも屋敷にいることが多かったエルナ。そんな彼女が、舞台の上の輝きに憧れて自ら「やりたい」と踏み出した一歩は、とても大きなものだ。
「わかったわ。でも、まずは体作りからよ」
私はエルナと、そして理想のヒロインになるために並々ならぬ執念を燃やすセレスティア様のために、「特別筋トレメニュー」を作成した。
「姫であるこの私が、誰よりも輝くヒロインにならなくてどうしますの!」と宣言した彼女の瞳は本気だ。虚弱なエルナでも無理なく、けれどセレスティア様の高い要求にも応えられるよう、確実に体幹を鍛え上げるルーナ式・オリジナルプログラムである。
「二人ともいいですか。すべては筋肉。筋肉はすべてを解決する。衣装を美しく着こなすのも、舞台で最後まで優雅に舞い続けるのも、最後は筋肉がモノを言います!頑張りましょうね!」
「「はい!!」」
美少女二人が、私の檄に真剣な表情で返事をする。
……うん、実にいい光景だわ。将来の特撮ヒロインたちの育成は、順調そのものね!
――そんな熱血な一日が終わり。
夜、私は自室でひとり、制作途中の「ミラクルステラ」の衣装を試着していた。制作中のためタイツはまだ履いていない。
鏡に映るのは、不自然なほどスラリと伸びた自分の生脚。さらにこの衣装、セレスティア様用に調整しているせいか、私の体型だと胸元がかなりきつい。
「でも、動いた時のシルエットは完璧ね……」
私は少し気分を上げるために、鏡の前でポーズを決めてみた。その時だった。
コン、コン――。
ノックに返事をする間もなく、扉が開いた。
「ルーナ、入るぞ」
「――っ」
「……」
二人して、彫像のように固まった。
露出度の高いフリフリの衣装に、むき出しの太もも。はち切れんばかりの胸元。
ギルバート様の視線が、私の脚から、きつい胸元へ、そして真っ赤になった顔へとゆっくり動く。その瞳に、かつてないほど濃い熱が灯るのを私は見た。
……けれど。
「……っ!」
バタンッ!!
ギルバート様は部屋に入ることなく、凄まじい勢いでドアを閉めて外に飛び出した。
静まり返る室内。私はしばし呆然とした後、慌ててドア越しに声を上げた。
「ギ、ギルバート様!?」
「す、すまない! 何か、見てはいけないものを見てしまった気がする……!」
扉の向こうから、低く動揺した声が響く。おそらく彼は今、真っ赤になった顔を片手で覆っているに違いない。
「い、いえ! すっかり鍵を閉めるのを忘れていた私が悪いのですから! そ、その、これは衣装のチェックでして……!」
「いや、……」
そこから、重苦しくも気まずい沈黙が流れる。お互いに心臓の音がドア越しに聞こえてきそうなほどの緊張感だ。
「す、すぐ着替えますので! そこで待っていてください!」
私はパニックになりながら、脱ぎにくいフリフリの衣装と格闘し始めた。
一方、廊下では。
死神と謳われるギルバートが、力なくその場に座り込んでいた。
彼は頭を抱え、荒い呼吸を整えようと必死に抗う。網膜に焼き付いて離れない、妻の無防備で扇情的な姿。
(……本当に、勘弁してくれ)
理性と独占欲の境界線で、彼はひとり、静かに頭を抱え続けるのであった。




