第三百九十二夜 おっちゃんと法律
ゲールとの問題が片付いた一週間後の夕方に、おっちゃんはリオンから報告を受けた。
「蠍人、赤牙人、木乃伊の一団が、おっちゃんに面会を求めてやってきている。『黄金の宮殿』からの使者だそうだ」
「なんやろう? お通しして」
男性の蠍人が入ってきた。蠍人とは下半身が蠍で蠍の頭の部分から人間の上半身になっている種族である。
蠍人は白いシャツを着て、白のクーフィーヤと黒のガカールを身に着けていた。
「私の名はハサン。我が主『アイゼン』陛下の使者として来ました。この度は、国王就任おめでとうございます」
「『アイゼン』陛下が就任の祝いの使者を出してくれたんか。これは、嬉しいですわ」
おっちゃんはエルマを呼ぶ。
「エルマはん、『黄金の宮殿』からの使者や。歓迎の宴の準備をして」
おっちゃんはハサンに向き直る。
「できたばかりの貧乏国家で、大したお持て成しはできませんが、できるかぎりの接待をさせてもらいます」
ハサンは冷たい顔で拒否した。
「いえ、お持て成しは結構です。我らは街の人間にあまり歓迎されていない様子。早々に立ち去ります」
「まさか、うちのリオンが何か失礼な言葉を言いましたか。だとしたら、すんまへん。あとで、きつく言うておきますわ」
ハサンが不機嫌な顔で語る。
「いえ、衛兵は問題ないです。冒険者の態度が、まるで敵を見るような目で見るのです。ここに長居して何か不測の事態が起きれば、あまりよろしくないでしょう」
「そうですか。冒険者が問題ですか。なら、護衛を付けますわ」
ハサンがツンとした顔で、不満を口にする。
「護衛は不要。ここに来る途中も盗賊団に襲われましたが、自力で撃退しました」
「盗賊が出たんでっか。それは難儀でしたな」
ハサンが、チクリと嫌味を述べる。
「ここは我らにとってはあまり治安がよくないようなので、早々においとまします」
「なら、せめて、帰りの水と食糧は、こちらで用意させていただきますわ。エルマはん、リオンはんを呼んで。至急や、至急」
リオンが事情を聞いて険しい顔でやってきた。
リオンに指示を出す。
「館にある酒と食糧の全部を提供して」
「わかった、すぐに手配する」
「足らんかったら、ハワードに急いで連絡をとって、飲み物と食糧を、すぐに用意して、使者に持たせるんや。手ぶらで帰したらあかん」
「早急に質のよい物を用意しよう」
リオンが下がったので、食糧が集まるまで、おっちゃんはハサンを引き止めた。
二時間後、ハサンが就任祝いの品を置いて帰っていったので、リオンを呼ぶ。
「リオンはん、聞いたで。オルトハルツの近くに盗賊が出るって本当か?」
リオンが苦い顔で語る。
「残念ながら本当だ。掃討したいのだがなにせ、うちらには人員がいない。盗賊はゲールと違って、国家総動員体制で当る問題もないし、被害額も大きくはない」
「そんなこというたかて、他国の使者が襲われるって大問題やで」
リオンが渋い顔で答える。
「問題は認識しているが、街の警備だけでなにぶんこっちも余裕がないんだ」
「わかった。国庫から支出を認める。冒険者ギルドのギルド・マスターのエイドリアンを動かして冒険者を雇って盗賊団を壊滅させて」
「金の算段が付くのなら、盗賊団の壊滅は難しくない。さっそく、人を集めて盗賊団を退治しよう」
一週間後、リオン率いる四十人の部隊が盗賊団の掃討に出かけた。リオンの部隊は三人の犠牲者を出したものの盗賊団を滅ぼし、盗まれた荷物を持って帰ってきた。
「ふー、これで一安心や」
一晩を空けると、朝食時にセバルがやってきて困った顔で告げる。
「おっちゃん、盗賊団退治の件で問題が発生した」
「なんや、盗賊団の残党が集まって来たんか?」
セバルが冴えない顔で告げる。
「違う。盗賊団の倒して持ち帰った品の帰属を巡って、リオンとハワードが揉めている」
「どういうことや、詳しゅう教えて?」
「リオンは兵が盗賊を倒して持ち帰って品だから、恩賞として兵に分け与えるべきと主張。ハワードは、元は盗まれた商人のものだから商人に返すべきだと主張している」
「なるほどの。エルマはん、法律ではどうなっているんや?」
エルマも困った顔で告げる。
「決まりはありません。そもそも、この国には明文化された法典がないんです」
おっちゃんはセバルに訊く。
「そうか、なら、いつもは、どうしているの?」
セバルが真剣な顔で語る。
「確かに俺たちの文化に法律書のようなものは存在しない。だが、法は存在する。法は長を通して部族内に知らされて、それを皆が守っている」
「部族の長が裁判官を兼ねているわけやな。んで、今回のようなケースはどうなるんや?」
セバルが弱った顔で話す。
「それが、リオンの部族とハワードの部族では決まりが違うんだ。つまり、どちらの主張も正しいといえる」
「それ、まずいやん。部族間の対立は、どうするんや?」
「有力部族の長が仲介を持って決める。それで駄目なら争いになる」
おっちゃんは腕組みして天を仰いだ。
「これは、まずいねえ。国家という枠で考えると、ちと具合が悪いな。官吏による法整備を後回しにしてきたツケが出たな」
おっちゃんはセバルに指示を出した。
「わかった。セバルはん、今回は国王裁定で品物は一旦セバルはんが回収して、リオンとハワードに半分ずつ分けて」
セバルが神妙な顔で発言する。
「わかった。ハワードとリオンには、おっちゃんの意向を伝える」
「エルマはん、五人の官吏の雇用を認めるから、法典を作って。ただし、官吏は国民から選んでや。それと法典に載せる数は八十くらいで、ええから」
エルマが渋い顔をして意見した。
「法の数が八十って、少なすぎやしませんか?」
「うちは、貧乏弱小国家や。最初からええもんを作ろうにも、金も人もない。せやから、基本的な決まりを八十、ひとまず作るだけでええ」
エルマが暗い顔で異を唱える。
「それでも、八十は少なさ過ぎますよ」
「ええねん、法律を作れば、現段階やと長の権限を制限する事態になる。当然、反発も起きる。そうなれば、政権が安定しない」
「まだてきて間もない政府ですから、政権の安定は重要ですね」
「だから、明文化された法律は少ないほうがええねん。法はオルトハルツが大きくなっていくときに順次、増やしたらええ」
「わかりました。雇える人間が五人程度なら、八十ぐらいが限界かもしれません」
三週間後、エルマが明るい顔をして、おっちゃんの許にやってくる。
「国の基本となる八十八の法律の草案ができました」
草案を見せてもらって、問題なしと感じた、
「よく、短期間で纏めたな。よし、ほな、広場に石碑を建てて、法律を刻むように石工に命じて」
エルマが、おっちゃんの意図をわからずに不思議そうな顔で訊いてくる。
「広場に、ですか?」
「この基本法については、誰でも見られて、誰でも議論できるようにするためや。オルトハルツの法は、誰もが議論を自由にできるようにする」
オルトハルツでは以後も法は増え続けた。だが、ここに建立された石碑に刻まれた法律が法の基本となり、議論する態度が法の精神となった。




