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おっちゃん冒険者の千夜一夜  作者: 金暮 銀
バレンキスト編
358/548

第三百五十八夜 おっちゃんと砂糖騒動

 おっちゃんは仕事が残っていたので、次の日も伯爵家に働きに出る。

 昼休みに行く時、おっちゃんはビアンカが棚から鍵のような部品をくすねる場面を目撃した。


 だが、ビアンカは伯爵家の娘であり、倉庫の品は伯爵家の財産なので、黙っていた。

(なにか、わけがありそうやけど、言わんのなら聞く必要もないか)


 昼食を摂っていると、伯爵がやってきた。気取った顔で訊く。

「メルセデスよ。ビアンカの奴を見なかったか?」


「そういえば、ここにお昼を食べに来ていませんね。探してきましょうか?」

「よい、よい。あの子にも都合があるのだろう」


 伯爵がおっちゃんをチラリと見る。

「そのほうは冒険者であろう。報酬を払うから、手紙を届けてくれ」


「わいですか? 仕事がもう、ほとんどないので、メルセデスの親方さえよければ、手紙を届けるくらいは、しますよ」

「メルセデスよ。ちと、この冒険者を借りるぞ」


 メルセデスが畏まって応じる。

「わかりました」

 伯爵が軽く手を上げると老執事がやってくる。老執事は手紙と銀貨三枚をおっちゃんに渡した。


 伯爵が鷹揚に構えて告げる。

「この手紙を近隣の砂糖村の庄屋に届けてくれ。今日中にだ。できるかな?」


 砂糖村は知っていた。すぐ隣にある、砂糖大根を作っている村だ。

「砂糖村なら歩いても二時間も掛かりませんな。昼食が終わったら、すぐに出ますわ」

「うむ、では頼んだぞ」


 昼食が終わると、おっちゃんは手紙を持って砂糖村の庄屋の許に歩いていく。

 砂糖村で庄屋の家を尋ねた。庄屋の家は十二部屋はありそうな大きな家だった。


 庄屋の家から、痩せて頭が禿げた年を取った男が出て来る。

「こんにちは、庄屋はんでっか」と尋ねると、男は頷いた


 庄屋の顔色は、良くなかった。

「伯爵様から手紙を預かってきました」


「ありがとう」と庄屋は力なく答えて手紙を読む。

 手紙を読む庄屋は顔色がすこぶる悪かった。庄屋は手紙を最後まで読むと、手紙を握り締めて天を仰いだ。

「どないしはりました。なんぞ、良くない事件でも起きたんですか?」


 庄屋が青い顔をして告げる。

「一揆が、一揆が起きるかもしれん」

「なにが書いてあったんですか?」


 庄屋が苦しげな表情が語る。

「今年は砂糖大根の生育が思わしくない。難民を小作人に当てて費用を減らして急場を凌ごうとしました。だが、それでも伯爵が要求される砂糖の量を納めると、百姓は生活できるかギリギリの状態になる」

「そんな事態になっとったんですか」


 庄屋が縋るように顔をした。

「そうです。だから、砂糖大根を収穫する前に年貢の減免を申し出たんです。だが、(まか)りならんと返事が来ました。どう百姓に説明したものか。これは血を見るかもしれません」

「ちなみに、どれくらい年貢を減免してもられえれば、一揆を防げそうなんですか」


「砂糖は高価です。十五%も減免してくれれば、無事に年を越せます」

「そうか。なら砂糖を絞る作業は、ちょっと待って。絞る前なら、救えるかもしれん」


 おっちゃんは急ぎ工房に帰ると、メルセデスを人気のない場所に呼び出す。

「あんな、メルセデスはん。昼に手紙を持っていけと伯爵から言われた件や。あれな、年貢の減免不許可の通知やった」


 メルセデスは苦い顔をして腕組みする。

「そうか。それは、砂糖村も厳しいだろう。だが、仕方ない。税の徴収は伯爵様に権利がある。俺に相談されても、どうしようもできない」


「そこでなんやけどな。おっちゃん倉庫の整理をしていて気付いた事実があるんよ。工房にある機械のうち一つは遠心分離機や。もう一つが、圧搾機なんよ。これを上手く使えば、砂糖の収量が上がるで」


 メルセデスが驚いた。次いで、訝しむ顔をする。

「そうなのか? でも、なんで、俺に話すんだ? おっちゃんから伯爵様に話せば、褒美も出るだろう」


「それが、まずいねん。おっちゃんにも事情があるねん。だから、メルセデスはんが気が付いた経緯にしてもらってええか。おっちゃんを助手の扱いにしてくれたら、組み立て方と使い方を教えるわ」


 メルセデスが納得の行かない顔をしたが、了承した。

「わかった。なんか、事情があるのなら仕方ない。このまま、取れる砂糖が取れなくて、無理に百姓を苦しめて、一揆になんて展開になれば寝覚めが悪い」


 おっちゃんはその夜、メルセデスと一緒に残って、遠心分離機と圧搾機の詳しい使い方を探る。

 朝まで掛かったが、直系二・五mの円形の遠心分離機と圧搾機は動くようになった。


 機械が動くようになると、メルセデスは「砂糖の収量を増やせるかもしれない」と伯爵に進言にしに行く。


 おっちゃんが待っていると、明るい顔のメルセデスが戻ってきた。

「やったぞ、伯爵様から機械の使用許可が下りた。また、機械で砂糖の収量が上がった分については増税しないと、確約してくれた」

「ほんまか。なら、さっそくゴーレムに引かせて、砂糖村に持って行こう」


 機械を見た庄屋はメルセデスの説明を聞いても露骨に疑った。

「砂糖大根が増えるわけでなし、本当にこんな変ちくりんな装置で砂糖の収穫量が増えるんですか?」


 メルセデスが懇々と説く。

「理論的には同じ量の砂糖大根から、より多くの砂糖を搾れるようになるはずだ。同じ砂糖大根から多く砂糖が搾れれば、税を減免しなくてもやっていける」


 庄屋の表情は晴れない。

「百の砂糖が取れるところから百二十が取れれば、税を払ってもやっていけます。ですが、本当に大丈夫なんでしょうか?」


 メルセデスが怖い顔で尋ねる。

「では、このまま行くか?」


 庄屋は苦しい顔で承諾した。

「わかりました。藁にもすがるつもりで使ってみましょう」


 おっちゃんは役目を果たした。後はメルセデスに任せて、冒険者ギルドに帰った。

 砂糖大根からより多く砂糖が採れたのか、おっちゃんにはわからない。


 だが、伯爵の領内で一揆が起きた報告は入らなかった。また、税が払えず子供を売ったなどの話は一切、聞こえてこなかった。


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