23.糠南(九月十一日、木曜日、七時〇〇分)
「動機はなんなの? 又村さんが笹森さんを殺す動機よ」
熊林警部補の勧めで、その晩は幌延駅の近くにある光栄荘という旅館で、青葉と恭助のふたりは宿を取った。青葉と恭助の泊まる部屋がきちんと別々に分けられており、しかも、その手配は全部天塩警察署で行ってくれたので、ここでも青葉は熊林警部補に恐縮しまくりだった。この旅館はふたつの軒を連ねた建物になっており、片方は客の宿泊用の家屋で、もう一つは、一階が大衆食堂を運営しており、二階は従業員たちの生活の場となっていた。
「さあね、そいつは警察に調べてもらうことになるだろうね。もっとも、職の業界も同じだし、仲が良さそうでいて、案外こじれているのかもしれないね」
青葉の問いかけに、恭助は昼と同じ言葉を繰り返した。
「恭ちゃんの推理には証拠がないわよ。あれでは、又村さんが犯行を実行したことを立証できないわ」
「ふふふっ、それはそうだけど、警察をなめちゃいけないよ。一旦、又村を疑い始めれば、きっときちんとした証拠をさばくり出すことだろうよ。
たとえば、青葉たちが乗っていた列車の運転手にもう一度確認してみるのさ。南幌延駅で下車をした男性乗客がいなかったかどうか?」
「そんなこと、すでに訊き込みされているんじゃないかしら?」
「案外、済んでいないかもしれないよ。なにしろ、警察が気にしていたのは、安牛駅で又村が下車しなかったかどうかであって、そのあとの駅での下車には関心はなかっただろうからね。ちょっとした盲点になっているんじゃないかな?
それに、又村の家宅捜査を行えば、どうせなにかが出てくるだろう。例えば、バイクの荷物ボックスなんかを調べれば、笹森の血痕が出てくるかもしれないぜ」
「血痕?」
「あれだけ何度も刺したら、さすがに返り血も浴びざるを得ないだろうよ。だから、犯行時、又村はなにかを上に羽織っていた、と解釈するのが妥当だ。でも、列車に乗る時に、そのまま着ているわけにはいかないから、どこかでそれを処分する必要がある。事件現場に捨てるのでは足がついてしまうから、当然、一時しのぎでバイクのボックスに隠すことになる。そして、その服はライディングウェアであると推測するのが自然だ。
又村は南幌延で下車すると、バイクのところに行って、ボックスからライディングウェアを取り出し、それを着込んで、さらにヘルメットで顔をすっぽりと覆って、犯行現場に直行した。笹森を見つけ出して殺すために……。
ここからは俺の推測にすぎないが、おそらく真実だろう。安牛駅に到着した又村はバイクから降りて、笹森を探した。笹森は貨車の待合室の中にいた。又村から渡された水筒の眠り薬入りの紅茶を飲んで、うとうとしていた。もうろうとしている笹森に、介護をする素振りをして肩を貸して、又村は待合室の外に連れ出した。そのままホームの死体が置いてあった場所までやってきて、笹森をそこに寝かせると、背後ろから用意していたロープで首を絞めて殺した。
そして、さらに死体を仰向けにしてから、ナイフで十二個所刺して、そのまま逃走した。笹森は、ひょっとしたら犯人が又村であることさえ、気づかなかったのかもしれない」
「でも、今となっては、証拠のウェアなんて隠滅されているに決まっているわ」
「そうでもないさ。ウェアは消却できても、ボックスの内側にこびりついた人間の血を完全にふき取るなんて、案外大変なものだぜ。ボックスの中を調べれば、おそらく事件は解決さ」
「ボックス自体を処分していたらどうするのよ?」
「おおっと、そいつは考えなかったな。そうなりゃ、あとは優秀な熊林警部補におまかせするしかないな。はっはっはっ」
「でも、又村って奴はどうせ自信家なんだろう。だから、ボックスをそのまま取り残している可能性は高い。まさか、自分に嫌疑がかかっているなんて、夢にも思っていないんじゃないかな。
まあ、俺たちはこれで御役御免だ。飛行機の手配もしてもらえたようだし、明日は我がふるさと名古屋へ帰るぞ!」
「何時の飛行機なの?」
「ええと、旭川空港を十四時四十分に発つ飛行機だ。明日、幌延駅を八時〇三分発のスーパー宗谷二号に乗れば、旭川までひとまたぎだよ」
「ちょっと待ってよ、恭ちゃん……」
そういうと、青葉は時刻表を取り出して、急いでめくり始めた。
「恭ちゃん、明日は六時〇三分発の旭川行きの列車に乗るわよ!」
「ええっ、なんでそんな早く出なきゃいけないんだい? 二時間も早い時間じゃないか……」
「その列車で、問寒別駅まで行って六時二十七分で降りるの。それから、返しの稚内行きが六時五十七分にやってくるわ。そしたら、それに乗るの」
「そんなことしたら、また幌延駅に戻ってくるだけだぞ。意味ないじゃん?」
「だから、その電車が七時ちょうどにとなりの糠南駅へ停車するから、そこで降りるのよ」
「糠南駅――?」
「そうよ。そして、さらに五十一分後の七時五十一分になれば、今度は旭川行き列車が糠南駅に停まるから、それに乗って音威子府駅まで行けば、そこで追いついて、スーパー宗谷二号に乗ることができるわ」
「ちっともわかんないよ。そんな面倒くさいことして、いったいなんの得があるんだい?」
そういって、恭助が口を尖らせた。
「あら、恭ちゃん……」
瑠璃垣青葉が急に愛らしく微笑んだので、如月恭助は一瞬ドキッとした。
「宗谷本線にせっかく乗ったのに、糠南駅を通り過ぎて帰っちゃうなんて、あり得なくなくって……?」
長い文章を読んでいただき、ありがとうございました。
これを機に、宗谷本線に興味を持っていただけたら、作者としてこんなにうれしいことはありません。ぜひ、一度訪れてみてください。たくさんの秘境駅があなたの訪問をいまかいまかと待ち受けていることでしょう。
この小説を書くにあたり、参考にさせていただいた主なHPです。参考にさせていただいた全てのHPやブログに感謝しております。たくさんの有益な資料を本当にありがとうございました。
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