第三百九十三夜 おっちゃんとハイネルンの大使(前編)
街が整備されてくると、国民になりたい、呪われた民が移住してきた。
人が増えればやる仕事も増える。もちろん、国民が増えると税収も増える。だが、徴収時期のずれにより、国庫からの金貨の流出が増えた。
おっちゃんは『黄金の宮殿』より齎された祝いの品のうち、金に換えられる物を金に換えて、どうにか支出の増大に対応していた。
「これ、『アイゼン』陛下の贈り物がなかったら、国家は火の車やったで」
ハワードが作った収支予想の紙を眺めていると、真剣な顔をしたリオンがやってきた。
「おっちゃん、ハイネルンの使者のケーニッヒがハインリッヒ国王から親書を持ってきている」
「そうか、お通しして」
ケーニッヒの年齢は四十台、白い短い髪をした浅黒い顔の小男だった。ケーニッヒは質素な青い服に羽根の付いた帽子を被っていた。
ケーニッヒは丁寧な態度で祝辞を述べてから、親書と祝いの品の目録を手渡す。
親書を読むが、簡単な挨拶文であり、特に問題はなかった。
祝いの品も、『黄金の宮殿』から贈られた品からすれば見劣りするが、質と量は充分にあった。
簡単な挨拶と世間話が済むと、ケーニッヒがにこやかな顔で切り出した。
「ところで、国王陛下。失礼ながら、貴国の軍はあまり充実してはいないもよう。よろしければ、私が仲介して軍事支援をハインリッヒ陛下に進言できますが、どうでしょう」
おっちゃんはケーニッヒの言葉を警戒した。
(ハイネルンは、まだ鷹派のファルコ元帥が健在や。ハイネルンには領土的野心がある。タイトカンドが落ちれば、次はアントラカンドかオルトハルツが狙われる)
おっちゃんは微笑みを心がけて、やんわりと拒絶する。
「オルトハルツは、ゆっくり軍を育成しようと思います。それに、オルトハルツとハイネルンでは規模も軍規も違いますから、支援を受けても充分に成果があげられないでっしゃろ。しばらくは、このままで、ええですわ」
「ふむ」とケーニッヒは思案した顔をする。
「ならば、軍事同盟を結ばれてはいかでしょうか」
「軍事同盟までは必要ないでっしゃろ」
「レガリアのヒエロニムス国王が健在のうちは、まだいい。ですが、レガリアもそろそろ世代交代があるでしょう」
「そういう動きが、あるんですか?」
ケーニッヒが思慮深い顔で頷く。
「ヒエロニムス国王には、息子が二人います。長男で皇太子のユリウス王子と次男のヘンドリック王子です。王位継承がうまくいかねば、レガリアは内戦になります」
「でも、そんな、内戦なんて、ならんやろう」
ケーニッヒが厳しい顔で忠告してきた。
「国家たるもの、いつも有事に備えておかねばなりません。もし、内戦が起きれば、オウル国王は必ずや、両方から味方に付くように迫られます。万一敗者の側に付いたのなら、国は危なくなる」
「そうですやろうな。でも、内戦は起きないと思うております」
内戦が起きるかどうかは、おっちゃんにはわからなかった。だが、あえてここは楽観的な態度を採った。
ケーニッヒは険しい顔で懐柔を試みる。
「一旦、戦争が起きた後では遅いのです。ハイネルンと軍事同盟を結んでおけば、中立という選択肢も採れます」
(そんで、オルトハルツが攻撃されたら見捨てて、オルトハルツの解放を名目に介入する気なんやろうな)
「でも、軍事同盟の話は、また今度にしましょう。下手に軍事同盟を結んだらヒエロニムス国王にあらぬ疑念を抱かせます」
ケーニッヒが表情を和らげて提案してきた。
「そうですか、それは残念です。では、オルトハルツに大使館を置かせてもらってもよろしいでしょうか。大使がいれば両国間の関係もスムーズに行く」
(なんか、ハイネルンの動きが怪しいで。これは、ハイネルンは何か企んでおるの)
「大使館を置くのなら、ハイネルンの首都にこちらの大使館も設置したい。せやけど、こちらは建国のゴタゴタで、まだまだ、準備が整いません。大使館の設置もまたの機会でお願いします」
「残念です」とケーニッヒは渋い顔をして、おっちゃんと会談を終えた。
おっちゃんは念のためにエルマに尋ねる。
「レガリアって、後継者問題で揺れそうなん? エルマはんの個人的な意見でいいから、知りたい」
エルマが穏やかな顔で告げる。
「ヒエロニムス国王は賢明なお方なので、王位継承は順当に行くでしょう。ヒエロニムス国王が生きている間に王位継承が行われれば、内戦にはなりませんよ」
五日後、おっちゃんが都市計画を眺めていると、リオンが厳しい顔をして執務室に入ってくる。
「おっちゃん、ハイネルンのケーニッヒの動きが妙だ」
「なんや、なにをしているんや」
「どうも、ケーニッヒは、オルトハルツの軍の規模や、城壁や見張り塔の破損箇所、軍事施設の稼動状況を調べている」
「素直に帰ってくれんのか。困ったお人やなあ」
リオンが険しい顔で告げる。
「間者として拘束して、取り調べるか」
「やめておこうか。きっと、証拠は出ない。それに、ケーニッヒの拘束は、オルトハルツの存続を揺るがす事態になりかねん」
リオンがむっとした顔で意見を述べる。
「なら、諜報活動を認めるのか?」
「それもまずいな。よし、三日後の日曜日に野外で兵士を労ってバーベキューのパーティをやるで。そこにケーニッヒの一団を呼んで接待する」
リオンは厳しい顔で告げる。
「そんな、肉を食わせたくらいで納得して帰る連中ではないぞ」
「まあ、任せとき、ちょっと考えがあるねん。ほな、バーベキューのパーティの食べ物と飲み物を用意してや」
「それくらいなら、すぐにでも用意できるが、他にやる仕事はあるか」
「あと、当日は『龍殺しの弓』を使った的当ても企画してや」
リオンが難しい顔をして尋ねる。
「的当て大会も兵の息抜きにはなるだろう。だが、そんなバーベキューや余興で、ケーニッヒをどうにかできるのか?」
「まあ、当日を楽しみに見ていてや」