戦闘
「エンフィール様、レミリア!逃げなされ!!」
一人、二人と次々襲い来る山賊を斬り捨てるネストリウス老が叫ぶ。
ネストリウス老はなんとか一人で全員を食い止めようと健闘しているが、流石に全員は止められないだろう。
「い、いやぁああああ!」
こちらへ一目散に走り寄ってくる山賊共にレミリアは悲鳴を上げ、馬車内で座り込む。
こうしてる間にも山賊共が10人程ネストリウス老を潜り抜け此方へ駆けて来ている。
逃げようにも此方は子供だし、レミリアもこんな状態なので逃げきるのはほぼ不可能だろう。
周りを見てそう判断した俺はある覚悟を決めた。
いざという時用に馬車内に隠してある短剣を取り出し外に出ようとする。
そんな俺にまだ馬車内でへたり込んでいたレミリアが気づく。
「え、エンフィール様!あ、危ないですよ!!」
恐怖で震えながらも、危険な場所へ行こうとする俺を必死に止めるレミリアに笑みを作り抱きしめる。
「え、エンフィール様!?」
「ちょっとだけ出てくるよ。大丈夫、直ぐに終わらせる。だからお前はちょっとだけここで待っていてくれ」
レミリアが少しでも落ち着くように頭をゆっくり撫でる。
そしてレミリアの体から震えが少し弱まったのを感じた俺はレミリアを最後にもう一度撫で馬車を飛び出た。
馬車から出て短剣を抜き構える俺を見て此方へ走る山賊共は嘲笑する様な笑みを浮かべた。
「バカめ!」
山賊の一人が痛い目に合わせようと剣を大きく振りかぶる。
それを狼狽えることなく見ていた俺はーーーーー
短剣をぶん投げた。
スパンッ、と短剣は5歳児が投げたとは思えないほどの速度で空気を裂きながら進み、剣を振りかぶっていた山賊の手に突き刺さる。
「え、あ、あぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
何が起こったのかわからないと言わんばかりに呆然と自分の手を見た山賊は、深く突き刺さった短剣を見て絶叫を上げた。
突然の出来事に思わず動きを止めた山賊共は地面に崩れ落ちた山賊を呆然を見る。
そんな隙だらけの状況を見逃す程俺も甘くはない。
俺は呆然としている山賊の一人に近づきその両足を思いっきり蹴り砕く。
骨が砕け散る音と再び迸る絶叫を無視して、その山賊の持っていた剣を奪い取る。
そして未だに何が起こったのか理解出来ずに動かず此方を驚愕の表情で見つめてくる他の山賊を見て小さく呟く。
「付与風」
次の瞬間強烈な風が俺の持っている剣にまとわりつく。
暴れんばかりの荒れ狂うそれを俺は山賊目掛けて振り切った。
次の瞬間剣の斬線上を風の刃が走り残りの山賊共を切り裂いた。
山賊の体から血が吹き出し、その血が頬に着くのを感じながら残りの山賊に目を向ける。
すると、目を向けた先にいた山賊どころかネストリウス老まで此方を呆然と見ていた。
まるで、あり得ないものを見たかの様に。
ーーーーー本当に舐められたものである。
まさかこいつ等は俺が戦えないとでも思っていたのだろうか。
そんな訳がないだろうに。
例えネストリウス老が馬鹿みたいに強くても、こうやって数で押されたらこうなることは必然だ。
なのに俺がなにも言わず、護衛をネストリウス老だけにしたのはいざとなったら自分が戦えばいいと判断したからだ。
山賊共も護衛が一人って時点で俺も戦える可能性ぐらい気付いてもいいと思うんだが。
呆れからため息を吐いた俺はーーーーー上半身を後ろに傾けた。
次の瞬間シュッ、という音と共に矢が頭上を抜け地面に突き刺さる。
背後から息を飲む様な気配を感じながらも先程の様に剣を振り風の刃を走らせる。
そして背後から聞こえる悲鳴を無視しながら目の前の山賊共へ歩み寄る。
「…………魔法だと!?」
「いやあんな魔法見た事ねぇよ!?」
「しかもあいつ隠れていた弓兵にまで対応したぞ!」
「ば、化け物だ!」
「あんな化け物に勝てる訳ねぇ!」
「に、逃げろ。逃げろ!!」
山賊は次々とそう叫び、来た道を今度こそひるがえし逃げ出した。
しかし俺はさっきとは違いもう逃がすつもりはなかった。
腰を低くし、足に力を入れ駆けようとする。
しかし一気に近づいて叩き斬ろうとした俺を手が遮り、駆けることが出来なかった。
どういうつもりだと遮った本人であるネストリウス老を目で問い詰める。
「どうやらもう我々の出る幕は終わりの様です。治安はあまり良くない様ですが、対応は悪くないみたいですね」
ネストリウス老はそう言って剣を鞘に収め戦闘態勢を解く。
どういうことだと、ネストリウス老の言った意味がよくわからず首を傾げていると山賊の逃げた方向から悲鳴が聞こえてくる。
一体なんだと剣に力を入れ、いつでも先程の魔法が使えるように気を張る。
そんな緊張状態の俺にネストリウス老は穏やかな言葉を掛けてくる。
「安心してください、エンフィール様。もう危険はございませんよ。それよりも、先程の魔法について聞きたいのですが」
先程の戦闘状態とは打って変わっていつも調子に戻ったネストリウス老は、好奇心を満たそうと魔法について聞いてくる。
それは今聞くことじゃないだろう!、と思いながら新たに木々から出て来た男共を油断なく見つめる。
先程の山賊とは違いきちんも鎧と剣を携えたその男達は俺達の前に来ると、一斉に膝をつく。
は?
訳がわからず混乱している俺に先頭で膝をついた男が声を出す。
「恐れながら申し上げます。我々はクラウン男爵家より遣わされた私兵団です、此度は誠に申し訳有りません!」
そう言って男は膝を立てた姿から土下座を敢行した。
えー、なんじゃそりゃ、と意味がわからないが力が抜けるのを感じた俺は、とりあえず剣を納めることにした。