緊迫のプールサイド
「なんなんだ、その態度は! 学校生活において何よりも大切なのは規律だろう! それがこんなことで揺らいでいるとは!」
梅垣先生の声がプールサイドに響き渡り、周囲の空気が凍りついたように感じる。ここは多香美女子中学の屋外プール。6月とはいえ、曇り空で冷える。そんな中、みんな、スクール水着のまま、大人しく突っ立っている。けれど内心では、この理不尽な状況に誰もが戸惑っていた。先生はさっきから何度も怒鳴っている。集合に遅れたこと、プールサイドでの態度がだらしないこと、女子生徒がスクール水着が恥ずかしくて、タオルをかけ続けていたこと…。
ただ、遅れたのは理由がある。倒れた女子がいて、その介抱をしていたからだ。だが、梅垣先生には、そんなことは関係ない。
「特に芦川! お前は、委員長であり、水泳部だろ! 率先して指導するのが、お前の役目だろ!」
その言葉が耳に入ったとき、私の心臓が一瞬止まったような気がした。なぜ、また私が? 確かに私は委員長で、水泳部員でもある。だからといって、今回の件で全ての責任を負わされるのは理不尽すぎる。梅垣先生は、部活動の時も、授業の時も、なぜか、いつも私だけに厳しく当たってくる。
「はい……すみません」
小さく謝罪の言葉を口にしたが、心の中では納得できない思いでいっぱいだった。なぜ私が……?
「聞こえない!」
「すみませんでしたぁ!」
思わず大きな声が出た。プール中に響き渡る。その瞬間、周囲の視線が一斉に私に集中した。でももうそれどころじゃなかった。もう限界だ。自分の感情が溢れ出して止まらなくなった。
「確かに、遅れてしまったのは悪いと認めます。しかし、倒れた人を放置なんてできないじゃないですか! タオル禁止だって意味わからないじゃないですか! まだ6月で、今日は寒いですし、冷えたら誰だって体調不良になりますよ!」
梅垣先生の顔がみるみる赤くなっていく。でも構わなかった。ここで言わなければ後悔する気がしたから。
「それに、いつも私だけ……」
そこまで言ったところで、喉の奥が詰まった。言ってはいけないことを言ってしまったかもしれない。言葉が宙に浮いている。周囲の空気がさらに張り詰める。梅垣先生の目が鋭く光った。その目を見た瞬間、全身の血が引くのが分かった。
「いつも私だけ……だと?」
梅垣先生の低い声がプールサイドに響く。まるで氷のような冷たさだ。まずい。本当にまずい。言葉を選ばずにぶつけてしまった。今さら取り返しがつかない。けれど、後悔しても遅かった。心臓が早鐘のように打っている。どうしよう。どうすればいい?
「どういう意味だ、芦川」
「いえ……あの……」
「委員長としての自覚があるのか?」
「あります。ありますけど……」
「だったら!」
梅垣先生が大声を張り上げる。
「なぜ、私がお前にだけ言うのかぁ? それはお前が委員長だからだ! 他の子より頼りになるからだ! なのに、その恩を仇で返すのか!?」
恩? この人が私に何の恩があるっていうの? いつもいつも、何かと私にだけ厳しくしてきて……。そんな理屈が通用するはずがない。だけど、反論できなかった。喉がカラカラで、声にならない。周囲の生徒たちが息を呑んでいるのが分かる。皆、固唾を飲んで見守っている。誰も助けに来られない。来てくれない。この恐怖感。絶望感。
「申し訳ありませんでした」
かろうじて小さな声で謝った。頭を下げた。これ以上抵抗したら、もっとひどいことになる。そんな予感がしたから。
「芦川、本当に、自分が悪いと思っているのか…?」
梅垣先生の低い声が響く。彼女の目には怒りとともに疑念が浮かんでいた。まるで私を試しているかのように。
「……はい」
「本当に反省しているのか?」
「はい……」
言葉を発するたびに胸が締め付けられる。こんなふうに詰め寄られること自体が苦痛だった。しかし、梅垣先生は満足しない。
「学校のルール、先生の指導には従うんだな?」
「はい」
「だったら……その水着を脱ぐんだ」
「…水着をですか?」
私は混乱しながら問い返した。




