第三百五十七夜 おっちゃんと伯爵家の事情
片付けは夜まで続いた。
壊れた機械は一度、分解して、使えるパーツは再利用する。工具を使ってパーツを外す作業が発生していた。
おっちゃんはダンジョン勤務時代に設備調達係にいた過去があった。
ダンジョンといえども、限られた資源でやりくりをしなければならない。壊れたからといって、なんでもかんでも業者に修理を頼んでいたのでは、費用が高く付く。そのため、簡単なメンテナンスの仕方や工具の使い方の教育を受けていた。
おっちゃんは工具を使って、パーツに分解していた。
後ろからメルセデスがおっちゃんに声を掛ける。
「おっちゃんといったね。前にも、こんな仕事をしていたのか?」
メルセデスの問いを簡単にはぐらかす。
「冒険者いうても、おっちゃんは優秀やないから、剣を奮って活躍はできん。せやから、あちらこちらで色々な仕事をこなさんと喰うていかれんかった。そんで多種多様な仕事をやっていたら、覚えましたわ」
メルセデスはおっちゃんの言葉を疑っていた。だが、すぐに他の作業員に呼ばれて席を外した。
(なんとか、ごまかせたかの。にしても、すごい種類の機械やで。もっとも、部品が全部ある品は圧搾機と遠心分離機くらいか)
工房の隅に埃を被った機械の塊があった。
同様の機械を見た過去があるので、機械の正体に気付いていた。だが、工房の人間は気が付いていないようなので黙っておいた。
魔法の灯の下で作業をしていると、高そうな赤い服を着て、革靴を履いた男が工房に入ってきた。
男は黒髪で立派な髭を持つ面長の顔をしていた。男の背はスラリと高く、痩せていた。男の年は、おっちゃんとそう変わらない。
面長の男が掌を上に向けて指を動かすと、メルセデスが慌てて駆け寄る。
「伯爵様、こんな遅くに、なんの御用でしょうか」
伯爵が気取って答える。
「なに、余のコレクションが暴走して、他の作品に大きな被害を出したと聞いてね。寝る前に見に来た。ここにある品はどんなものであれ、余の財産だからな」
片づけが半分ほど済んだ工房を見渡して伯爵は澄ました顔で語る。
「思ったより、被害が少ないようだな。怪我人は出たのか?」
メルセデスが畏まって答える。
「お嬢――。いえ、ビアンカ様が早期に対処してくれたおかげです」
伯爵が髭を触って満足気に答える。
「そうか、ビアンカが片付けてくれたのか。後で礼を言わんとな」
伯爵は気分よさそうに工房を後にした。
おっちゃんは、近くの若い作業員に声を掛ける。
「なんや? ビアンカのお父さんにしたら、ちょっと他人行儀やろ」
若い作業員が冴えない顔で答える。
「伯爵様のビアンカ様に対する態度は、いつもそうですよ。冒険者になりたいとビアンカ様が言い出した時も、別段に止めませんでした」
「なんや。貴族のお父さんやったら、娘が冒険者なんかになりたいと騒ぎ出したら止めると思うけどな」
若い作業員は肩を竦める。
「さあ。伯爵様のお心は、伯爵様にしか、わかりません」
仕事は一日で終わらなかった。次の日も仕事に顔を出す。
仕事が一段落すると、伯爵の家では、パンとスープだけだが昼食が出た。スープは一人一杯までと制限はある。だが、パンは焼きたてが食べ放題だった。
(美味しい焼きたてパンが食べ放題は魅力やな。さすが、貴族の家で焼いているパンや。なかなか、いい味がする)
工房で働く作業員と一緒に昼食を摂っていると、ビアンカもやってくる。
ビアンカが自然な態度で作業員と一緒に席に着いて、美味しそうにパンを食べた。ビアンカが機嫌も良く語る。
「パン職人のガルシアの奴、また腕を上げたな。パンが美味しくなっているわ」
メルセデスが敬意をもって尋ねる。
「お嬢。人伝に聞いたんですが、特認冒険者になったって、本当ですか?」
ビアンカが気楽な調子で答える。
「うん、アレキサンダーのとこに出入りする」
おっちゃんは隣の作業員に話し掛ける。
「あれ、アレキサンダーいうたら法王の名前やで。随分と気軽に呼ぶんやね」
作業員が軽い調子で答える。
「猊下の母上とビアンカ様の母親は姉妹なんです。猊下とビアンカ様は従兄弟同士で、小さい頃はよく遊んだよしみなんですよ」
「へー、そうなんか。法皇様と幼馴染みねえ」
メルセデスが眉を顰めて訊く。
「また、特認冒険者なんて危険な職に就いたんです」
「私は、名もなき冒険者で終わるつもりはないの。この、アーベラを救う凄腕の冒険者になりたいのよ。ボンドガル寺院の秘宝も手に入れるわ。それで、バトルエルの呪いを解いて国を砂漠化から救うの」
作業員たちは、にこやかな顔でビアンカの語る夢を聞いていた。馬鹿にする人間は一人もいなかった。
メルセデスだけが弱った顔で語る。
「夢が大きく持つ態度はいいですが、無理は禁物ですよ」
ビアンカの表情が曇る。
「そうも構えていられないわ。砂糖大根と小麦の収穫量が落ち込んでいるでしょう。大きい兄様が頭を悩ませていたわ。砂漠化を止めないと、伯爵家も干上がるわ」
メルセデスが渋い顔をする。
「台所事情を聞いたんですかい?」
ビアンカが冴えない表情で述べる。
「伯爵家では『芸術家の霊廟』から出る品を買って、バレンキストの冒険者ギルドを支えているわ。だから、伯爵家が傾けば、冒険者にも影響が出るわ」
メルセデスが曇った表情で愚痴った。
「俺たちにとっては『芸術家の霊廟』の出土品は宝です。だけど、一般人にしてみれば、ゴミみたいなもので、見向きもしないものですからね」
ビアンカが手に取ったパンをじっと見ながら答える。
「伯爵家が駄目になれば、バレンキストの冒険者ギルドは、終わりなのよ。バレンキストの冒険者ギルドが駄目になれば、特認冒険者の存在も危うくなるわ。それは避けたいわ」
その日の仕事が終わった帰りに、冒険者ギルドに顔を出し、カサンドラに尋ねる。
「バレンキストの特認冒険者って、アーベラでは特別なんか?」
カサンドラが微笑んで答える。
「アーベラで特認冒険者といえば、冒険者の出世コースよ。それでいて、正義のヒーローなのよ。詩人たちが謳い、子供たちが憧れる。夢ともいえる存在ね」
「そうか、そんなに思われとったんやな」




