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第十二話

 放課後、爽葵はメタモルフォーゼ部の部室前に立っていた。

 教室からここまでの足取りは軽かったものの、いざ扉を開けるとなると手が重くなる。だからといってずっとここで無意味に立ち尽くしているわけにもいかないので、仕方なく重い手をゆっくり動かしながら部室の扉を開く。

「……ちゅーす」

 と、自然な流れを装って入室した爽葵の目に飛び込んできたのは、部室中央にあるソファの横で力比べをするように両手を組合いながら向かい合う杏奈と香澄の姿だった。

「……降参したらどうだ杏奈?」

「……戯言を。そちらが負けを認めれば話は簡単に済むんですよ」

 お互いに気を抜けない状態らしく、歯を食いしばりながら睨み合っていて爽葵を気にする様子はない。

 というよりも女子がしていい格好でも表情でもない。

「いきなりで全く状況が分からない!」

 女子同士の喧嘩というのは基本口喧嘩、少しズレてもキャットファイトだと思っていた爽葵だったが、現実は完全な力任せなリアルファイト。

 身長差があるにも関わらずお互い手を組み合ったまま動かないところを見ると力は均衡しているよう。杏奈に筋力があるというよりも香澄に筋力がないのだろう。

「やあ、爽葵君。授業お疲れだったね。よかったらお茶どうぞ」

「木枯……。お茶はいいんだけど、どういう状況……?」

「まぁまぁ、とりあえず座ってお茶飲みなよ」

 我関せずといった風にソファでくつろぎながら携帯を弄っていた紗央莉にティータイムを誘われ、爽葵も言われるがままとりあえず腰かける。

 テーブルに置かれていた空の真っ白いカップに、紗央莉の手で青い薔薇が散りばめられたティーポットから紅茶が注がれた。鼻腔をくすぐる紅茶の甘く芳しい香りは心を落ち着かせてくれる。

 だが、この戦闘がいつ爆発するかも分からないこの場所では気休め程度にしかならないが。

「で、これどうなってんだ……?」

「そうだね。簡単に一言で表すなら不毛な戦いだよ」

 あまりにも簡単に表されすぎて爽葵の頭上にクエスチョンマークが浮かぶ。

 不意に横からギリッっと歯を食いしばる音が聞こえた。

「つまるところはコレさ」

 紗央莉が自分の横に投げられていた一冊の雑誌を爽葵に手渡す。

 表紙上部には週刊クロスワードとタイトルが書いてあり、真ん中には応募当選者には金一封をプレゼントと購買意欲を高めるアピールポイント。どこの本屋やコンビニでも見かけるようなものだった。

 これがどう関わったら女子二人の取っ組み合いになるのか。

「ん?」

 雑誌の右角が一か所だけドッグイヤーがされているように凹んでいることに爽葵は気が付く。この場所が原因なのかと思いページを捲ると、やはり特に変わった様子もない。少し問題が難しそうな問題が載っているくらいか。

「けど、凄いじゃん。全部解いてある。時事問題とか苦手だからネットなしじゃ俺には無理かな。なぞなぞだったら結構自身あるけど」

 日本の古い歴史は好きでも現代社会の国会にはあまり興味がないという学生は多いだろう。もっと若い者が日本社会に興味を持って未来の日本を作っていって欲しいとテレビで誰かがたまに呟くが、現実は世知辛いものである。

 果てさて、日本の未来は据え置いて、一体このクロスワードが二人の試合にどう関連しているのか。

「まさか、横から勝手に答え教えたとか?」

「まぁ、正確に言うと解いてあったが正しいかな」

「解いてあった?」

 普通に考えるならば、このクロスワードは今尚組み合っているどちらかの私物で、解くのを楽しみに部室までやって来て雑誌を開くとものの見事に全てのマスが埋められていた、といったところだろう。

「……ちなみにそのクロスワードは、わたしと香澄でお金を出し合って買ったものです。なのにこの小娘は。……くっ!」

「……さらに付け加えると、解くときは必ず一緒にやるってことに決めてたんだ。だけどこの女は。……このやろっ!」

 まさかの杏奈と香澄から補足が入った。喋りながらもお互いがっぷり四つ組み合って譲らない。どこか苦しそうに顔を歪ませるときもあるが、お互いピクリとも動いていないので辛さがあまり伝わってこないがきっとあの握られた手には激しい力が込められているのだろう。

「つかアンタらまだその態勢保ってんのかよ! 意外と体力と筋力凄いな!」

「鍛えてますから!」「鍛えてるからな!」

「せっかく鍛えた筋肉無駄に使ってんなよ!」

 見た目全く筋肉などついていない華奢な女子二人だが、インナーマッスルは凄いのかもしれない。けれど、この細い体格で服を脱いだら腹筋バキバキは少し気色悪い気がする

「けど、木枯。どうしてアンタは不毛な戦いだって言ってんだよ。たぶん俺も楽しみにしてたクロスワードを先に解かれてたら怒るぞ」

「そこはウチも分かっているよ。ウチは杏奈と香澄がお互いを真っ先に疑って争っていることが不毛だと言っているのさ」

「……どういうことだよ?」

「ウチの見たところこのページはおそらく、このクロスワードに出されている問題の中でも難問の部類に入る。学生クラスじゃガリ勉君か、多種ジャンルにマニアックな人しかまともに解けないよ」

 確かにここ数か月の時事問題や聞いたこともない国の名産品、生物の進化過程に出てくる生物の名前やブラックホールの発生原因など、日常生活において全く関わりがなく、まず興味が無ければ知り得ない問題ばかりが出題されている。

 これはさすがにネットを使って探さなければ解くことは出来ないだろう。

「そんな問題を数学や社会で赤点取るような連中が解けると思うのかい? ネットも使ったところで理解出来やしないさ」

「「確かに!」」

「そこは嘘でも否定しておけよ! ちょっと悲しいよ!」

 しかし、紗央莉の言うことはもっとも。ネットで答えを探すのなら誰でも簡単だが、複数解釈のあるものに関しては本当の答えを見つけなければならない。それこそ複雑な話の解釈をしなければならないだろう。

 ならば杏奈や香澄では解けないと仮定して、一体誰がコレを解いたというのか。

「ウチに決まってるじゃん」

「アンタかよ!」

「まさか紗央莉が……。わたしはこのエセヤンキーだと思ってました」

「お前だったなんて……。あたしはこのドグサレチビが犯人だと思ってた」

「え、アンタら実は仲悪いの?」

 落ち着いて考えてみれば、まずこの部室に入る理由のある者はこの部に所属している生徒か顧問の教師くらい。だが、顧問の教師はこの時間帯ならまだイレギュラーを除いて職員室にいるはず。ならば、残りは部員の四人。一番最後に来た爽葵には犯行は無理で、成績の悪い杏奈と香澄にも解くこと自体が困難。つまるところ消去法で自称成績優秀の紗央莉ということになる。

「そりゃこのメンツで解けるのなんてウチくらいだし。あ、でも意外と時間かかったよ。十五分くらいかな?」

「十分早いし! そうじゃなくて、自分が元凶なのにコイツらが取っ組み合ってるのを黙ってみてたのか?!」

「女の子のくんずほぐれつしている姿ってそそるんだよね……」

 うっとりした表情を浮かべながら手を頬に添える。

 これは間違いなく今まで見てきた女子の姿を網膜再生していた。

「出たよ百合姫!! けど、俺が来たとき携帯いじってたじゃんか」

「ああ、あれはカメラの準備と写真のチェックだよ。けど、もっと絡まってほしかったなぁ。出来れば制服が脱げかける姿がよかった……」

 さらっと濡れ場を要求してくるとは、さすがは百合姫と称されるだけのことはある。

 部室でもこのような女子の写真を撮っているということは校内や郊外でも撮っているのだろうか。それとも写真だけに留まらないのか。興味はあるが、爽葵には分からない世界である。

「御託はその程度にして下さい紗央莉……。今回ばかりはあなたでも許しません」

「そうだな。あたしが楽しみにしていたページを解いた罪は重いぞ」

 杏奈と香澄が額に汗を浮かべながらソファを挟んで紗央莉の後ろに立つ。イメージ的には怒り心頭の二人の目は光り、背後には炎が燃え盛っている感覚。

 しかし、当の紗央莉はやれやれと肩を竦めて二人を鼻で笑った。

 その挑発するような態度に香澄が「あ?」と眉を今までになくひそめる。

「ちなみに爽葵君」

「お、おう」

 怒りで燃え盛っている二人に気を取られ、不意に名前を呼ばれて爽葵はビクッと体を跳ねさせる。

「このページを解いて懸賞に応募するといくら当たるか知ってる?」

「えーっと、さっき見たとき確か一万円って書いてあったような」

「そう。この本にある数少ない応募特典であり、しかも最も賞金が高いページさ」

 表紙に書かれているクロスワードを解いて応募すれば金一封がもらえる、というのはさすがに全ページではなく一部の問題だけ。数にすれば全二十二ページ中五つ。懸賞金額も千円から一万円と問題の難易度によって懸る金額が異なった。

 その中でも最高額の問題を紗央莉が解いたということ。

「ちなみに、ウチは全ての懸賞ページのクロスワードを解いて、さらに――応募しておきました」

「全部解いたってアンタいくらなんでもやり過ぎ――」

「さすがは紗央莉様!」「姫様、肩でもお揉みしましょうか?」

「変わり身早いなアンタら! 結局懸賞金目当てだっただけかよ!?」

「ははは、苦しゅうない苦しゅうない。当たるかどうかは分からないけれど存分にウチを敬うといい」

 我が物顔で高笑う紗央莉の肩と腕をヘコヘコしながら杏奈と香澄の二人が丁寧に揉んでいく。

 現状紗央莉が主でその他二人が召使のような状態である。お金の力はいつの時代も絶大。

色々としたフォローも無意味だったように感じる爽葵だった。

「ヤンキーナルシストぶってる上北までヘコヘコするとは思わなかったけどな……」

「おい、誰がナルシストだって? 聞き捨てならねえな」

「ヤンキーはいいのかよ……。つか、人の肩揉みながら凄まれても全く威圧感感じないんだけど」

「あ、ナルシストといえば――」

 不意に紗央莉の腕を揉んでいた杏奈が何かを思い出したらしく声を上げた。そのまま腕揉みを止めてソファの前へと回り込み、紗央莉の横に腰かける。

 爽葵もナルシストといえば、昼休みに出会ったあの意味の分からない怪しいナルシストが頭に浮かぶ。だが、さすがにピンポイントであの変人のことがこの会話に出ることはないだろう。

「風の噂で聞きましたよ綾音さん。一人で生徒会からの刺客を指一本で倒されたとか。それも学園四天王である生徒会役員の一人だとは。さすがですね」

「出てくるの早くね!? テニス部にだけ勝った今の状態をゲームで例えるなら一面のボス倒したくらいだろ!! もうラスト付近のボス出て来ちゃった?! つか、それ誰?!」

「顔や服装に特徴らしい特徴はないんですが、しいて上げるなら『常に腕を組みながら俯いて目を瞑っている』ことでしょうか」

「ピンポイントでアイツだった!!」

 昼休みに出会ったあの名乗る前に気絶した変人が生徒会役員の一人だったとは意外である。というよりも、自分のクラスメイトである女子にちょっかいを出して勝手に自滅したので爽葵は一切何もしていないのだが、風の噂とやらでは爽葵が退けたことになっている。

 誰が流し、どこで情報が狂ったのかが非常に気になるところだった。


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