表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
おっちゃん冒険者の千夜一夜  作者: 金暮 銀
バレンキスト編
356/548

第三百五十六夜 おっちゃんと暴走ゴーレム

 おっちゃんはヴィルヘルム一行を追っかけようとは思わなかった。

 もう、出立から時間が経ちすぎている。それに、『病避けの護符』なしでは追いつく自信もなかった。一日、二日とバレンキストの街を見て廻る。


 バレンキストの街ではどこを歩いてもパンが焼ける良い香がした。パン屋も他の街より多い。バレンキストではパンはパン屋で買うのが普通だった。

 中でもホワイト・ブレッドが、味が良くて人気だった。ただ、裏通りをちょっと覗くと、砂漠化で土地を追われてきた難民の姿が、ちらほらと目に入る。


 教会で行うパンとスープの施しに長い列ができる光景も見た。

(教会の施しでなんとか、やりくりできている。せやけど、これ以上に難民が増えると、さすがに支えきれんくなるな)

 街は危うい均衡の中、平穏を保っているように見えた。


 パン屋で昼食を買うついでに、パン屋の主人に話を聞く。

「この街に来てまだ日もない冒険者やけど、最近の景気はどうなん?」


 パン屋の主人は冴えない表情で語った。

「あまり良くないね。小麦も値上がり、砂糖も値上がりさ。小麦も砂糖も収量が落ちているって話だよ。法皇様の体の調子も良くないから、景気の良い話はあまりないよ」


「そうか。それは辛いなあ。バレンキストのパンは美味いから、小麦が不作なんは心配やな」

 パン屋の主人が暗い顔で語る。

「今年はパン祭りが行われたが、来年はどうなるかわからないって話さ」


「バレンキストには、パン祭りなんて祭りがあるんか?」

「あるよ。年に一度の秋の祭りさ。有名店だけでなく、若手の職人なんかも腕を振るう祭りだよ。成績優秀者のパンは法皇様に献上される、一大イベントだよ」


 おっちゃんは冒険者ギルドに戻り、依頼掲示板に目を通す。一般的な日々の仕事がほとんどで、冒険者でなければできないような仕事は少なかった。

(冒険者がヴィルヘルムに従いていったから、仕事を絞とるんやろうか?)


 おっちゃんは依頼票を見ていて、気が付いた。

(なんや? 依頼人に砂糖伯爵ってのがあるな。バレンキストの砂糖畑のほとんどを所有していて、金持ちの人間やそうやけど。どんな人物なんやろう?)


 気になったので、砂糖伯爵の名前で出されている依頼票の一枚を手にして、依頼受付カウンターに行く。

「カサンドラはん、この依頼をやりたいんやけど、砂糖伯爵って、どんな人?」


 カサンドラがすらすらと答える。

「街一番のお金持ちね。精糖業で財をなした貴族で、法王庁にも多額の寄進をしている、篤志家よ。また、『芸術家の霊廟』から出る出土品のコレクターでもあるわ」


「仕事の依頼人としては、どうなん?」

 カサンドラが温和な顔で語る。

「支払いはきちんとしているし、無理な仕事は依頼しないわ。ただ、ちょっと(こだわ)りがある人だけど、こちらが素直に命令を聞いていれば、問題は起きないわよ」


「そうか。なら、この倉庫の整理業務をやるわ」

 おっちゃんはカサンドラに砂糖伯爵の家を聞いて、砂糖伯爵の家に向かった。


 冒険者ギルドから歩いて二十分のところに、砂糖伯爵の家はあった。砂糖伯爵の家の敷地は広く、どこからどこまで敷地か、一目ではわからないほど広い。

 家は大きく、五十部屋はありそうな大きな二階建ての家に住んでいた。家の隣には縦百五十m、横四十mもある大きな工房と倉庫を備えていた。


「これは凄いな。精糖の設備がないところを見ると、精糖工房や砂糖の保管場所は、まだあるみたいや。どんだけ広い敷地を持っとるんやろうな?」


 おっちゃんは工房に向うと、人の悲鳴がした。

「気を付けろ。ゴーレムの暴走だ」


 工房の正面の扉を破って、機械仕掛けの高さ三m幅三mのゴーレムが飛び出してきた。ゴーレムは整地作業用なのか手の代わりに大きなローラーがついていた。

 ゴーレムは、まっすぐ、おっちゃんに向かって突進してきた。向かってくるゴーレムの弱点はわかった。


(あの手のゴーレムは、頭を外してやれば止まる。魔法を使っているところを見られたくないけど、『魔力の矢』で頭を吹き飛ばすのが早いな)


 おっちゃんはもう少し引きつけてから魔法を唱えようとした。すると、ビアンカが、おっちゃんの横を猛スピードで駆け抜ける。

 ビアンカはそのままゴーレムに向かって行く。ビアンカがゴーレムに轢き殺されると思った。


 だが、ビアンカは、ゴーレムの腕に軽く飛び乗る。そのまま一足跳びにゴーレムの肩に昇って、ゴーレムの首を(ひね)る。

 急にスイッチを切られたようにゴーレムが停止した。ビアンカがゴーレムの頭を外した。

 ビアンカが足どりも軽やかに、ゴーレムから下りてきた。


 工房から油と煤で汚れたシャツにダブダブの茶のズボンを穿いた、大柄で髭面の男が出てくる。ひげ面の男はビアンカに声を掛ける。

「お嬢、ゴーレムの前に飛び出したら、危険ですぜ。もしものことがあったら、伯爵様に顔向けができません」


 ビアンカは得意げな顔で大柄の男の胸を指さして発言する。

「メルセデスは心配性なのよ。物心着いた時から工房は私の遊び場よ。ここにあるゴーレムなんて、一目ちらっと見れば、止め方くらい、わかるわ」

 ビアンカは、それだけ自慢するとゴーレムの頭をメルセデスに渡して、工房の中に入っていた。


 おっちゃんは、メルセデスの許に小走りに走っていく。

「倉庫の整理を手伝いに来た冒険者です。それにしても、ビアンカはん、すごいでんな。暴走したゴーレムを簡単に止めよった。並の冒険者では、ああはいきませんわ」


 メルセデスが諦めた顔で語る。

「やるほうはいいが、見ているほうはハラハラものだよ。伯爵様もビアンカ嬢ちゃんには甘いから、冒険者になんかなっちまった。俺としては、どこかの貴族の嫁にでも行ってほしかったんだがな」


「周りが思うように子は育たん事例って、よくありますわ。でも、背筋が真っ直ぐで、歩いて行く姿は中々堂に入っているように見えますわ」


 メルセデスが機嫌よく応じる。

「そういうもんかね。俺は工房を預かる技師長のメルセデスだ。さっそく仕事に入ってくれ。ゴーレムが工房内を滅茶苦茶にしたから、片付けの手が必要だったところだ」

「わいはおっちゃんの愛称で親しまれる冒険者です。よろしゅうお願いします」


 おっちゃんは壊れた工房に入る。

 工房は右側が棚になっていて、左側が作業場になっていた。

 作業場では幾種類もの組み立て中のゴーレムや、機械があった。ただ、先のゴーレムの暴走で、壊れた機械もあり、部品が散乱していた。


「これは、働き甲斐がありそうな職場やな」

 おっちゃんは、さっそく、スクラップになった機械の片づけを手伝った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ