第三百四十四夜 おっちゃんと『賢者の調合書』
モルモル村に戻って、村長に蟻人が近くまで進出してきている事実を伝えた。
村長は事態の重大性をすぐに理解し、険しい顔で告げる。
「そんな近くまで蟻人たちに勢力圏を広げられたら、村の生活圏がいずれは飲み込まれる。そうなれば、村は滅びるしかない」
「そうや。モルモル村が滅びれば、アルカキストも黙ってはおられん。森は紛争地帯になる」
アロソンが不安に満ちた顔で申し出る。
「でも、魔物化した琥珀糖の木を治すなんて、可能なのかな?」
「おそらく、魔物化までしたのなら、『解呪』の魔法が通じるとは思えん。なにか対策が必要やな。蟻人の症状を確認したら、一度、街に戻って、対策を探してくる」
おっちゃんが村長と話をしている間に、蟻人の患者が運ばれてきた。
蟻人の患者はふらふらしながらも歩いてきた。蟻人は怠け者になる呪いには掛かっていないと判断した。
村の薬師に診察をさせる。村の薬師は診察が終わると、おっちゃんと二人きりで話す。
薬師は穏やかな顔で告げる。
「病気ではないです。弱い毒のようなものが体内に蓄積して体を弱らせた症状に似ていますね。きちんと、休息と栄養を摂って横になっていれば、時間は掛かるがよくなるでしょう」
「それだけでええんか? 他に何か治療とか必要はないの?」
薬師が落ち着いた表情で語る。
「体が弱っているだけなので、安静が一番ですね。症状を緩和させたいのなら、薬学院で売っている抗疲労薬も効果的でしょう。薬があれば、早くよくなります」
「そうか。なら、薬が効く、いう話にしといてくれるか。そのほうが交渉がしやすい」
「わかりました」と薬師は真剣な顔で頷く。
おっちゃんはフェリペに依頼する。
「蟻人はんには、以前に作った抗疲労薬が効く。そいつを大量に仕入れてきてくれるか。わいは呪われた琥珀糖の木の対策法を街で調べてくる」
翌日、解呪組合のゴルカを訪ねた。しばらく、待たされたが、ゴルカと面会できた。
「ゴルカはん、ちと相談に乗って欲しい、密林にある琥珀糖の木が魔物化しているんよ。琥珀糖の木の魔物化を元に戻したり、防いだりする方法を、知らんか?」
ゴルカが冷静な顔で告げる。
「完全に魔物化した琥珀糖の木を戻す方法は最高位魔法でなければ無理ですね。ただ、魔物化を防ぐ薬ならあります。完全に魔物化する前なら薬で被害を止められます」
「さすがは解呪組合の人間やね。そんで、その薬って、高いのか?」
ゴルカが澄ました顔で告げる。
「私は薬の専門家ではないので、わかりません」
「なら、専門家を紹介してほしい」
「詳しく知りたければ、アルカキスト薬学院を訪ねるといいでしょう。解呪組合とは提携関係にあるので、教えてくれますよ」
おっちゃんはアルカキスト薬学院を訪ねた。
「解呪組合のゴルカはんの紹介で来た。呪いによる魔物化を防止する薬について、教えて欲しい」
受付の人間はニコニコ顔で告げる。
「珍しい薬の知識をお求めですね。貴方は運がいい。ただいま、アルカキスト薬学院では百周年を記念して『賢者の調合書』を公開しております。『賢者の調合書』になら、載っているでしょう」
「そうか。なら見せてくれるか」
受付の人間は笑顔で伝える。
「いいですよ。ただし、閲覧料は一薬剤につき、金貨十枚になります」
「結構、ええ値段がするな。高いけど、しゃあない。『賢者の調合書』を見せて」
おっちゃんは閲覧料を払うと、別室に通された。
部屋は六畳ほどの広さで、大きな机がある。机を挟んでゆったりした椅子が二脚、用意されていた。
うち、椅子の一つには簡素な服を着た十歳くらいの子供が座っていた。子供はぼーっとした顔で座っている。子供の左右に一名ずつ係員がいた。
おっちゃんは奇妙に思ったので、係員に訊く。
「『賢者の調合書』を見に来たんやけど、『賢者の調合書』は、どこ? それに、この子は、誰?」
係員が厳かな顔で説明する。
「『賢者の調合書』は目の前の賢人アルカ様の頭の中にあります、必要な薬剤を仰ってください。アルカ様が記憶の中より呼び出して、紙に書きます」
おっちゃんは半信半疑だったが、告げる。
「ほな、呪われた琥珀糖の木を魔物化させず、元に戻す薬の製法を教えてください」
アルカは虚ろな瞳をおっちゃんに向けると、黙って頷く。アルカは係員から紙を受け取ると、紙に製造法と必要な材料をすらすらと記載していく。
一時間ほどして、樹木の魔物化を防止する薬の製法が完成する。
「記載は綺麗で詳しいけど、これ、ほんまに効くのか?」
「失礼な、『賢者の調合書』に誤りはありません」
アルカはおっちゃんと係員のやりとりに興味がないのか、うとうとしていた。
アルカキスト薬学院を出る。おっちゃんは必要な材料を揃えるために『記憶術』の魔法で製法と材料を覚えた。
おっちゃんはアルカに記載してもらった紙を手にフェリペの許を訪ねる。
「フェリペはん、琥珀糖の木の魔物化を防ぐ薬の製法がわかったで。腕の良い薬師を紹介してや」
フェリペに連れられて薬師に会いに行く。薬師は薬の製法を書いた紙を、難しい顔で読む。
「薬の製法はわかりました。特殊な道具も必要ではないので、私にも製造は可能でしょう。ただ、一つ、厄介な材料があります」
おっちゃんは記憶を辿ると、厄介な材料に思いついた。
「ひょっとして、巨人が住む湖の水か? でも、ただの水やろう。アルカキストの水では代用できんの?」
薬師は表情を曇らせる。
「アルカキストの水の汚染疑惑は晴れました。ですが、アルカキストの水が以前より、質が悪くなった状況は確かです。万全を期すなら、水に拘りたい」
「でも、巨人の住む湖なんてあるの?」
薬師は表情を強張らせて告げる。
「噂では猿人村の近くにあると聞いた覚えがあります。ただ、モンスターの住処の近くなので、汲んでくる行為は容易ではないでしょう」
「そういえば、空から見た時に猿人村の近くに大きな湖があったな。よし、おっちゃんが行って確かめてくる」




