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おっちゃん冒険者の千夜一夜  作者: 金暮 銀
ポルタカンド島編
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第三百十七夜 おっちゃんとダンジョン荒らし(後編)

 夜になった。海鼠を入れる魚籠を担いで、他人目(ひとめ)つかない場所から『飛行』の魔法を唱える。


『嵐鳥』と一緒に『海洋宮』の入口に下り立った。おっちゃんはトロルの姿を念じる。

 おっちゃんは岩の肌を持つ筋肉の塊である身長三mのトロルになった。トロルの姿になると、おっちゃんは(ふんどし)を締めて、鉢巻をして、(たすき)を装備する。

『嵐鳥』に襷を渡す。服を止めて動き易い格好をしてもらう。最後に鉢巻をしてもらう。


「『嵐鳥』はん、これからレッド・スターを獲りにいきます。せやけど、注意点は二つあります。モンスターを殺したらあかんよ。あと、顔と体ですけど、半分だけでも鳥に変えてもらいますか」


「いいけど」と『嵐鳥』は半鳥半人に姿を変える。

「うまいもんですね。基本、おっちゃんが話を進めます。最後の潮騒の精霊だけ、お願いしていいですか?」


『嵐鳥』が怪訝そうな顔で訊く。

「普通に途中のモンスターを倒して採りに行くんじゃないの?」

「まあ、ええですから、見ていてください」


 準備ができると、おっちゃんは(のぼり)を片手に「頼もう、頼もう」と胸を張って大声を張り上げる。そのまま『海洋宮』で大声を上げながら進んでいく。


『海洋宮』一階の通路は岩を刳り貫いて造った、洞窟に似た通路だった。通路の幅は十mあり、天井までの高さも六mある。トロルの姿でも問題なく通れる。


 大声を上げているので、すぐにモンスターは感づく。だが、おっちゃんたちを見て固まる。

 おっちゃんたちは一目見て、冒険者ではないとわかる。同じダンジョン・モンスターでもない。敵でも味方でもない存在に、ダンジョン・モンスターは狼狽(うろた)えた。


 おっちゃんは狼狽えたモンスターを気にせず、「頼もう」「頼もう」と連呼しながら進んでいく。

 さすがに、これ以上は中に入れてはまずいと思ったのか、袋小路に入るとダンジョン・モンスターは大勢で退路を阻んだ。


 おっちゃんはどんと構えて声を張る。

「我らは猛者を求めて諸国を歩く、天下無双の武者修行兄弟。我らを倒して名を上げたいと申すなら遠慮は要らん、懸かってまいれ。見事に倒せた暁には、この『天下無双』の幟を持って行け。さあ、尋常に勝負。勝負」


 ダンジョンの戦いに綺麗も汚いもない。生き残った者が勝者である。だが、ここに盲点がある。

 相手が殺し合いに来た冒険者でなければ、どうするか。武者修行相手に姑息(こそく)な手を使って勝てば、ダンジョンの名は(けが)れる。まして、尋常に勝負を挑まれて、大勢で懸かって負けたとあっても、名は傷がつく。


 相手になにをしても許される理屈は、殺し合いする冒険者だからこそなのだ。なればこそ、モンスターの武者修行者の肩書きは面倒である。武者修行者がダンジョン荒らしと呼ばれる所以(ゆえん)なのだ。


 大勢で退路を断ったはいい。だが、殺せないし、大勢で懸かっていいか、現場の新人モンスターには判断が付かなかった。

(やはり、新規オープンのダンジョンやな。ダンジョン荒らし対策が採られておらん。それに冒険者が来て殺し合いが始まっておらんから殺伐ともしておらん)


「あ、いざ。いざ」と前に進む。

退路を断ったダンジョン・モンスターがどうしていいかわからず後ろに下がる。結果、退路を断ったのに、道を空ける結果となった。


 通路に出たおっちゃんは再び「頼もう、頼もう」と声を上げて通路を進んでいく。

 しばらく、進むと、老半魚人が一人で立ちはだかった。

「あいや、待たれい。武者修行者の相手、当ダンジョンの一階を預かる。潮騒のスピリット。ハギン殿がお相手いたす。ついてまいれ」


(いきなり、中ボスが相手してくれるんか。これは好都合やね)


 おっちゃんたちは老半魚人に導かれ、ハギンのいる部屋に案内された。おっちゃんの策は見事に成功した。

 おっちゃんたちは地図のないダンジョンで、罠もモンスターの妨害もなく、あっさり中ボス部屋に着いた。


 中ボス部屋は広さが高さ六m縦横十五mの正方形の部屋だった。

 視界を走らせると、赤い海鼠(なまこ)が数多く棲息していた。部屋の中央にあった潮溜まりのようなスペースから高さ三mの水柱が立つ。


 人間の姿を模した液状のスピリットが現れ、老半漁人が説明する。

「あちらが、当ダンジョン一階の守護者。潮騒のスピリットのハギン殿です」


 ハギンは戦って勝てなくはないが、充分に苦戦する相手だと感じた。

(ここは『嵐鳥』さんの出番やね)

「むむ、姉様。相手は中々の猛者。姉様のお力を示しください」

「どうれ」と『嵐鳥』が乗り乗りの顔で前に出、ハギンと『嵐鳥』は向き合う。


 老半魚人が「初め」と合図をする。

 開始早々、『嵐鳥』が何かをした。おっちゃんには『嵐鳥』の動きが速すぎて、目で追えなかった。


 一瞬で、ハギンの体が崩れて、水溜まりに変わる。

『嵐鳥』が怪訝な顔で「え、終わり?」と口にする


 老半魚人が狼狽えた声で判定を下す。

「勝負あり、勝者。武者修行者の姉」

(さすがは歩く災害や。人間サイズでも半端ない実力や。潮騒の精霊を一撃で仕留めよった)


 あまりの実力の違いにダンジョン・モンスター側は静まり返る。

 ダンジョン・モンスターが呆気に取られている間に、おっちゃんは芝居を続ける。

「よし、姉様の勝ちじゃ。看板はないようだから、代わりにそうだ。この、赤い海鼠を貰っていくとしよう」


 武者修行者が勝つても、宝を持ち帰ってはいけない。されど、例外もある。勝った証なら持っていってもいいのが慣例だった。でも、普通は武具の破片や看板を持って行く。


 今回のように、部屋にいる海鼠を持って行く武者修行者はいない。

 だが、相手は新規オープンしたばかりのダンジョン。新人がほとんどであり、武者修行者のルールをよく知ってはいない。さらに、呆気にとられて正常な判断力を失っていた。


 おっちゃんは手早くごっそりと海鼠を魚籠(びく)に入れて高笑いをする。

「よし、今日は、この辺で勘弁してやろう」


 おっちゃんは『嵐鳥』の傍に行く。

『嵐鳥』に腕を掴ませて『瞬間移動』で逃げるようにダンジョンの外に出た。あとは着替えて、来た時のように空を飛んで島に帰る。


 ポルタカンドに着くと、『嵐鳥』に教えてもらってレッド・スターを裂いて内臓を出す。内臓から砂と残留物を綺麗に取り除き、塩に漬けた。


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