第21話 変態家を買う?
翌日、アグリアス邸。
殺風景な部屋の床には、昨夜の話し合いのあと、そのまま仲間たちが雑魚寝で寝息を立てていた。
当然のように、リザリーの姿もそこにある。
――昨夜の決定を、全員が受け入れた証拠のように。
……あれ?
早朝だというのに、アグリアスの姿が見当たらない。
……どこに行ったんだ?
玄関先の石レンガの塀を抜けた瞬間、
甘い――金木犀の香りが、鼻先をくすぐる。
この匂い……アグリアスだ。
胸の奥が、少しだけ落ち着いた。
古びた木のベンチに腰を下ろした彼女は、
まだ動き出す前の街並みを、静かに眺めていた。
朝の風に揺れる金色の髪が、やけに綺麗だ。
「こんなとこで黄昏て、どうした?」
声をかけると、アグリアスは俺を視界に収め、少しだけ顔を背ける。
「普段はあれほど賑やかな街も、こうして寝静まると静かなものだ。
私は……この朝の静けさが好きなのだ。
そして――」
アグリアスは言いかけて、飲み込んだ。
彼女は俺を見つめ……それ以上は、なにも言わなかった。
「俺も最近、楽しいんだ。
生きてるって感じがしてさ……」
そう言ってアグリアスの横に腰かける。
「ふっ。なんだそれは」
アグリアスは肩をすくめる。
「お前は単に、美女が増えて嬉しいだけだろう。まったく、単純な男め」
……いや、図星だけども。
やっぱり俺、アグリアスには変態認定されてるんだろうか。
「アグリアス……」
青い瞳に、俺の情けない顔が映る。
彼女の目を見ていると、
昨日の不安が、少しだけ遠のいた気がした。
――その瞬間。
「コホン、コホン、コホン、コホン」
「エホッ、ゴボッ、グフぁ、ウフン」
上品な咳払いをするカサンドラと、
もはや咳払いかどうかすら怪しい、
美少女姿のネコショウが、俺たちの間に強引に割り込む。
「いってぇ……!
お、おい! なにしてんだ、狭いんだよ!」
ベンチの手すりの金具が、横腹に食い込む。
「ちょっと、カサンドラ!
一体どうしたというのだ!」
アグリアスも悲鳴を上げている。
「姉様の貞操の危機を感じましたので!」
「リョウカ様の童貞の危機です!」
二人は揃って、よく分からない“危機”を察知していた。
……ていうか、ネコショウ。
なんで俺が童貞だって知っているんだよ。
「ふふ。僕だけ仲間外れだなんて、ズルいじゃないか」
気が付くと正面に、デュナンがニヒルな笑みを浮かべて立っていた。
「我が秘技を見るがいい!」
“風精霊の戯れ”
「ちょ、馬鹿野郎! やめろぉぉぉ――!」
俺の断末魔と同時に、風を纏ったデュナンが、水泳の飛び込みよろしく豪快にダイブする。
朝の静けさは完全に粉砕され、
激しい土煙と共に、ベンチは原型を留めず大破した。
✡
「……まったく。貴様らにはモラルというものがないのか?」
腕を組み、呆れた顔で説教を始めたのは――
魔王軍の幹部という、一番“人の道”から遠いはずのリザリーだった。
「近所迷惑も考えろ。ここは王都の外れとはいえ、人は住んでいる。それに、ベンチはどうする?
公共物を壊すとは何事だ」
リザリーの説教は続いた。
「まったく、おバカさんなんだから」
ミザリアがそう言って、俺の頬についた土煙を、優しくタオルで拭ってくれる。
「わ、私がやろう!」
なぜかアグリアスが割り込んできて、
今度は俺の顔を遠慮なく磨き始めた。
「いだっ……!
アグリアス、痛い! 痛いって!」
「ふふっ」
それを見て、ミザリアがイタズラっぽく笑う。
やがてアグリアスは、手を動かしながら思い出したように口を開く。
「ああ、そうだ。皆に報告がある」
俺たちは改まって、床に座る。
「私の叔父、グリミナ公が、持て余している別荘がいくつかあってな。
その内の一つを、一億Gで買い取った」
「さすが、仕事が早いな!」
口に出していたのは俺だけだったが、
全員が期待に満ちた視線を、アグリアスへ向けていた。
日が高く昇り、
俺たちは早速、その“新拠点”へ向かう。
✡
王都バルフォネアから北に四里。
ガルザス剣山の麓――
そこに、我らが城が建っているはず……だった。
……あれ?
アグリアスに案内されて辿り着いた先。
目の前にあったのは、
木造二階建ての、長屋の屋敷だった。
「あの……アグリアスさん。
ここ、ですか?」
恐る恐る尋ねる。
「ああ! ここだ!」
なぜか彼女は、目をキラキラ輝かせている。
時代に取り残された、古びた校舎のような外観だ。
良く言えば趣がある。
悪く言えば――ボロい。
……思っていたのと、だいぶ違う。
「どうだ?」
恍惚とした笑みで振り向くアグリアス。
……間違いない。
これ、彼女の好みに直撃している。
他の皆も、アグリアスの手前、
余計な感想は飲み込み、曖昧に頷くだけだった。
「魔界の牢獄に似ているな!」
その瞬間、俺は反射的にリザリーの口を塞いだ。
「ぐっ、貴様、なにをする!」
「頼むから、余計なこと言うな!」
必死に口を押さえる。
「がはっ……!
わ、わかった、わかったから……それ以上は……!
くっ……口は……弱いんだ……!」
やがて、リザリーは大人しくなった。




