第三百八十四夜 おっちゃんと井戸の幽霊
月曜日から、また現場に出る。
すると、ユスフがおっちゃんの許に慌ててやって来た。
「おっちゃん、困りました。井戸を復旧させていたら、井戸の中に先住民がいました」
「そうか、先に住んでいた人間がいたって、井戸の中に、か?」
「そう、井戸の中にです」
おっちゃんは事情を把握するために、問題の井戸に向かった。
井戸の周りには作業を進められず、困った木乃伊の石工がいた。
(なんや、なにが起きているんや。さっぱりわからん)
井戸は直径一・五mの頑丈な石造りの井戸だった。
おっちゃんは井戸に近づいて、声を掛ける。
「すんまへん、この国で新たに国王になった、おっちゃんいうものです。誰ぞいますか?」
井戸の底から青白く透き通る体の幽霊が、上を向いていた。
「先に住んでた人ってあの方?」と声を掛けると、ユスフは頷く。
ユスフが井戸の底に向かって声を掛ける。
「責任者を連れてきたので、話をしてもらえますか」
幽霊がどんよりした顔で井戸の淵まで上がってきた。幽霊は若い女性の幽霊だった。
「私はこの街の領主の娘でした。街に木乃伊兵が雪崩込んできた時に、逃げそびれて、ここの井戸に落ちました。以来、ここの井戸で、父か家臣が迎えに来るのを待っております」
「そうか、そういう事情でしたか。残酷なようやけど、だいぶ時間が経っておりますし、街の所有権も変ったので、立ち退いてもらうわけにはいきませんか?」
幽霊がきつく、おっちゃんを見据える。
「ここから行くとこなんかありませんわ」
「そないなセリフを言われましてもね。そこは井戸ですから、人が水を汲みに来るんですわ」
「では、ほかの井戸を用意してください」
「井戸は住処やないでしょう。これを機に昇天されてはいかがですか?」
「成仏できるなら、とっくにしています。貴方にはわからないわ。私がどんな気持ちで人を待ち続けたか」
「わかりました。なら、葬式を出して弔らうんで、成仏していただけませんか?」
幽霊の態度が軟化した。
「そうね、きちんと弔らうんなら、考えてもいいですわ」
おっちゃんは、ユスフに向き直る。
「ほな、ユスフはん。葬式を一つ用意してくれるか?」
「わかりました、葬儀の手配をします」
「あと、人間とバッティングしたら困るから、『幽霊が寝ています』と使用禁止の札を立てておいて」
「変わった立て札ですが、そちらも作っておきます」
現場をユスフに任せた。
木曜日の朝に、ユスフがやってくる。
「今日の夜に葬式を出す経緯になりました。おっちゃんは参列しますか?」
「前領主の娘さんの葬式やろう。顔を出すわ。そのほうが、あとあと面倒もないやろう」
「そうですね。参列者が多いほうがシャーリーさんも喜ぶでしょう」
おっちゃんは夕食を済ませると、葬儀会場となる井戸の前に向かった。
葬儀会場に弔問客として三十人の木乃伊とハリルが待っていた。
葬儀の司会としてユスフが挨拶をする。
「本日は晴れてお日柄もよく、絶好の夜となっております。これより、前領主のご息女、シャーリー様の葬儀を行います。それでは、司祭のモレーヌさまより祈りの言葉をお願いします」
モレーヌが挨拶をして、故人に対する冥福を告げる言葉を述べる。
その後、井戸から引き上げられた遺体を前に献花となる。
献花の間にユスフがシャーリーの略歴と人となりを告げる。
シャーリーが黙って、ユスフの言葉を聞いていた。
ユスフの部下三十人の木乃伊と、おっちゃんにより献花が行われる。
その後、木乃伊がシャーリーの遺体に手を合わせて棺に移し、墓場へと進んでいく。
墓の前に来ると、シャーリーの遺体が墓に納められ、土が被せられる。
ユスフが厳粛な顔で告げる。
「では、最後に故人のシャーリー様より感謝の言葉をもって、葬儀を閉めたいと思います」
シャーリーがしんみりした顔で告げる。
「短い人生ですが、こうして、心ある人たちに送られるのが、せめてもの救いです。今日は私のために集まってくれて、ありがとうございました」
全員がシャーリーに礼をする。ユスフが畏まった顔で告げる。
「では、そろそろ夜も更けてまいりました。モレーヌ様の『ターン・アンデッド』にて、シャーリーさまを送ります」
モレーヌがシャーリーの前に進み、厳かに『ターン・アンデッド』を試みる。だが、シャーリーは消えない。
モレーヌが『ターン・アンデッド』を再度、試みるが、シャーリーは消えなかった。
ユスフが咳払いをする。ユスフが渋い顔をして述べる。
「シャーリー様、もう、成仏していいんですよ。『ターン・アンデッド』に乗っかる形で、お願いします」
「あっ」とシャーリーは思い出した。
「忘れていた。私は、まだ心残りがあったわ」
「えっ」とユスフが口にして、困った顔をして尋ねる。
「なんでしょう、心残りって? なんか、美味しいもの食べたいとかですか?」
「結婚。私まだ、結婚していなかったわ。結婚するまで成仏できない」
木乃伊一同が、葬儀の行方がどうなるかわからず、ざわめく。
隣にいたハリルが怪訝そうな顔をして、おっちゃんに小声で尋ねる。
「おっちゃん、この葬式、どうなるんだ。仕切り直しか?」
「葬儀の仕切り直しって、聞いた記憶ないな」
ユスフがシャーリーをじっと見る。
「では、私と結婚しますか?」
ユスフの言葉に、一同はシーンとなる。
シャーリーが困惑した顔で申し出る。
「そんな、私で、いいんですか? 領主の娘といっても、元ですし、実際の年齢は見た目より、かなり上です」
ユスフが穏やかな顔で頷く。
「私も単なる石工です。ですから、そう贅沢はさせられませんが、よろしいですか?」
ハリルが面食らった顔をする。
「おい、おっちゃん、ユスフが結婚するって。どういうことだ?」
ユスフがハリルの前に進み、木乃伊たちが道を空ける。ユスフがハリルに、神妙な顔で告げる。
「お父さん、このたび、結婚することになりました。相手はシャーリーです。よろしいでしょうか」
ハリルが困惑した顔で告げる。
「良いも悪いも、お前が選んできた相手なら俺に文句はない。というか、俺はお前の結婚式に出られるとは思わなかったよ」
木乃伊の誰かが拍手をすると、他の木乃伊も拍手をする。
「なんや、とんだ。サプライズになったな」




