桜舞う裏庭で
「いってきまーす!」
俺、青山春斗はこの春、高校デビューのために髪を染めた。
校則の範囲内ではあるけど、黒髪はモブキャラになってしまうから、これは必要なことなんだ。
美容院で陽キャのお兄さんに教えてもらったおススメのヘアアレンジは練習のかいあって完璧だ。
今日から通う誠華高校は今年から共学の元女子校だ。女子高の時は華彩女子高等学校という名前だったのだが、共学と同時に名前も制服も変わったのだ。
国民的アイドルグループのコラボポスターが駅に張ってあるのを見た限り、センスのない俺の目にもかなり女子生徒の制服は可愛いと感じられた。
「春斗、おはよう」
これから始まる楽しい高校生活に顔を緩めていると、後ろから控えめに引いているような声が聞こえてくる。
「小夜子、おはよう」
小さなころから変わらないつややかな黒髪を風に揺らめかせ、こちらを見上げる幼馴染は、眠そうな様子を隠すことなく大きなあくびをしながら横並びで歩き始めた。
「さっきなんか気持ち悪い笑い声出してたけどなにしてたの?通報する?」
相変わらず辛辣な小夜子の声色は安心する。
少女漫画なら恋愛フラグになるのだろうが、残念ながら彼女は俺のことをただの幼馴染としか思っていない。
「高校楽しみだなーって思ってただけだよ。ほら、制服も女子の可愛いし」
「は?」
俺の言葉に途端に不機嫌な声を出し始める小夜子の様子がおかしい。まるで荒魂の封印を解除された神様のようだ。
「この制服はスタイル良くてかわいい子ならかわいく着こなせるけど、その辺のモブには似合わないデザインだよ。近所のお姉ちゃんが着てた前の制服の方がかわいいよ。体形関係なくね。・・・というか、男子の制服だけ作ればデザイン費用とか節約できたじゃん。何でわざわざデザイン変えたの?」
小夜子はスイッチが入ってしまったのか、ブツブツと文句を言い始める。
自己肯定感が低い彼女は低身長でふくよかな体形をしている自分のことが嫌いなようで、制服に納得がいっていないらしい。そもそも男が苦手で女子高に行くんだと意気揚々としていたのに、受験期間にいきなり共学化の発表がされて2日寝込んでいた彼女のことだ、行きたい高校でかつ一年目だから男子が20人くらいしかいないという条件じゃなかったら他の女子高を選択していたに決まっている。
「まぁ、決まったことは仕方ないしさ、俺は小夜子と同じ学校で助かってるよ!」
「な、なにいってんの?馬鹿でしょ。いい加減そのお花畑みたいな脳みそ高圧洗浄しなよ」
「辛辣・・・」
それにしても楽しみだ。入学式では視界の端から端まで女子だらけで緊張で話しかけることさえできなかったから、今日からの日常では頑張ろう。
小夜子は別のクラスでそのクラスには男子がいないらしく、ほっとしたような少し気の緩んだ表情で俺に手を振って廊下で分かれた。
「よ!はーると!」
後ろから巨体がのしかかってくる。
「お、おはよう・・・」
急な衝撃にむせながら見上げれば、自分より10センチほどおおきいゴリラ男が笑顔で立っている。自分も170センチ台だから身長はそこそこ鷹違法なはずなのに、こいつがいるとちびに見えるから本当に許せない。
「染谷・・・」
「国俊って呼んでいいって言っただろ?国ちゃんでもいいけど」
「呼ぶかよ」
クラスの男は7~8人ほど。5クラスの中で男子がいるのは3クラスだ。よりによってこんな陽キャゴリラと一年一緒かよとうんざりしながらそのまま教室の扉を開けた。
女子の数が多すぎて同じクラスの男子が教室の端で団子のように集まっているのが見える。
「よー!国ちゃんが来たぞ~!」
染谷がバカでかい声で叫ぶと、入学式の時に仲良くなったクラスメイトがみんな笑いながら挨拶を返してくる。
ついでのように「青山もおはよう」と言ってくれる奴らは本当に優しい奴らだ。
これが漫画ならこっちから挨拶なんてしなくても周りが勝手に集まってくるけどそんなことはないのでぎこちなくオタクみたいな引きつった笑顔を返すのが精いっぱいだ。くやしい。
「ちょっと!壁がじゃまで入れないんだけど!」
俺たちの背後から聞こえてくる声に思わず泡マりながら良ければ、クラスのマドンナ(勝手に俺が言ってるだけ)の白鳥永江ちゃんが頬を膨らませて立っていた。黙っていれば色白な控えめ美人だが、この子は完全に見た目詐欺だ。こんな儚げな見た目しといて悪戯大好きスポーツ万能、アイデアマンなのだ。彼女はどこか外国人とのハーフらしく、金色のショートヘアが窓から差し込む陽の光を反射してキラキラ輝いている。
永江ちゃんは俺たちの前を通り過ぎ、幼馴染で親友の黒鐘貞子に飛びついている。
ギャル二人がそろうと一気にクラスの雰囲気が明るくなる。
俺のクラスのクラスメイトは男女関係なく、俺の大好きな漫画も顔負けの濃いメンツがそろっていることを知った時は期待に胸を躍らせたが、一日目からもう絶望している。
担任がやってきてホームルームが始まってもクラスの雰囲気が変わることはなく騒がしい。
「ハセセンさぁ、ガチでまじめだよね」
「わかる」
ホームルームが終わり、担任の長谷川先生が教室からいなくなると、クラスの女子がそう言い始める。
「でもからかうと面白そうじゃね」
「それね~!!!!」
キャッキャと聞こえる可愛らしい声に耳を傾けながら、話しかける勇気なんてない俺は、教科書の確認をする振りをひたすら続けるしかなかった。
隣の席の夏切宏美の動きが俺とシンクロしているように鞄をいじる回しているのが目に入った。そのかばんの中には見おぼえのあるマークの付いた単行本がちらりと見えた俺は気が付くと声をかけていた。
「え、えと、夏切さん・・・?だよね」
「あ、はい。なんですか?えーと・・・」
「あっ、青山・・・青山春斗っていいます」
「青山君、何か用?」
夏切さんは黒猫のペンケースを机の上に出しながらため息をついた。
「さっき鞄の中に漫画が見えて・・・俺もその雑誌の漫画が好きだからつい・・・」
「え、え?本当?」
夏切さんの目が輝く。
それもそうで、その単行本が掲載されている漫画雑誌「アウム」は小学生向けなので、俺たちくらいの年齢になるともう卒業している人ばかりなのだ。
つまり今でも単行本を呼んでいる人はなかなか少ないってことだ。
夏切さんが取り出した漫画のタイトルは「カラメルみたいな恋したい!?」という作品だ。もちろん俺も持っている。雑誌の漫画家さんの中でもイケメンが出てくる漫画といえばこの作品の作者さんというほどに人気の作品を世にたくさん送り出していて、雑誌付録でドラマCDやアニメも出ている。
いわゆるレジェンドだ。
「カラ恋じゃん!俺もこの作品好き!ちなみに俺は『キングダム・キス』が好きなんだよ!」
「キンキスかあ・・・私はキンキスなら三話で主人公に振ら荒れるミルクティー担当が好きなんですよね。ブラックコーヒー担当のクール系が一番人気だけど、私的にはミルクくんとアイドルのカフェラテちゃんの話をもっと掘り下げてほしいなって・・・」
「わかる。番外編でいいから未来の話を書いてほしい」
夏切さんと固い握手を交わす。
まさか学校生活一年目でこんなにも早く同士と出会えるとは思わなかった。
一時間目のチャイムが鳴り響き、二人で慌てて授業の準備をする。
昼休みも漫画の話をしようと約束をしながら、肩の力を抜いて授業に臨むことができたのは、とても幸運だと思った
俺のおススメ漫画紹介コーナー
キングダム・キス(キンキス)
三人のイケメンとひょんなことから仲良くなってしまった一人の高校生少女小説家の女の子の恋の話。全15巻。
三人のイケメンはそれぞれ町にある別のカフェの息子で、本命がコーヒー担当、当て馬(三話で振られる)がミルクティー担当、賑やかし腹黒がジュース担当。作者の歴代作品の中では特に人気の有名作品で、豪華キャストのゲームやアニメ、ドラマCDもかなり好評だった。コーヒー担当にはアイドルをしている双子の妹がおり、カフェラテ担当として作品では扱われている。
はっきり作中では言われていないが、彼女はミルクティー担当に片思いしており、二人がメインの回も存在する。
作者である神代百々瀬の作品は総じてキスシーンがそれなりに多く、イケメンの漫画といえば・・・と言われるほどのレジェンド漫画家である。




