エピローグ
令和八年十二月のある午後。
天野美香は部屋の掃除を終え、淹れたてのカフェオレを飲みながらソファでくつろいでいた。
寒くなってきたが、動いた後なので体はポカポカしている。
そろそろ彩音が学校から戻るころだ。
彩音が戻ったら一緒に夕飯の買い物に行こう。
そんなことを思っていたところ、インターホンのチャイムが鳴った。
モニターを見ると見知らぬ中年の男がスーツ姿で立っている。
後ろにその妻と娘と思われる人影も見えた。
美香は少し不審に思いながら、通話ボタンを押す。
「どちら様ですか?ウチは勧誘、物売りの類はお断りしておりますので、お引き取りください。」
そう言うと、男が慌てて言葉を発した。
「いいえ、決してそうした者ではありません。こちら天野綾香さんのご実家で間違いないでしょうか?」
「綾香!?」
美香は一瞬言葉を失った。
綾香が失踪してから4年が経過していた。
全く手掛かりが無い中、警察の捜査も縮小していった。
藁をもすがる思いで懸賞金なども出した。
そうすると今度は信憑性の怪しい情報が日々寄せられ、中には冷やかし、誹謗中傷、マスコミの失踪者捜索番組への出演依頼などが殺到し、ノイローゼになるほどだった。
それでも母は娘を思い探し続けたが、やっと最近諦めのような感情で落ち着いて過ごせるようになってきていた。
そんな中、突然飛び込んできた綾香の名前。
美香は激しく動揺し、心臓の鼓動が速くなるのを感じつつ、
「あ、綾香はもう死んだんです!お金目当てとか、冷やかしならお帰りください!」
と叫び、インターホンを切ろうとするが、画面越しに男が何かを見せているのに気づいた。
「不審に思われるのはわかります。が、せめてこれだけでもご覧ください。」
そういって男が差し出している手にはスマホがあり、ウエディングドレス姿の女性が写っていた。
画像が小さくてよく見えないが、母が間違うはずはなかった。
「綾香!」
そう言うと美香は玄関に駆け出し、ドアを開けていた。
インターホン越しに話していた男は丁寧に頭を下げ
「私は北海道から参りました、石川和人と申します。どうぞご覧ください。」
そこに写ってるのは紛れもない綾香の姿だった。
「こ、これをどこで?どうして…綾香は今どこにいるんですか?」
美香がそう話していると男たちの後ろから
「玄関先でどうしたの、お母さん。また変な冷やかし?」
そう言って男たちを睨むように学校帰りの女子高生が立っていた。
「あ、あぁ。お帰り彩音。ううん、この人たちは怪しい人じゃないみたい…」
そう言うと美香は落ち着きを取り戻し、「玄関先ではなんですから、どうぞお上がりください。」と3人を家の中に迎え入れ居間に通した。
美香は茶を入れ、彩音も着替えて座った。
「あらためまして、私は石川和人と申します。息子の和樹が綾香さんと結婚したとのご縁があり、こうしてご挨拶に罷り越した次第です。」
「結婚!?」
美香も彩音も目を丸くして驚いている。
無理もない。失踪して死んだものと思っていた娘が、突然生きているどころか結婚したと言われたのだ。
和人は再度綾香とゴエモンが一緒に写っている画像を差し出した。
「お姉ちゃん!」
彩音が息を吞む。
「それで、綾香と息子さんはどこにいるんですか?」
「はい。これから話すことに嘘偽りは一切ありませんが、恐らくすぐに信じることはできないと思います。何せ私たち夫婦がいまだ信じられないのですから…」
そう前置きすると和人はゆっくり話し出した。
「先月のある日、私の携帯にメールが着信いたしました。お宅様同様、失踪していた息子からでした。」
美香が驚いたような顔で和人を見ている。
「そこに書かれていたのは、『父さん、突然いなくなって心配していると思う。信じられないと思うけど、俺、天正八年の時代にタイムスリップしてしまったんだ。でも、こっちで同じ境遇の仲間と出会って無事に暮らしているよ。そして今回こっちで巡り会った人と結婚することになったんだ。このメールと画像、届くことないと思うけど、送信できる日の為にしたためておくね。俺は大丈夫だから、父さん、母さん元気で生きてください。和樹』というものでした。そして、そこに添付されていたのが、先ほどの二人の挙式の時の画像でした。」
「そ、そんな…。タイムスリップって、マンガじゃあるまいし…」
美香はなお信じることができず、和人を睨むように見つめている。
「当然です。私も誰かがからかっているのだと思い、信じることができませんでした。そこで、メールに返信したのです。『あなたは誰ですか?和樹本人ですか?そうでなければ何故このようなことをするのか教えてください。』と」
美香も頷く。
「そうすると2日ほどして返信があったのです。『事情が複雑なので会ってお話したい』と」
和人は一緒にいた娘と思しき女性をチラッと見て続けた。
「メールをくださったのがこちらの井田麻衣さんという方です。なんと、つい最近まであちらの世界で和樹や綾香さんと一緒に暮らしていたそうなんです。」
美香と彩音は声が出せないでいた。
タイムスリップというだけでも信じ難いが、そこから戻ってきたということは尚更信じられないことだった。
混乱する頭で美香はやっと言葉を絞りだした。
「そ、それじゃあ、綾香も戻って来られるということでしょうか?」
マイは、悲しそうな顔で首を左右に振った。
「私が帰って来られたのは奇跡のようなものです。私達は同じように未来から落ちてきた者で村を作っていました。一番長い人は25年以上あちらの世界にいらっしゃいました。その間ありとあらゆる方法を試してこられたそうですが、帰る方法は見つけ出せなかったそうです。」
美香と彩音の顔に落胆の色が浮かぶ。
「タイムスリップには特定の条件が嚙み合った時に起きると言われてました。それがいつどのような物か、わからないのですが、私たちが帰れた時、偶然その道が開いたのです。その時、私はこのスマホをゴエモン...いえ、和樹くんから託されたのです。」
「和樹さんはなぜその時一緒に帰らなかったんですか?」
彩音が思わず口を出す。
マイは彩音を優しい眼差しで見つめ言った。
「あなたが彩音さんね。彩香がすっごく心配してた。『親代わりに育てた妹は、母が居なくても大丈夫だったけど、私がいないとダメな子だったから』って。そう言って星を見上げていつもも泣いていたわ...」
それを聞き彩音の瞳からボロボロと大粒の涙が溢れ出した。
もはや疑いようがなかった。
彩香しか知らない自分のこと…
そしてマイは続けた。
「そう、和樹君はね、開いている道の前でハッキリ言ったわ。『俺を待っている大事な人がいる』って。その人のお腹に宿っている新しい命のことも…」
「彩香のために…」
美香も彩音も複雑な顔をしていた。
場が少し沈黙した。
その時、
「いやー、それでこそ我が息子だ!大事な嫁さんと子供置いて帰ってくるような奴なら、俺が張り倒してやったよ!」と和人が満足そうに微笑んでいる。
ゴエモンの母も嬉しそうに頷いている。
それを聞き美香も彩音もハッと気づいたように我に返った。、
「お姉ちゃん素敵な旦那様に巡り会えたんだね…」
「新しい命って、私お婆ちゃん?」
と互いに言い合ってほっこりしている。
それからマイは平成の里のことを話した。
綾香とゴエモンが落ちてきたときのこと。
二人の馴れ初め。赤い髪紐。
そして祝言。
その後の伊賀の乱に向けた逃避行。
マイと愛娘との死別。
「そんな過酷な時代にお姉ちゃんは…」
彩音が俯き涙ぐんでいた。
美香もあまりにリアルな話に、もう疑うという次元ではなく、ただただ聞き入っていた。
「確かに生きていくことに厳しい時代でした。私もずっと戻りたいと思っていました。でも、今戻ってきて思うんです。あの里で皆で協力して生きていた日々こそ、本当に生きていると実感できた日々だったと。」
美香も彩音も、ゴエモンの両親も驚いたような顔でマイを見ていた。
「物が豊かでも人の心が荒み、隣の人が誰かもわからないような世界と、貧しいけど村全体が家族のように一つになり思いやりあう世界。どちらが幸せなのか…私は今わからなくなっています…」
マイはしみじみと語った。
懐かしい平成の里への思いを込めて。
「そんな時代に行ってしまって、和樹は不幸なのだと思っていましたが、マイさんの言葉を聞いていると、そんなことはないのですね。そして綾香さんという素敵なお嬢さんと巡り会い、一緒になった。幸せなんだな、きっと…」
和人はうっすら涙を流しながら窓越しに見える夕焼けをを見上げた。
美香も彩音もその言葉に頷きながら涙している。
そしてマイがゴエモンのスマホを出すと、ある動画を再生してテーブルの上に置いた。
そこにはウェディングドレス姿で微笑むアヤカとゴエモンの姿が映し出されていた。
「お母さん、綾ちゃん、私結婚しました。これが旦那様の和樹くん。とっても素敵な旦那様よ」
「あ、お母さん、彩音ちゃん、初めまして。和樹です。綾香さん大事にします。幸せにします。だから結婚許してください。」
そう言ってゴエモンは頭をさげた。
「私、タイムスリップして戦国時代にいるんだけど、こうして大事な人に出会えて幸せにくらしています。だから、心配しないでね。」
そういって微笑みあう二人は本当に幸せそうだった。
「あぁ、綾香。そう、素敵な人に巡り会えて良かったね…どこに暮らしていても、あなたが元気で幸せならそれでいい…おめでとう、綾香…」
【最後のあとがき】
エピローグ迄読んでいただきありがとうございました。
初めての作品投稿で、こんな稚拙な文章に、一定の読者の方がついてくださり、ご支援いただけたこと、心から感謝申し上げます。
昔物書きになりたかった夢。
今はこんなサイトがあって、気軽に自分の作品を読んでもらえることに気付き、それならと軽い気持ちで投稿し始めました。
初めは日に数人のPV人数から始まり、「まぁそんなもんだろう」と思い、自分が書きたいように書いておりましたが、ある時から日に50PV近く、今では多い時で200PVを超える日もあるようになりました。
そうなると、だんだん書くことにプレッシャーを感じるようにもなってきました。
皆さんの期待に応えたい、面白いと思ってもらえる作品にしたい、誤字脱字、史実とのズレの指摘が怖いなどなど…
でもそうしたことで辞めたいとは思いませんでした。
多くの方が読んでくれているのが励みになる。
プロの物書きの先生方が言う気持ちが少し理解できました。
作品は初め自分のものでしたが、それはいつしか読み手である皆さんの物になっていくと思います。
自分の思ってなかった解釈でキャラクターを見ていること、それに対する感情移入が起こっている事。
どれもこうして作品を公開してみたからこそわかった思いでした。
この作品は当初から構想していた部分はわずかで、キャラ達が勝手に個性を発揮してくれて、自分でも思いもよらない物語になりました。
天正伊賀の乱を一区切りと思っていましたので、一端ここで終了いたしますが、続編というか関連した作品の構想はあります。
それがまとまったら、また執筆再開したいと思いますので、ご興味がありましたらまたお付き合いください。
私も平成の里のキャラ達も、皆さんとまたお会いできる日を楽しみにしております。
ご愛読ありがとうございました。




