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おっちゃん冒険者の千夜一夜  作者: 金暮 銀
バレンキスト編
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第三百六十夜 おっちゃんとイコナの聖パン(前編)

 数日後、おっちゃんは昼に冒険者ギルドのドアを開ける。

 焼けたパンのいいに匂いがしていた。冒険者ギルドにやってきていた移動販売のパン屋が持ち込んだパンの匂いだった。


 おっちゃんも一つ、ブラウン・ブレッドを買う。パンの外側は適度に固くて、内部は、もっちりとして歯応えのあるパンだった。

(なんや。ブラウン・ブレッドやけど充分に美味いわ。こんな、ブラウン・ブレッド初めてや)


 思わず、金を払って、もう一個、購入して食べた。

 カサンドラもお昼のためにパンを買っていた。

「バレンキストのパンは、ほんまに美味いな」


 カサンドラが自慢した顔で告げる。

「でしょう。特に美味しいと呼ばれるパンは、イコナの聖パンよ。地元でバレンキスト・パンの名前で呼ばれているわ。バレンキストではバレンキスト・パンを焼けて初めて一人前の親方になれるのよ」


「バレンキスト・パン? そんなパン、パン屋に並んでいたかな?」

 カサンドラが笑顔で告げる。

「焼きたてのバレンキスト・パンは人気だから、すぐに売り切れるのよ」

「そうか。次に見つけたら、買ってみよう」


 翌日、冒険者ギルドに顔を出すと、変わった内容の依頼票が貼ってあった。

「美味しいパンの焼き方を教えてくれる人を募集します。ガルシア」

(なんや、ガルシアいうたら伯爵家のパン職人やろ。若くても腕の良いパン職人が、冒険者ギルドにパンの焼き方を教えてくれと依頼を出すなんて、けったいやな)


 奇妙な依頼なので、おっちゃんはカサンドラに尋ねた。

「ガルシアはんの依頼って、変わっとるな。美味しいパンの焼き方を知りたいなら、パン職人に聞いたほうがええやろうに」


 カサンドラが困った顔で伝える。

「ことの発端は、ビアンカさんなのよ。ガルシアさんが親方試験に合格して、お祝いに伯爵家でバレンキスト・パンを焼いたの。すると、口にしたビアンカさんがこれはイコナの聖パンじゃないって、発言したのよ」


「ん? でも、バレンキスト・パンって、イコナの聖パンのことやろう。バレンキスト・パンって焼けないと親方になれないんやろう。その親方試験に合格したんなら、バレンキスト・パンが焼けるはずやで」


 カサンドラが曇った表情で述べる。

「そうなのよ。でも、ビアンカさんは、違うと発言したのよ。そうして、パンに向き合ううちにガルシアさんは、何がバレンキスト・パンか、わからなくなっちゃたのよ」

「なんや。思考の袋小路に入ってしもうたんか?」


 カサンドラが困惑した顔で告げる。

「そうなのよ。それで、依頼を出してきたのよ。でも、パン職人ですら回答が出ない問題を冒険者ギルドに持ち込まれても、困るのよね」

「せやなあ。話を聞くぐらいしか、できんしな」


「誰もやりたがらない依頼だから、やってみる? 悩める職人に手を差し伸べてみる?」

「それほど、拘束時間が長いわけではないし、やるだけ、やってみるか。ガルシアはんには伯爵家で働いている時に、美味しいパンを作ってもらったからな」


 おっちゃんはガルシアに会いに伯爵家に行く。

 昼食に使うパンを焼き上げたガルシアが出てくる。

「冒険者ギルドから依頼を受けてきたで。今どんな状態や?」


 ガルシアは困った顔をしていた。

「他の人に見てもらいましたが、ビアンカお嬢様以外は、味も香も問題ないと申しております。俺も、これ以上にない出来映えだと思うんですが、自信がなくて」

「そうか。なら、ちょいと、余っていたら、バレンキスト・パンを食べさせて」


 バレンキスト・パンの見た目はホワイト・ブレッドだが、普通のホワイト・ブレッドよりも中身がしっとりしており。味はしっかりしていた。

「なんや、充分に美味いで。これで、ええやん」


 ガルシアがしょんぼりした顔で告げる。

「でも、それを出してもビアンカお嬢様には受け入れられなかったんです。きっと、何かが違うんですよ。でも、何が違うのかが、俺にはわからない」


(これは、あれやな、何かの拍子でパンが上手くできんかった。そのパンを食べたビアンカの言葉が気になっているんやろう。どれ、ちょっと自信をつけさせてやるか)


「よっしや、おっちゃんがパンを調べてみる。残っているバレンキスト・パンがあったら、もう一切れ、貰えるか」


 おっちゃんは、ガルシアからパンを分けてもらい、法王庁のパン職人のダビットを訪ねた。

「ダビットはん、何度もすんまへんね。ちとパンの話で相談があるんよ。このバレンキスト・パンなんやけど、どこがまずいか、わかる?」


 ダビットはおっちゃんからパンを受け取ると、ちぎって一口を口にする。

 ダビットが怪訝そうな顔をして。軽い口調で評価を下す。

「ん、別におかしなところはないよ。普通のバレンキスト・パンだね」


「そうやろう? でも、ビアンカはんが食べて違うと言うたんや」

「もっと詳しく聞いても、いいかな?」


 おっちゃんはカサンドラから聞いた話を教えた。

 ダビットは得心がいった顔で語る。

「なるほどね。ビアンカお嬢ちゃんの言葉が発端ねえ。でも、それなら、理由がわかる。ガルシアが焼いたパンは、バレンキスト・パンではあるが、イコナの聖パンではない」


「え、なんで? 巷ではイコナの聖パンをバレンキスト・パンって呼んでいるって聞いたで」

 ダビットが眉間に皺を寄せて語る。

「一般的に同じと思われている。だが、実は違う。法王庁で焼いたバレンキスト・パンだけが、イコナの聖パンを名乗れる」


「そんなの、名称だけやろ。味に違いなんて、ないやろう」

 ダビットが真剣な顔で告げる。

「ここだけの話。ほんのわずかだけど、製法に違いがあるんだよ。ビアンカお嬢チャンは猊下とも度々、食事をする。だから、イコナの聖パンの味を知っていたんだろう」


「そうか。微妙な違いなんか。違いを教えてもらうわけに、いかんか?」

 ダビットが難しい顔をする。

「教えるわけにはいかんね。だが、ヒントは、やろう。ビアンカさんが持ち込んだ問題が解けたなら、ガルシアは成長するだろう。解けなくても、普通のパン職人として暮らす分には問題はない」


 ダビットは三切れのパンを持って来た。

「これが、本物のイコナの聖パンだ。これがヒントだ」


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