第三百十四夜 おっちゃんともう一つの島
翌朝、冒険者ギルドに顔を出すと、アルティが元気よくやってきた。
「おっちゃん。昨日、島に上陸した冒険者さんの話だけど、あれは、ダンジョンなんだって」
「そうやね。『海洋宮』って呼ぶらしいで。ターシャはんが教えてくれた。街ではダンジョン出現による混乱を見越して、対策室が設置されたで」
アルティが浮き浮きした顔で告げる。
「そうなんだ。冒険者さんが、たくさん来るのかな」
「あんな、これ、おっちゃんの予想なんやけどな。ダンジョンがやって来たことで、アルティはんたちの生活も大きく変わるで。おそらく、冒険者ギルドの株を売って欲しいと頼まれると思う」
アルティが驚いた。
「ウチを買い取るって話なの? そんな、酒場を売る気は全然ないよ」
「酒場はそのままでええねん。冒険者ギルドを営業する権利を売って欲しいねん。冒険者が大量に来れば、酒場のマスターとの兼任では仕事が廻らん」
アルティが渋い顔をする。
「確かに、ウチのお父さんはギルドの仕事をほとんどしないからな」
「お父さんの性格はよくわからん。せやけど、これから先は荒くれ者の手綱を取らんといかん。政治的な判断もできないと都合が悪い。お父さんにできるか?」
アルティの表情が沈む。
「無理かな。でも、冒険者ギルドとしてずっとやってきたから、売る決断は抵抗があるな。冒険者ギルドの権利を他人に渡したくないな」
「生活が変わるのに抵抗がある心情はわかる。せやけど、冒険者ギルドは皆のギルドや。ダンジョンができて、求められる役割が変るなら変革も必要になる。近いうちに、きっと判断を求められるで」
アルティが、しんみりした態度で発言する。
「そうか。ダンジョンができて、いい話ばかりじゃないんだね」
おっちゃんは冒険者ギルドで朝食を摂ると、領主の館に行く。
領主の館の一室には《海洋宮対策本部》の看板が上げられ、ターシャが官吏に指示を出していた。
ターシャが書類を片手に、てきぱきと指示を出す。
「おっちゃん、ちょうど良かったわ。冒険者ギルドに話に行ってちょうだい。用件はギルドの株の譲渡よ」
「今、ギルドの株の話をしてきましたけど、少し時間が掛かりそうでしたわ。ただ、絶対に売らんと拒否する態度ではなかったです。七日も待てば結論は出ると思います」
ターシャの機嫌は良かった。
「そうなの。気が利くわね。あと一つ、お願い。どうやら、ここの近海にも大きな島が出現したらしいの。こっちは位置を定めずに海を漂流しているわ」
「もしかして、双子のダンジョンなんでっか?」
ターシャの顔が、にわかに曇る。
「そうかも知れない。違うかも知れない。これが、ダンジョンか『島魚』なら問題よ。確認が必要なの。確認に行ってもらえる? 」
「でも、ダンジョンなら、中に入りたくないな」
ターシャは軽い調子で話す。
「いいわよ。入らなくて。一人でダンジョン入れだなんて、自殺行為もいいとこよ。ダンジョンは覚悟を持った大人が大勢のチームで挑む場所よ」
「わかりました。ほな、それでいいなら調査してきますわ」
おっちゃんは漁師に移動する島の情報を聞く。
移動する島はポルタカンド島から南東に十㎞ほど行ったところで目撃した、とする目撃情報が多かった。
おっちゃんは海中で魚人に変身して、海中から移動島を探した。
目撃地点と思わしき場所で重点的に捜索をする。何もない海をひたすら泳ぐ。すると、遠くに点が見えた。なんや、と思って近づく。
海に浮かぶ移動島を発見した。海中から島に近づくと、島には大きな目が二つついていた。
(ほんまに、いたで。『島魚』や。全長は、三百mはあるの)
おっちゃんは会話を試みた。だが、相手にしてもらえなかった。
(これはあれやね。会話をしたくないんやなくて、おっちゃんが小さすぎて見えてないね)
おっちゃんは海水パンツを脱ぐと、持てる力を振り絞って大蛸に変身した。
大蛸の全長は八m、おっちゃんが今まで変身した中で最大の大きさだった。
大蛸になって『島魚』の前でアピールを繰り返すと、『島魚』が止まった。
『島魚』が停止して浮上したので、おっちゃんも大蛸の姿で海面に上がる。
「あの、言葉は、わかりますか?」
「わかるわ」と『島魚』は女性の声で喋った。
(なんや、『島魚』も話せるんか。これは、手間が省けた。ええね)
「よかったら、教えて欲しいんやけど、『島魚』さんはこの近海になんの用があって来たか、教えてもらってええですか? 人間たちが『島魚』さんの動きを気にしているんよ」
『島魚』は、素っ気なく答える。
「私はただ単にこの海域まで来たから観光をしているだけよ」
(ほんまか? ほんまに観光が目当てなんか、ちと怪しいで。でも、正直に聞いても、はぐらかされるだけやろう)
おっちゃんは控えめな態度で頼む。
「そうでっか。なら、ええけど。人間にはちょっかい出さないでもらえれば、嬉しいんやけど」
『島魚』はなにかに気が付いたように言う。
「ああ、そうか。人間になればいいのか」
(はあ? なんで、そんな結論になるんや? 話が噛み合っておらんやろう)
おっちゃんが意見する前に、『島魚』が動いた。
『島魚』の体がみるみる小さくなり、背の高い女性サイズになった。『島魚』は若い女性の姿になり海面に立った。
人間の姿になった『島魚』は亜麻色の髪を腰まで伸ばし、色白で青いワンピースを着ていた。
『島魚』が人間になった姿を、まじまじと見る。
「こんな、ところかしら。さて、島に行ってみようかしら」
「わあ。待ってください」
おっちゃんも人間の姿に戻って、手にした海水パンツを穿く。
『島魚』がおっちゃんをきょとんした顔で見る。
「あら、蛸さんも人間になれるのね」
「ええ、なれますよ。むしろ、人間のほうが本当の姿ですねん。おっちゃんと名乗って、人間の姿で、冒険者をやっております」
『島魚』がのほほんとした顔で訊いてくる。
「そうなの? それで、まだ何か用なの?」
「『島魚』さんは人間の姿になりましたけど、そのまま海を歩いて、人間の島まで行くつもりでっか?」
「そうだけど、おかしい?」
「人間は海の上を歩きまへん。そのまま歩いて行ったら、怪しまれまっせ。よろしかったら、怪しまれんようにおっちゃんが街まで送りましょうか」
「そう。なら、お願いしようかしら」
「ほな」と『島魚』のワンピースの裾を掴んで『瞬間移動』を唱え、宿屋の部屋に戻った。
宿屋の部屋に到着すると、『島魚』は部屋を見回す。
「小さいけど、中々趣味のよい部屋ね」
「おっちゃんが借りている宿です。他に同居人が一人いますが、よかったら、この宿屋の部屋を同居人と一緒に使いませんか?」
『島魚』は穏やかな顔で訊いた。
「別に私はいいけど、同居人って誰?」
「『島魚』さんのように正体を隠している、『嵐鳥』ですわ」
『島魚』は、気楽な調子で応じた。
「へー、そうなんだ。別に私は、気にしないわよ」
『嵐鳥』の部屋に行く。『嵐鳥』に、『島魚』さんと同じ部屋を使ってくれないか頼む。
「私も居候だからゴタゴタいわないよ。よろしくね」
『嵐鳥』は嫌がらずに了承してくれた。
(『嵐鳥』に『島魚』、どちらか一方でもでればポルタカンドが危ないと伝えられとる。なのに、両方が同じ島の宿屋にいるって、大きな爆弾を抱えたようなものやな。せやけど、しかたらあらへん)
二大怪獣が近くにいる状況にあまりいい気はしなかった。人間に知られれば大事になる。だが、現時点で、他に良い解決策は思い浮かばなかった。
おっちゃんは取りあえず、フロントに宿泊客がもう一人、増えた事実を報告しに行った。
『島魚』には、街ではランドさんと名乗ってもらう。




