第三百十三夜 おっちゃんと活気付く街
ザサンが帰ったので眠りに就く。一晩、徹夜したので、その日は一日しっかり休んだ。
翌日、宿の窓の外に見慣れない物体が見えた。ポルタカンド島から一㎞しか離れていない場所に山があった。
「随分と時間が掛かったようやけど、やっと『海洋宮』がオープンしたようやな」
宿屋でもレストランでも、一夜にして突如と現れた島を街の人が話題にしていた。
(さて、おっちゃんの仕事はこれからや。どうやって、ターシャはんが近づかないようにするかやな)
ターシャが部屋にやって来て、一枚の紙を取り出す。
「領主のパルダーナ様から、昼食会の招待状が届いたわ。おっちゃんも一緒に来てもいいわよ」
「そうですか。なら、一緒に行きましょうか」
ターシャと別れた後にフロントに行く。予想した通りに、おっちゃんにも招待状が届いていた。
おっちゃんは懐に招待状をしまう。領主の館に行く前に、冒険者ギルドに顔を出す。
冒険者ギルドに併設された酒場でも、新たに現れた島の話題で持ち切りだった。
アルティが興味津々の顔でおっちゃんに寄ってくる。
「もう知っていると思うけど、あの突如として出現した島ってなんだと思う?」
島の正体を気付かない振りをして会話する。
「さあのう。おっちゃんにはわからん。突如として島が出現した過去ってあった?」
アルティが目をキラキラさせて語る。
「そんな記録はないわよ。こんな状況は初めて。最初は『島魚』が出たって話だったけど、『島魚』にしては動きがないから、巨大なモンスターではないらしい、って話になったの」
(平和な島の冒険者ギルドやから、遭遇した大きな不思議に沸いておるの)
おっちゃんは芝居を続ける。
「なんや、『島魚』やないのか。それならなんやろうな? 悪いものやないといいんやけど」
「それでね、冒険者さんが島に乗り込んで探険しようか、との話になっているのよ」
(さっそく人が入るんか。おそらく、これで、今日中にも『海洋宮』の正体がダンジョンやと、街の人間にもわかるやろう)
「面白そうやけど、今日はターシャはんに付き添って、領主さんのとこに顔を出さないかん。付き添いは無理やな。島やからそう簡単になくならんやろう。時間のある時にでも行ってみるわ」
アルティが呼ばれて別のお客のところに行く。お客は採取をメインにこなしている熟練冒険者のチームだった。
(さっそく、地元の冒険者が行くようやな。無理せんかったら、帰ってこられるやろう)
おっちゃんは椰子酒を一杯飲むと、宿屋に戻った。
昼前になったのでターシャを誘って、領主の館に行く。
昼食会の出席者はパルダーナ、ターシャ、おっちゃんの三名だった。話は主にパルダーナとターシャの間で行われる。
前菜が終わった段階で世間話を切り上げて、パルダーナが切り出した。
「サバルカンドの高名な魔術師と見込んでお聞きします。ポルタカンドの近郊に現れた島のような大きな物体。あれは、なんだと思いますか?」
ターシャは背筋を伸ばして答えた。
「あれはダンジョンだと思います。命名するなら『海洋宮』とでも言いましょうか」
パルダーナの顔が明るく輝き、興奮を落ち着かせるように発言する。
「そう。これで、ポルタカンドも、ダンジョン持ちの都市に仲間入りするのね」
(パルダーナの興奮はわかる。ダンジョンは金になる。大きな産業が一つ育ったようなもんや)
ポルタカンドは人口千人のバナナを輸出する街から、発展する港町へ変貌する未来が見えた。
ターシャは対照的に冷静に話を進める。
「移動式のダンジョンの場合はずっとそこにあるとは限りません。一定の期間で回遊と停止を繰り返すダンジョンの可能性もあります。その場合は時間が経過すれば、去ってしまいます」
パルダーナの顔に不安の色が刺す。
「そんな……ダンジョンをここに固定化する方法はないのでしょうか」
(なんや。結構、欲深いな。まあ、人間にとっては金蔓やから、わからんくないけど)
ターシャはどこまでも冷静に意見を述べる。
「攻略が完了すれば、移動は防げるかもしれません。でも、あまり期待をしないほうがよいでしょう。ただ、攻略に失敗した場合は来年のこの時季に『海洋宮』が再び現れる可能性があります」
パルダーナが安堵した顔になる。
「つまり、毎年の夏の風物詩のようにやって来る、と?」
ターシャが目に力を入れて告げる。
「ただ、目下のところ問題は別のところにあります」
パルダーナが再び不安な顔をする。
「なんですか? 問題とは、まさか、溢れ出たモンスターが街を襲うとでも?」
「その心配はないでしょう。問題はモンスターではなく冒険者です。今年はこうしてダンジョンが現れた以上は、冒険者はやってきます」
パルダーナがぎこちない顔で応じる。
「それは、やって来るでしょうね」
「冒険者相手に商売をする人も来ます。宿の準備、街の警備、税関による徴税、物資の調達、冒険者ギルドの臨時拡張を考えなければ、町は大いに混乱するでしょう」
パルダーナは指摘されて、疑いを露にする。
「そんなに人が来るんですか?」
ターシャは力強い顔で述べた。
「来ます。必ず来ます。ダンジョンあるところに冒険者あり。冒険者とはそういう人種です」
パルダーナが不安に顔を曇らせる。
「嫌だわ。なんか、不安になってきたわ。そうだわ、賢者の弟子たるターシャさんと、高名な冒険者のオウルさんにお願いがあります。街の運営を助けてください」
(ほー、これは、思ってもみない、ええ申し出やね)
街の運営はおそらく簡単にはいかない。ターシャが街の運営に忙殺されれば、『海洋宮』が去るまで、ターシャの動きは封じられる。少なくとも、『海洋宮』相手に面倒ごとは起きない。
おっちゃんは、気のない素振りを装う。
「わいは構いませんけど、どうします、ターシャさん?」
ターシャは少しの間、考え込んでから発言する。
「これは全く予期しない展開だわ。でも、いいでしょう。お師匠様なら、きっとこういう時に引き受けて街を救うはずだわ。それに、『海洋宮』があるなら、お師匠様も来るかもしれないわ」
(抜けているようで鋭いな。だいたいは当っているで)
パルダーナが、ホッとした顔をする。
「よかった、街の運営を助けていただけるのですね」
昼食会を終えると、さっそく、ターシャを本部長とした、『海洋宮』対策室が設置された。




