第三百九十一夜 おっちゃんとゲール捕縛作戦(後編)
フィルズが魔法を唱えると、おっちゃんの体は動くようになった。
「大丈夫か、おっちゃん?」
「『オスペル陛下』やりすぎやで。巻き込まれて死ぬかと思うた」
フィルズは満足気に発言する。
「でも、首尾は上々だ。ゲールを無力化できたぞ」
「ほな、ちょっと説教してきますわ。本物の『龍殺しの弓』を貸して」
フィルズが肩掛け鞄に手を入れると、矢筒を取り出し『龍殺しの弓』と一緒におっちゃんに渡した。
おっちゃんは弓矢を装備すると、変身を解いて、ゲールの前に進む。
「残念やったな、ゲールはん。止めを刺させてもらうで」
ゲールが無念の顔で、おっちゃんを見つめる。
「まさか、この俺が人間ごときにおくれをとるととはな」
おっちゃんは矢を番えると、弓を引いた。おっちゃんは矢を外して撃った。
ゲールの顔の横に矢が刺さる。ゲールが怪訝な顔をする。
「どういうつもりだ」
「ゲールはん。これが、ほんまの戦いやったら、今ので死んだで」
「なにを言っているんだ」
ゲールがわけがわからない顔をしたので、おっちゃんは説明する。
「わからんか? ゲールはんは、やりすぎたんや」
「どういう意味だ」
「『迷宮図書館』のオスペルはんを怒らせた。そんで、ゲールはんの素行の悪さに『火龍山大迷宮』も庇いきれんくなった」
ゲールは苦しそうな顔をした。
「伯父上が俺を見限った、だと」
おっちゃんは、弓を見ながら話す。
「この『龍殺しの弓』の出所は、わかるか?」
「まさか、その弓を『火龍山大迷宮』が貴様に与えたのか?」
「この弓を、おっちゃんに与えた存在は、『テンペスト』陛下や」
ゲールの顔色が変わった。ゲールが暗い顔でしんみりと話す。
「そうか、俺はとうとう愛想を尽かされたのだな」
「おっちゃんは『火龍山大迷宮』からゲールはんを殺す許可をもろうとんのや」
「では、なぜ、殺さない」
「パズトールはんに頼まれた。『テンペスト』陛下かて、ほんまはゲールはんを殺したくない。せやから命だけは助けてくれて懇願された」
おっちゃんは言葉を切る。
「あいつがそんな言葉を」
「ゲールはんにはわかるか? 身内の殺害許可を出した『テンペスト』陛下の苦しい気持ちが。もし、わからんようなら次は、ほんまに死ぬで」
ゲールが苦い顔でおっちゃんの説教を聞いていた
「フィルズはん。ゲールはんの体を治してあげて」
「わかった、治療をしよう」
フィルズが寄ってきて魔法を唱えて、ゲールの体を治す。
麻痺が治ってゲールは、おっちゃんの前に座った。
「それで、俺をどうする気だ。このまま放免する気はないのだろう?」
「さて、ここからが本題や。おっちゃんはゲールはんを殺すつもりはない。せやけど、国の上空を低空飛行されて生贄を要求されて黙っているつもりはない」
ゲールがむっとした顔をする。
「では、どうするのだ。要求を言え」
「さりとて、おっちゃんに従えと要求する気もない。今後は隣人として五分の付き合いをしたいと思うが、どうや」
ゲールがむっとした顔で発言する。
「俺と、お前が対等な関係だと」
「そうや。お互いに対等な関係や。それでいいなら、おっちゃんから『迷宮図書館』に詫びを入れる仲介をしたる」
ゲールは五分の付き合いに不満があるのか不機嫌な顔で何も口にしなかった。
巨大おっちゃんが軽く爪先を上げてゲールを踏んだ。
ゲールは無理やり頭を下げる形になった。ゲールは諦めて口を開き、苦しそうな顔で告げる。
「わかった。対等の立場で付き合うとの条件を呑もう」
フィルズが威厳のある顔で告げる。
「ゲールの言葉をしかと『迷宮図書館』は聞いた。『迷宮図書館』は、おっちゃんの仲介をもって、今までの非礼の数々を我慢しようと思う」
フィルズが巨大おっちゃんを見上げる。
「よろしいですね、『オスペル』陛下?」
「いいよ」と巨大おっちゃんから『愚神オスペル』の声がした。
巨大おっちゃんが窓を開けると、窓の外にゲールが飛んでいった、
巨大おっちゃんと部屋が縮む。全てが何事もなかったかのように元のサイズに戻った。
普通サイズになった巨大おっちゃんが宙返りをすると、『愚神オスペル』に戻った。
『愚神オスペル』がニコニコした顔で告げる。
「面白かった。またね、おっちゃん」
「ほんま、今回は助かりました。これでゲールも大人しくなりますやろう」
『愚神オスペル』が手を振って秘密の部屋へと続く階段へと消えた。
寝室の扉が開くと、どこにいたのか次々とモンスターが姿を現し、秘密の部屋に通じる階段を通って帰っていく。
最後に残ったフィルズが尋ねる。
「今回の結末の報告だ。すぐにも報告したいというなら、マジック・ポータルを開いてやるが、どうする?」
「ほな、ちょっと着替えてきますわ」
おっちゃんはトロルに姿を変えて着替えると、『龍殺しの弓』を持つ。
フィルズが開いてくれたマジック・ポータルを通って、『火龍山大迷宮』に移動した。
『火龍山大迷宮』に到着すると、パズトールがすぐに姿を現す。
おっちゃんは丁寧に礼をして弓を返却しようとした。
「この度は貴重な『龍殺しの弓』を貸してくださり助かりました。幸いに『龍殺しの弓』でゲールを仕留める事態には、いたりませんでした」
パズトールが安堵した顔をする。
「そうですか、それは良かった。我が主もお喜びになりましょう」
「へい、それで、ゲールは人間と対等の付き合いをすると決まりました。また、立会人となった『迷宮図書館』も、これまでのゲールの非礼は我慢すると拳を下ろしました」
パズトールは、にこにこした顔で喜んだ。
「それは、僥倖。よくぞ、やってくれましたね。私たちも『迷宮図書館』との関係が悪くならずに済んでほっとしています」
パズトールは『龍殺しの弓』を受け取らないので、声を掛ける。
「『龍殺しの弓』は要らんのですか?」
「それは、おっちゃんにあげます。いつぞやの報酬の代わりです」
「ほな、ありがたく、いただきます」
パズトールが澄ました顔で告げる。
「人間の国王には内密に伝えておいてください。ゲールを殺さなかった態度に感謝すると」
「へえ、わかりました。きちんと伝えておきます」
パズトールが帰りのマジック・ポータルを開いてくれたので、おっちゃんはオルトハルツに帰還した。