第三百八十二夜 おっちゃんと建国の宴
ハワードから金を受け取った二週間後、館前の広場で、おっちゃんはエルマが書いた建国宣言を読み上げる。
「――以上を持って、ここにオルトハルツの建国を宣言する」
広場前に集まった大勢の聴衆から歓声が上がる。泣いている人間もいた。
おっちゃんは館の庭に作られた会食場で四十二人の呪われた民の長たちと立食パーティに参加する。
おっちゃんは呪われた民の長の一人一人に声を掛けて、簡単な話に興じる。
式典のために用意された、ヤギの丸焼きは次々と切りわけられ、呪われた民の長たちの腹に収まる。用意された酒も次々と樽から消えていった。
酒も料理も充分に行き渡ったところで、誰かが口を開く。
「ところで、おっちゃんさん。おっちゃんさんには妻がおらんようやけど、どこかの長の子女から妻を娶る気は、ありませんか?」
「遠慮しておきますわ。おっちゃんは、もう年やさかい、再婚は考えておりません」
別の長が複雑な調子で口を出す。
「そうですか。では、次の国王は、養子ですかな?」
「今のところ、養子をとって国王にする気は、ありません。おっちゃんの次の国王は指名して地位を譲ろうと思うとります」
一堂が興味を示したのがわかった。近くにいた呪われた民の長が口を出す。
「王位を譲る? いったい誰に?」
「それはまだ考え中ですが、候補は今のところ四人おります。四人の中で一番うまく国王をやれそうな人に王位を譲りますわ」
候補となる人間を一人多く申告したのは、後から候補が出てきてもいいようにする措置だった。
おっちゃんは宴も終盤に来たと思ったので、呪われた民の長たちに告げる。
「オルトハルツの蒸留酒は、わいには強すぎたようや。ちと、酔うたので、ここで抜けさせてもらいますわ。まだ、料理も酒も残っているので、皆さんは楽しんでいってください」
おっちゃんは宴の席を抜けて、寝室で水を飲み一休みする。
一休みして、執務室に行くと、セバルがやってくる。
セバルが明るい顔で告げる。
「おっちゃん。国王と領主に宛てた挨拶状が、できた。使者は明日の朝に出立させるが、いいか」
「ええよ。中身は事前にエルマはんに見せてもらった。問題ないようだったから、頼むわ」
セバルが困った顔をする。
「おっちゃんに、ちょっと頼みがある、後継者のことだ。その、我が民の中から妻を娶るか、養子を迎える気は、ないのか」
「今のところは、ないよ。どうした? 誰かになにか相談されたか?」
セバルが表情を険しくする
「長たちが気にしている。オルトハルツは、建国したばかりの国だ。伝統がない。もし、おっちゃんの身になにかあったら、後継者問題で国は揺れる。なにかあった時の事態を考えて、後継者を決める、ないしは筋道を立ててほしい」
「そうか。なら、正式な後継者が決まる前になにかあったら、セバルはんが次の国王でええで」
セバルは面くらった顔をする。
「俺が国王になる? おっちゃん、後継者は国を揺るがす問題だ。そんな簡単に決めてはいけない」
「そんなこというたかて、おっちゃんは、オルトハルツ国の人間をよく知らん。長たちかて、やっと顔と名前が一致するようになったばかりや、だから知っている中で一番に信頼が置ける人間は、セバルはんなんやで」
セバルが弱気な態度で発言する。
「俺を評価してくれる態度は嬉しいが、俺に国が纏められるか、わからない」
「それ言うたら、おっちゃんかて、セバルさんのとこ出身の人間やない。元は外の人間や」
セバルは真摯な顔で告げる。
「おっちゃんは我が民のために、ユーミット閣下に俺たちを受け入れてくれように頼み、村を開いてくれた。我が民が冒険者になる助成もしてくれた。線香産業を興して、戦えない者も暮らせるようにしてくれた」
「確かにした。けど、そんな大それた仕事やない」
セバルが真摯な顔で言葉を続ける。
「それだけじゃない。『オスペル』陛下と交渉して、土地を確保してくれた。国王に国の建国も認めさせた。危険な未知の島への探索に必要な資金を集めて船を造った。未知の島の探索も率先して実行した。国王としてのおっちゃんの功績は、疑いようがない」
「でもなあ、セバルはん。それは全て過去の話や。それに、必要な金貨を貯めた人間は、セバルはんたちや。せやから、おっちゃんを英雄視する必要は全然ないんやで」
セバルはムッとした顔で反論する。
「そうは言っても、おっちゃんは別格だ」
「そうか。とりあえず、後継者の話は、待ってくれ。ただ、おっちゃんかて、もう年や。なにかの切っ掛けで、ぽっくり死ぬかもしれん。そん時はセバルはんが国王や」
「おっちゃんになにかあったら、俺が国王か」
「セバルはんがいない時はハワードはん。ハワードはんがいない時は、リオンはんに国を任せる」
セバルが難しい顔で思案しながら述べる。
「ハワードが次点で、その次がリオンか。確かに才覚と気質がある人物であるが、どちらも一癖あるな」
「だったら、健康に気を使うことやで。セバルはんが王になったらええだけや。もし、セバルはんが荷が重いと思うたら、ハワードはんに。ハワードはんがいなかったら、リオンはんに頼めばええ」
セバルが難しい顔をして帰ったので、エルマを呼ぶ。
「エルマはん。さっそくだけど文章を作ってほしい」
「畏まりました。どんな文章ですか?」
「セバルはんに話した内容を触れとして出す、万一の時についてや」
おっちゃんが内容を告げると、エルマが書き留める。
「エルマはん、後継者問題をどう思う?」
エルマが穏やかな顔で告げる。
「後継者については、国の重要事項です。私なんかが口を挟むべき内容ではありません」
「ええから、意見を訊かせて」
「あまり急いで決める必要はないと思います。もしかしたら、まだ良い候補が出て来るかもしれません」
「そうか。なら、ハワードはんを、どう思う?」
「ハワードさんは数字にも強く、商才のあるお方です。百姓や商人から信頼が厚いです」
「そうやね、ハワードはんが王なら資金で行き詰まりはせんやろう」
「ですが、どうも物事を、利の面でのみ考えます。他の人がそれを受け入れるかどうかが疑問です」
「なら、リオンはんは、どうや?」
「リオンさんは武勇に優れダンジョンでも活躍しています。冒険者になった国民や兵士から支持されています」
「リオンは威勢がよく男気もあるからな」
「ただ、直情的なところがあり、また弱者に厳しい面があります」
「よく見とるやないか。さすが国王が補佐官としてつけてくれた人物や」
エルマが控えめな態度で一礼をする。
「畏れ入ります」
翌日にはおっちゃん触れとして、おっちゃんに何かあった時の体制が告知された。
告知により、国の長たちは一応の安堵をしたのか、宴の時以来、後継者については何も言ってこなくなった。




