談合?
「貴様っー! なかなか帰ってこないから心配して探してみれば……人の家に女を連れ込んで!」
アグリアスは聖剣クラリウスを抜き、こちらに突きつけた。その切っ先は震えている。
「アグリアス……これには深いわけが――」
だが彼女は聞く耳を持たない。
怒りのあまり先日、自分を殺しかけた魔族がすぐ近くにいることにすら気づいていないようだった。
……いや。
怒ってはいるが、それ以上に、焦っているようにも見える。
俺は知っている。
彼女は「裏切られた」と感じるより先に、「奪われる」ことを恐れるタイプだ。
それはきっと、騎士として失ってきたものが多すぎるからだろうか。
そして既に、我がチートスキルであるラッキースケベは、アグリアスの拳すら“ご褒美”として受け入れる段階へと進化してしまっていた。
――これはもう、呪いだ。
この力は俺を守るが、同時に周囲との距離感を狂わせる。
✡
――アグリアス邸。
空虚なリビング。男二人、女五人が、微妙な距離を保ったまま輪になって座り込んでいた。
気まずい沈黙。
これはあれだ――前世で、親父の財布からキャバクラの名刺が出てきた時の空気。
母さんの声が、やけに静かだった。
その空気を破るように、アグリアスが声を張り上げる。
「やはり私は認めん! 魔族と寝食を共にするなど論外だ!
万が一、王にバレてみろ……全員打ち首だぞ!」
語気は荒い。だが、その視線は時折こちらを外し、
ネコショウとリザリーを直視しきれていなかった。
拒絶というより、どう扱えばいいか分からず戸惑っている……そんなふうにも見える。
体験したからこそ分かる。
王都では“正しさ”と“生存”が常に隣り合わせだ。
アグリアスは感情より先に、最悪の結末を想像してしまう。
いや、逆にこれは俺の方が少し楽観的すぎるのかもしれない。
「妾とて、ネコショウを連れ戻しに来ただけだ。いつから同居の話になった?」
リザリーは腕を組み、眉をひそめる。
その声には、まだ幹部らしい威厳が残っていた。
せっかく、こんなに仲間が集まったのに、
これで可愛いネコショウがいなくなるなんて、
耐えられない。
――いや、正直に言えば、美少女になるなら尚更だ。
「だってよ。ネコショウは俺と暮らしたい。
で、リザリーはネコショウと暮らしたい。
なら一緒に住めば、丸く収まるだろ」
これは冗談でも軽口でもない。
俺にとって“一緒に暮らす”というのは、居場所そのものだ。転生直後の孤独を、もう二度と味わいたくない。
「リザリー様……お願いします」
ネコショウは両手を胸の前で握りしめ、祈るように見上げた。その尻尾が、不安そうに小さく揺れている。
ネコショウは、ここを“帰る場所”だと思っている。
それを奪われる恐怖は、俺と同じだ。
「……ああもう」
リザリーは一度、天を仰いだ。
「分かったよ。妾はお前の、その目に弱いんだ……」
そう言ってから、ほんのわずかに口元を緩める。
幹部としての顔より、ずっと人間らしい表情だった。
「私は認めんぞ!」
アグリアスが壁を叩く。
「そ、それに……これ以上女性が増えたら、
私とリョウカ、二人で過ごす時間が減るではないか!」
――と、背後でミザリアが楽しそうにアグリアスの声真似をしている。
びっくりした。ミザリアが言ってたのかよ。
アグリアスがそんな事言うわけがない。
仮にアグリアスがギャルゲーの攻略対象でも、
ここまでデレるルートは存在しないだろう。
「なっ、ミザリア! 貴様!」
「ふふっ。私はあなたの気持ちを代弁しただけ」
耳まで真っ赤に染めたアグリアスの拳が震える。
「うわぁぁぁぁ!!」
アグリアスが飛びかかる。
ミザリアは赤くカールした髪を弾ませ、軽やかに身を躱した。
「姉様、落ち着いてくださいまし!」
カサンドラが慌てて羽交い締めにする。
「ただ……どのみち、この人数が住むには
わたくしと姉様の家だけでは手狭ですわ」
言葉は冷静だが、腕にかける力は本気だ。
彼女を止めつつも、カサンドラの内心では同意しきれない複雑さが滲んでいるように見えた。
全員が、同じ不安を別の言葉で抱えている。
「いやー、まったく賑やかだねぇ」
隣でデュナンだけが肩をすくめて笑う。
「お前は何か意見はないのか?」
「僕? 一夫多妻制には賛成だよ」
「……そんな話だったか?」
相変わらず掴みどころのないやつだ。
ただ、一夫多妻制には俺も同意だ。
ここまで来たら、もう収拾がつかない。
やがて、アグリアスは深く息を吐き、ドカッと腰を下ろした。
「……仕方ないわね。先日、ロメオス王から幹部討伐の報奨金として一億Gを受け取った」
「「「一億!?」」」
全員の驚きが重なる。
「その金で、家を買いましょう」
「いいのかい? そんな使い方で」
デュナンが聞く。
「何を言ってるの。皆で戦って勝ったんだから、皆のために使うのが当然でしょう」
その言葉に、一瞬だけ胸を張る。
英雄としての誇りと公平性、皆を背負う覚悟が垣間見えた。
「太っ腹ね……」
ミザリアが、なぜかアグリアスの横腹をつまむ。
「ちょっとミザリア!?
それ、どっちの意味で言ってるの!」
「しかし……妾も魔族だ。
それでも共に住んでよいのか?」
リザリーの声は、先ほどより少し低かった。
「リザリー様も一緒じゃないと嫌です!」
ネコショウが抱きつく。
その勢いに、リザリーは小さく息を詰まらせ
――そして抵抗しなかった。
この瞬間、彼女は魔王軍の“幹部”ではなく、
ネコショウの保護者となった。
「……反対だが、皆の家だ…ここは多数決で決める」
「わたくしも反対ですわ」
アグリアスとカサンドラ。
「俺は賛成だ」
「私も賛成です!」
「僕も賛成だよ」
「私もよ」
賛成四、反対二。
「……仕方あるまい」
アグリアスは目を閉じ、短く頷いた。
「騎士に二言はない」
「やったー!」
ネコショウが弾むように喜び、リザリーに抱きつく。
「こら……落ち着け……」
そう言いながら、リザリーの声は柔らかい。
――そのとき。
「――ただし!」
アグリアスの声が空気を切り裂いた。
「この件が、いずれ大きな禍根になる可能性は忘れるな。特にリョウカ。お前は王女様の一件で王から、決して好かれてはいない。
嵌められる口実を与えるな。肝に銘じろ」
その目は、本気だった。
嫉妬でも感情論でもない、守る側の覚悟の色。
俺は思う。守られているのは俺だけじゃない。
俺が軽率に動けば、この居場所ごと失われる。
――皆で暮らす。
それは確かに、賑やかで、楽しい未来かもしれない。だが同時に――間違えれば、全員を巻き込む火種にもなり得る。
……冗談抜きで、俺は一度、ちゃんと考えないといけないな。
ここは“逃げ場”じゃない。
俺が守るべき“居場所”だ。
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