西へ南へ?
太陽がまだ寝静まる頃。
砂漠の町の彼方から、黒い影が静かに立ち上った。
「エアリー王女、昨日はご無礼を働き、申し訳ございませんでした」
アグリアスが、化け猫の姿となったネコショウの背に跨ったまま、深く頭を下げる。
「いえ、私の方こそ……立場を顧みず、皆様にご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ございません」
……結果的に、俺たちが王女を匿ったことで、
ライザルド公は彼女を懐柔できなくなった。
「結局、どこへ向かうんだい?」
デュナンが地図を指しながら言う。
「ここから北西へ行けば貿易都市サナン。
西へ向かって少し南下すれば、僕の故郷――クリステラがある」
デュナンの故郷、か……少し気になるな。
「魔王を倒すなら、サナンから北方への船が出てるぞ」リザリーが真顔で、まっすぐ俺を見る。
「えっ……この状況で魔王討伐ですの?
というか、あなたにそんな目的があったんですのね?」
「カサンドラの意見はもっともだな。
魔王討伐は俺の“最終目的”だ。今すぐってわけじゃない」
「ただ、王都奪還をするにしても……王女様にやる気がなければ、担ぐ意味がないわよ?」
ミザリアの言葉に、俺は小さく息を吐く。
「……王都を取り戻す“大義名分”が要る、か」
エアリー王女は何も言わず、ただ俯いた。
「……じゃあ、クリステラはどうだ?
デュナンの故郷ならいろいろ便宜を図ってくれるだろ」
俺の言葉にデュナンは「まぁ…」と
やけに歯切れの悪い返事をした。
「わかった。今回は多数決はしない」
アグリアスが、きっぱりと言い切る。
「クリステラへ向かう。その後は各自、己が選んだ道を進めばいい」
――彼女は、騎士として。
奪われた故郷を、たとえ一人でも取り戻すつもりなのだろう。
それに比べて、俺はどうだ?
……攻撃力皆無の俺が、どうやって魔王を倒すんだよ。
拳を握りしめたが、答えは出なかった。
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ネコショウの背中に乗っているだけの旅は、正直快適だ。
だが、空気はずっと重たいままだった。
西へ向かって一週間ほど進むと、景色は徐々に変わる。
砂は減り、緑が増え、やがて熱帯雨林が群生する地帯へ入った。
湿度が高く、肌がべたつく。
鼻を突くような、青臭い匂いが濃い。
「ここから少し南下すれば、すぐだよ」
デュナンが、ぽつりと呟く。
「……また、ここに帰ってくる羽目になるとはね」
やがて、木々の合間に光が差し込む。
目を凝らすと――光り輝く、透明な塔がそびえ立っていた。
「へぇ……綺麗だな。なんだ、あれ?」
「月並みの感想ね」
ミザリアが、意地悪そうに口元を緩める。
「なんだよミザリア、喧嘩なら買うぞ?」
俺たちが戯れてるとリザリーの警告が飛ぶ。
「……何か来る!」
次の瞬間。
風を纏った“何か”が、凄まじい速度で突っ込んできた。
「エアリー!!」
反射的にドレスの背を掴み、後方へ引き寄せる。
そのまま庇う形で、衝突――いや、受け流した。
「――なっ!?
き、貴様!! なんてところを触っている!!」
ブロンドの短髪の少女が自分を抱きしめるようなポーズで全身に風を纏い、宙に浮いている。
革製の胸当てに、剥き出しのおへそ。
太腿まで覆う黒いスパッツ状の装束。
……非常に、見応えがある。
「お前ら、何者だ!!」
「ステラ、またシルフの真似事かい?」
デュナンが、呆れたように声をかける。
「“風精霊の舞い”はマナ消費が激しい。君には向かない魔法だよ」
「……お前、デュナンか」
少女は睨みつける。
「私を捨てておいて、今さら何の用だ……」
「彼女はどなたですの?」
ミザリアが、にやにやとした笑みで尋ねる。
デュナンは頭を抱え、大きく溜息をついた。
「彼女は……僕が故郷に帰りたくなかった理由の、一つさ」




