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おっちゃん冒険者の千夜一夜  作者: 金暮 銀
ポルタカンド島編
315/548

第三百十五夜 おっちゃんと請求書

 翌朝、おっちゃんは朝食後にホテルの支配人から呼び止められた。

 支配人が困った顔でおずおずと切り出した。

「お客様。ちょっと、よろしいですか」)


(なんかトラブルの予感やな。でも、宿屋に迷惑になるような行為はしてないけどな)

「どうしたん?」と、おっちゃんは支配人に従いて事務室に行った。


「お客様、すいませんがツケを一度、精算していただけないでしょうか」

 前金を払って部屋を借りているので、合点がいかなかった。

「あれ? 宿代って一週間分は前払いしとるよ」


 支配人が申し訳なさそうに、おずおずと申し出る。

「それが、ですね。お連れ様のレストランでの飲食費が、かなりの金額になっております。請求しましたところ、おっちゃんさんに請求してくれ、と命じられました」


「そうか、ええよ。わいが払うよ。いくら?」

 支配人が、そっと請求書を差し出した。


 金額を見てびっくりした。

「え、金貨五十二枚! そんなに喰うたの!」


「はい、お客様のお連れ様は舌が肥えており、なおかつ、その、稀に見る大食漢でして、『バルバラ』やケーキ、高級ワインなどを大量に召し上がっております」

(これ、完全に金のこと、頭に入っておらんね)


 支配人は言い辛そうに言葉を続ける。

「それで、昨日に合流されたお客様も、同じような傾向が見られましたので、その支払いが滞る前に一度はっきり申し上げたほうがいいかと思いまして」


「わかった。よく教えてくれたわ。金は払う。けど、金策してくるから、ちょっと待って」

「わかりました。なるべく早く、お願いします。できれば、七日以内の入金をお願いします」


 おっちゃんは部屋に戻ると、『嵐鳥』と『島魚』のいる部屋に行った。

「『嵐鳥』はん、『島魚』さん、お金って持っとる?」

「ないよ」「ないわよ」と瞬時に返事がある。


「そんな、人間の世界でお金がないのに、高級ワインとか飲んだら駄目よ。おっちゃんの財布かて無限やない」


『嵐鳥』は膨れっ面で意見する。

「えー、そんな渋い話を今さらされてもねえ。それに、やっぱり喰うなら美味いもの喰いたいよ。それに私は体を治している途中だから、食事制限は良くないと思うんだ」


『島魚』も、おっとりした調子で発言する。

「そうですか。人間の世界はなんでも、お金、お金ですからね。なら、いい儲け話を教えましょう。海底金山です」


 降って湧いたような儲け話だった。

「え、なに? ここの近海の海底に金山なんて、あるの?」

「はい、そこで、ごっそり金が取れると思います。なので、私の支払いは採掘した金でお支払いください」


「確かに、金が採れてお金に変えられるなら、問題ないけど」


 おっちゃんは『島魚』の言葉を疑った。

 だが、支払い方法があると申し出るなら、検討しないわけにはいかない。おっちゃんは海底金山の場所を聞いた。場所はポルタカンド島から南西に二十五㎞ほど行った場所だった。


 おっちゃんは魚人に姿を変える。金を掘るピッケルと金を入れる袋を持って、海底金山に出向いた。

 島魚に教えられた場所に到達した。潜って海底を探す。海の底に沈む難破船を発見した。

「なんや? 海の底に難破船が沈んでおる。海底金山って、これのことか?」


 おっちゃんが船に近づくと、寒気のようなものを感じた。

 振り返ると半透明な姿の人間がいた。難破船に取り憑いた幽霊だと思った。

 おっちゃんはピッケルを構える。


 幽霊からテレパシーが届く。

「金が欲しいのか。欲しいなら、くれてやる。ただ、俺の願いを聞いてほしい」


 おっちゃんは戦闘にならない予感がしたので、構えたピッケルを下ろす。

「なんや、願いって? 言うてみい。報酬もあるようだし、おっちゃんにできる仕事なら相談に乗るで」


 幽霊が切実に語り掛ける。

「俺はこの船の荷主だ。船はポルタカンドから私の全財産を運ぶ途中に難破した。中には金貨がごっそり詰まった箱がある。俺の願いを聞いてくれたら全てやろう」


(全財産と申告するんやから、金貨百枚は、あるやろう)

「そうか、報酬は問題ないな。そんでやって欲しい仕事ってなんや?」


 幽霊が苦悶の表情で語った。

「私の名はマンタリ。妻を殺した罪でポルタカンド島を追放となった。だが、私は妻を殺していない。誰かが私を罠に陥れたのだ」


 あまり良い気がしなかった。

「まさか、内容は復讐か?」


 マンタリは首を横に振った。

「最初は復讐も考えた。だが、長い間、海の底にいて考えが変った。私を殺した人間とて、もう死んでいるはずだ。復讐は無意味だ。ただ、私の名誉は回復して欲しい」


「話はわかった。せやけど、長い年月が経っているなら難しいな。証拠かて残ってないし、証人もおらんやろう」


 マンタリは弱々しくテレパシーを送ってきた。

「そうだ。でも、島に残してきた子孫のことを考えると、成仏できんのだ」

「わかった。やってみるわ。その代わり、おっちゃんが仕事を果たした時はきっちり報酬を貰うで」


 おっちゃんは、ひとまず『瞬間移動』で宿屋に帰った。着替えてから役所に行った。

「すんまへん、『海洋宮』対策室のもんですけど、島の古い裁判記録って、拝見できますか?」


「『海洋宮』対策室の人間には、できる限り協力するように、通達が出ていましたね。いいですよ。それで、どんな裁判記録ですか?」


「妻を殺害したマンタリの裁判記録ですわ」

「ちょっと待ってください。今、お調べします」


 少しすると、係員が戻ってきた。

「残念ですが、記録にないですね。マンタリの名前も聞いた記憶がありません。おそらく、古すぎて廃棄になっています」

「他に調べる手段はないですかね?」


 係員が渋い顔で語った。

「人が死んでいたり、犯罪絡みだと、教会に記録があるかもしれません。でも、無駄足になると思いますよ」


 おっちゃんは教会に行って僧侶に尋ねる。僧侶が教会の記録を調べる。

 僧侶が冴えない顔で、帳面を見ながら答える。

「百年前までの記録はあるのですが、マンタリの記録はないですね。おそらく、百年以上も前の事件なんでしょう」


(これは、困ったで。有罪もなにも、全く記録がないのならマンタリの無実を証明できん。さて、どうしようかな?)


 昼になったので教会を出ようとすると、ロシェ大司教と会った。

「おや、おっちゃん。教会になにか御用ですか? それとも、私に用ですか。私に用があるなら、後にしてもらえませんか、これから昼食なんです」

「なんや、もう、そんな時間でっか」


 おっちゃんはレストランに足を向けた。すると、ロシェ大司教の行き先もレストランなのか、一緒になった。

「なあ、ロシェはん。大昔に有罪になって、記録がもうない被告人の名誉を回復するための方法ってなんかありませんかね?」


 ロシェ大司教は軽い口調で教えてくれた。

「おっちゃんの仰りたいものは、赦免状ですか。赦免状とは罪を犯した者を許し、犯罪歴を消す教会が発行する文書です。ただし、死者の名誉の回復をする意味合いのものなので、生きている人間には発行されないものですが」


(いい話を聞いたで。教会らしい解決法や)

「そんな、便利なものがあるん? 赦免状なんやけど、裁判記録がなくても発行してもらえますか?」


 ロシェ大司教が機嫌もよく語る。

「無罪となる証拠がないと、普通は無理です」

「やっぱり、そうなんか。でも、有罪も無罪も記録がないからなあ」


 ロシェ大司教が穏やかな顔で続ける。

「無理ですが、死後時間が経ちすぎて有罪も無罪も立証できない場合は、特例として発行される事例もあります。そもそも、許す判断に主眼がありますからね」


「わいが今、担当しとるケースそのものや。ほな、その、赦免状が欲しいんやけど、どうしたら、手に入りますか?」


「三名以上の僧侶の嘆願をもって、審理が開始されます。審理は司教三名以上からなされ、大司教の決裁をもって、赦免状は発行されます。普通は審理から発行まで、二年か三年でしょうか」

「それまた、長いな。もっと、手軽で即日に発行できる手段ってないですか?」


 ロシェ大司教がにこやかな顔で告げる。

「普通は三年ですが、私は大司教ですよ。その気になれば、三日もあれば赦免状を発行できます。もちろん、有罪の証拠が残っていない事実が必要ですが」


「そうなん? すごいですな。さすがは大司教や。ほな、マンタリの罪を許す赦免状をください」


 ロシェ大司教が意味ありげな顔でチラチラと見る。

「いいですが、特権を行使して欲しいなら、それなりの寄進がないと」

(要は賄賂が欲しいんか。なんか金で無罪を買うようやけど、マンタリにわからんければ、成仏するやろう)


「おいくらでっか? 遠まわしに言われてもわからんから、スパッと言ってください」

 ロシェ大司教は憎らしいくらいの笑顔で発言した。

「ふむ、そうですね。まだ、私が食べた覚えのない美味しい料理を献上してくれたら、三日で赦免状を発行しましょう」


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