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第二十話

 さすがにこの状況を見れば誰だってチームワークがバラバラだと思うだろうが、問題はそこではない。

お嬢様のような言葉使いはともかくとして、今の声は確実に『わたくし達』と言った。ならば、声の主は生徒会メンバーに他ならない。

生徒会メンバーの一人に他ならないのだが、声の主の姿はどこにも見当たらない。

「おやおや、お客様らしいね。香澄ちゃんお出迎えお願いするよ」

「どうしてあたしなんだよ」

「他の二人を沈めたのが香澄ちゃんだからさ」

「……行ってくる」

 自分でも行けるのだろうが、有無を言わさず紗央莉は香澄を顎で使う。貴重な作戦会議を邪魔した結果でもある。

「あん?」

 来客を出迎えようと扉に近づいた香澄だったが、手を掛ける直前で何かに気が付き足を止める。

 よく見ると扉は少しだけ開いており、隙間から見えるスペースの下半分に誰かが後ろ向きで座っている姿が垣間見えた。

 どうして堂々と入ってこないのか、そもそも中の様子を窺うのに何故後ろ向きなのか、疑問はいくつも出てくるが、とりあえず香澄は扉を開くことを選択する。

 静かな狭い廊下の空間に引き扉の金具が擦れる高い音が響く。

「誰だ、テメエ」

 得体の知れない初対面の相手に発動する何故だか低い声で香澄が話しかけると、しゃがみ込む生徒会メンバーの一人はビクリと体を跳ねさせる。

 髪は背中まである黒髪ロング。左右とも上方で髪をゴムで留めていた。髪形もさながら、女子のブレザーにスカートを履いていることから性別は女子だと窺える。

 奇しくもメタモルフォーゼ部と生徒会の男女比は全く同じだった。

「わたくしは生徒会会計の小牧眞子ですわ! 今日はあなた方に重要なお知らせを持ってまいりましたの!」

 やはりどうしてだか後ろ向きで喋り、腰でも抜かしたのか這うように香澄から距離を取っていく。

 あまり這いつくばると短いスカートでは下着が見える気配がするが、同性の香澄は別段何とも思わない。

「おい、何で逃げるんだよ?」

「ふ、ふん。わたくしのような高貴な存在があなた方のような下衆共とまともに顔を突き合わせるわけがないでしょ――わひゃいっ!」

「あん?」

 初対面でいきなり馬鹿にされてイラっとした香澄が、小牧の顔のすぐ右側の壁を自らの右足で蹴り飛ばす。同時にガラスが割れるんじゃないかと思うほど振動する。

 後ろからの不意打ち攻撃に驚いて飛び跳ねた小牧は尻もちをついてしくしくと泣き始めた。

「だから……ひっく、嫌だって……ひっく、言ったのに……ひっく。わたくしじゃこんな野蛮な輩の対応は……ひっく、出来ないって……ひっく、言ったのにぃ……うわーん!」

「え、ちょっと待てよ。え、本気泣きかよ……?」

 ぶつくさ呟いていたすすり泣きが、やがて本泣きへと変わっていった。

 まさかあれだけで泣いてしますとは微塵も思っていなかったらしい香澄は、若干おろおろしながら後ろで様子を窺っている紗央莉へと助けの視線を投げる。

 香澄からの応援要請にやれやれと肩を竦める紗央莉は、指差し棒をテーブルに置いてから二人へと近づいていく。

「ゴメンよ小牧さん。香澄ちゃんも人見知りでさ。初対面の人にはメンチを切ってしまうクセがあるんだよ」

 だれが人見知りだ、という反論が香澄から出るものの、実際その通りだからヤンキー風に振る舞っているんだろうとスルーする。

 すると紗央莉はおもむろに小牧の肩に手を添えて、隣にしゃがみ込む。

「ほら、顔を上げて。綺麗な顔を涙で濡らしたら駄目だよ。じゃないと他の男の子達が君の美しさに惹かれて集まってきてしまうからね」

 全身が痒くなる様な甘ったるい言葉を囁きながら小牧の頬へと手を当てる。

 後ろでは紗央莉の言葉を聞きながら体をむず痒そうに震わせた香澄が、胸や背中を掻き毟っていた。

「だからほら、泣き止んでその可愛らしい顔を見せて――ん?」

 不意に紗央莉の甘ったるい言葉と頬を撫でる手が止まった。

 手の感触に違和感でもあったのだろうか?

 そして、珍しく現状起こった出来事に慌てるように目が激しく左右を行ったり来たり泳ぎだす。

「本当? わたくし本当に綺麗ですの?」

 ゆらりと髪を前に垂らしながら立ち上がった小牧が小声で嬉しそうに呟く。

 得体の知れない物から逃げる如く紗央莉が飛び跳ねるように後退した。余裕なくとりあえず少しでも小牧から離れようとしたらしく、着地など考えていなかったようでそのまますてんと後ろへと転んだ。

 背中と肩を打ち少なからず痛みが走っているはずだが、そんなものお構いなしで紗央莉は痛む腹を抱えて蹲っている爽葵の元へと駆け寄り、

「爽葵君頼むから起きてくれ。ウチじゃ処理しきれない! 早く復活してアイツを対応しておくれ。もし今すぐ対応してくれるのならウチでも杏奈ちゃんでも香澄ちゃんでもいいからキスしてあげるから!」

 とんでもないことを口走り始めた。

 紗央莉のとんでも発言に、香澄は顔を真っ赤にして罵声から拒否を叫び、杏奈は未だ白い顔でも準備万端だと言わんばかりに口を尖らせていく。

「もしあれだったら君からウチらにキスしてもいいから! 何なら性的なことでも構――」

「もうちょっと女子らしい発言しろや!」

 ツッコミによって復活した爽葵が、どこからともなく取り出したスリッパ卓球の際に使った緑色のスリッパで紗央莉の頭を軽快な音を立てて叩く。

「ねぇ、本当にわたくし綺麗ですの……?」

「おい、待てよっ!」

 香澄が小牧の腕を掴んで歩みを止めようとするが、思いっきり力任せに手を振り解かれ、終いには右手で易々と突き飛ばされる。

 ふらふらと歩く小牧は香澄の横をすり抜けてとうとう部室の敷居を跨ぐ。

 異様に小牧を怖がる紗央莉は爽葵が座るソファの背後に回り込み、後ろから爽葵の肩を抱きしめる。

 女の子に抱きしめられてちょっと得した感じになっていた爽葵だったが、対面するソファに寝転んでいる杏奈から凄まじい殺気を放つ視線を送られてぶるっと体を震わせた。

 だが、そうこうしているうちに小牧が爽葵達へ手を伸ばせば届く距離まで詰めていた。

「わたくし本当に綺麗?!」

「昔懐かしの口裂け女か!」

 溜まっていたストレスと言いたかった小牧の謎の言動へのツッコミが一言で炸裂する。

紗央莉と同様に手で持っていた緑色のスリッパで小牧の頭を横殴りに叩く。

 すると、前に垂らされた長い髪が横に流れ、素顔が露わになる。

 ここで漫画ならば、顔にコンプレックスを持つ女子というものは大体さして他人が見ても気にいならないか、実は美少女で昔妬みや恥ずかしさからクラスメイトに虐められていたという可能性が高い。

 だが、それはあくまでも漫画の世界に限る。

 現れた素顔は、少し腫れぼったい目に、丸い輪郭、小ぶりな鼻に、たらこ唇。そして一番特徴があるのは口を囲むようにしている黒い何か……。

 染色体によっては女子でも産毛のような程度であることはあるものの、その色はまず出ることはないだろう。

「男かよ!! 声も高いし、堂々とし過ぎてて違和感なかった!」

「え、違和感なかったですの?!」

 小牧は爽葵の発言に朱色に染めた頬を両手で押さえ、恥ずかしそうに体をくねらせる。

「違がうわ! そんな意味で言ってねえよ!」

 嫌味に決まっているのだが、どうやら純粋な乙女系男子である小牧には通用しなかった。

 すると、小牧は恥ずかしさをそのままに少々躊躇しながらスカートのポケットから一枚の白い便箋を取り出す。

「あの、これ、会長からですわ。ではまた試合でお会いしましょう。出来たらあなたと戦いたいですわ」

 愛の告白っぽく手紙を渡すと、キャーと叫びながらどこかへと走り去っていった。

「生徒会は変人の巣窟なのか……? 頼むよ姉ちゃん……」

 その中に肉親がいることを不安に思う爽葵。

 だが、数分後手渡された白い便箋を読んだメタモルフォーゼ部部員達はさらなる窮地に立たされるのだった。


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