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35 春、ひとひら

「なんで、俺だけが先に砦に帰るとかいう結論に……」

 不満を垂らしているのは、カズヤだった。菜月がしばらく都に留まることになったので、いったん北の砦に報告を入れなければならない。副隊長のリヒトは、引き続き菜月の警護に当たることに決め、カズヤは砦を守る藤原への連絡係となった。

「砦の隊士は、菜月を除くと俺らしかいない、ぶつぶつ言うな。副隊長命令だ」

「そんなこと言っても、ほんとうはリヒトさんがお姫とずっとべったり一緒にいたいだけでしょ。あっ、目線を逸らしたな。冷静沈着だけが取り柄なリヒトさんのくせに、激しく動揺しているよ? 横暴。専横反対」

「黙っていろ。うるさい、カズヤのくせに」

「カズヤさん。報告はとても大切なお役目ですから、よろしくお願いします。交渉が済んだら、私もなるべく早めに砦へ戻りますね」

「あーっ、いいなあ! 俺ももっと都に残って、女の子と遊びたかったよ」

「それが本音か……」

「だから、言ったじゃん。ご無沙汰なんだよ、ご無沙汰! 女の子に囲まれてちやほやされたいなあー、あーあ」

 カズヤは、心底しぼんだように肩を落としている。がっかりとした姿が痛々しいほどに。菜月は気の毒になった。

「あの、私でよければ、今夜はお酌ぐらいなら」

「甘やかすな。カズヤのいつものわがままだ。相手にしていると、つけ上がって増長するぞ。お前みたいな小娘、あっという間に喰われちまうさ」

「そんなことないもん。お姫、ありがとう。明朝の出発に向けて、俺をいたわってくれているんだね。お姫、お酌と言わず、帳台の中まで細やかに世話を焼いてほしいなあ」

 ふざけているのか、本心なのか、カズヤは身をすり寄せてくる。

「いいい、意味が分かりません!」

「意味なんて、分からなくていいんだよ。俺が教えてあげるから。ぜーんぶ」

 リヒトがものすごい形相でふたりを睨んでいる。まさに、鬼。菜月はカズヤの身体を押し戻した。

「やめておきます」

「遠慮しなくていいんだよ。あんなの、ただのはったりだから」

「カズヤ、今すぐ出発しろ! 大好きな藤原さんに早く会いたいだろう、なあ」

「いててっ! リヒトさん、鬼畜過ぎ」

 無表情のまま、リヒトは嫌がるカズヤの頬をつねる。抵抗も空しく、カズヤは菜月の酌を待たずに砦直行となった。

「すみません、カズヤさん。砦への報告、よろしくお願いします」

 もちろん、カズヤは不機嫌で。菜月の護衛を兼ね、大納言邸に残るリヒトのことが妬ましくて仕方ない様子だった。

「別に、いいけどさ。リヒトさんは、俺たちの上司だしぃ? 命令は絶対でしょ。ま、上から押さえつけなきゃ、人心を掌握てきない空しさ? 分かっていると思うけどさあ」

「発言が、いちいち厭味っぽいっての!」

 リヒトに蹴られながら単身、カズヤは北の砦への道を帰って行った。

 残るは、リヒトと菜月のみ。菜月は、少し照れる。

「すみません。本来はリヒトさんが上司なのに、私の護衛をするような流れになってしまって」

「だから、謝るなって。俺は菜月のことを守れて、光栄に思っている。なにせ、帝さえも欲した女。お前の価値は極上だ」

「ご、極上……ですか」

「ああ。北の砦の至宝だ」

 リヒトはにやりとほほ笑んだ。菜月は反論もできずに立ち尽くした。

 至宝、つまり宝物。



 このあと、外つ国との正式交渉が行われた。

 微官ゆえ、菜月やリヒトの参加は叶わなかったが、大納言がかいつまんで話してくれたのは以下の通りだった。

 帝は、菜月の持っている珠の存在をちらつかせながら終始、外つ国の高官よりも優位に立っていた。

 外つ国は、風異を操る高度な技術を有していることが判明した。珠を核にして寒気を人工的に生成し、真砂国に送りこんでいた。その過程で、強い風異……氷獣、風獣、雪獣も生まれたという。

 珠の正体は、かつてヒトの魂だった。風異で亡くなった者の魂は、珠になるらしい。たましい……魂……、珠。氷獣に飛び込んだ菜月の母の魂も、外つ国が風に乗せて回収し、利用されていた。

 真砂国側は菜月が持っていた珠を神社に奉納、封印し、風異を無効化することに成功。ただし交換条件として、真砂国国内の港を数箇所、開港することになる。鎖国の時代は終わった。

 あと何個、珠が残っているかどうかは明らかにされなかったけれど、とりあえずは待ち焦がれていた春がようやく訪れる。朗報に、都は沸いた。

 菜月も目を細めながら、飽くことなく賑わいを眺めた。梅、桃、桜。明るい季節が、再び巡りはじめる。

「これで、よかったんだよね、母さま?」

 剣に問いかけたけれど、母の答えはない。けれど菜月には、母が笑ったような気がした。

「今後は、菜月自身が狙われるって、自覚しているのか、お前」

 平常心で、穏やかな菜月に、リヒトは疑問を投げつけた。

「この身が危険? ああ、あたたかい風を呼べることが? だいじょうぶ。きっと、だいじょうぶ」

 菜月はふわふわと剣を振る。すると、雪が融け、道端に花が咲く。

「春、ひとひらの雪とけて」

 剣を使うことが、今まででいちばん楽しい。菜月の剣が命を生む。たくさんの笑顔を呼ぶ。

「外つ国は、菜月の特殊な剣を怖れているに違いない。風異を、雪を融かしてしまう力の持ち主だ。襲われたり、連れ去られたりする可能性だってある。真砂国における、唯一無二の切り札だ。帝はお前を手離さないだろう。砦に戻れるかどうか、分かったものではない。勝手な行動は慎めって、おい!」

 菜月の周りに、子どもが集まってくる。皆、菜月の剣の力に驚き、けれどとても喜んでいる。目を輝かせる子どもの姿など、久しぶりに見た。菜月も歌を歌いながら、一緒に楽しんでいる。やがてリヒトも、怒る気が失せた。

「万事、大切なのは笑顔だよな。ともかく、今は」

 リヒトは己に言い聞かせるように、その言ことばをぐっと飲み込んだ。

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